55 続々ミーム視点
それから二日、ダインが迷い込んだ場所を探してさ迷い歩いた末にようやく底に辿り着くことができた。
そんな日が来なければいいのにとい思った。
思い続けた。
だけどその日が来てしまう。
「むっ、ミーム。止まれ」
ダインの潜めた声で足を止めると遠くから葉のこすれる音が聞こえてきた。はっきりとはしないが人の声も聞こえてくる。ダインを探しているのだろうか。
「あ……それじゃあ、ダイン、ここでお別れね」
「そうだな」
妙な寂しさに襲われて胸が苦しかった。
それはダインも同じなのか、彼も黙ってしまっている。
「ミーム……俺と一緒に来ないか?」
「……え?」
「俺と一緒に来い。俺ならお前を守ってやれるから」
「でも……」
「大丈夫だ。俺に任せろ」
こうしてミームはまたも選択を迫られることになる。
気持ちはダインに付いていきたいと思っている。
だけど体はそれを恐れている。
髪が変わった時の両親の反応を思い出してしまう。
あの時の手を引かれていた時の恐怖を思い出してしまう。結局それはミームを生かすための行動だった。
だけどいまは?
ダインはミームのことを思っているかもしれない。
だけど、あの時は髪の黒いミームが髪の黒い魔女の所へと連れていく手だった。
では、このダインの手はミームをどこへ連れていくのか?
(だめ、ここまで)
心の声に従ってダインの手を払う。
「ごめんなさい」
「そうか……わかった」
ダインは苦しげにそう答えた。引き止められはしなかった。
「気を付けて帰れ。急がず、できるだけゆっくり進むんだぞ」
「大丈夫だよ。あなたより山に慣れているから」
すごく心配されていることがわかって照れくさくて笑う。
だけどダインは笑わなかった。
「本当に、慎重に帰るんだぞ」
「うん。それじゃあ」
「ああ」
ミームが去るのをダインはその場でじっと見つめていた。その強い視線を背中で感じながら元来た道を戻っていく。
音が近づいてくる。後ろ髪を引かれる思いを何とか断ち切ってミームは急いでその場を去った。
†††††
「殿下!」
「ここだ!」
ミームが見えなくなるのを確認してからダインは自分を探す声に応じた。
「殿下!」
「よかった!」
「よくぞ御無事で!」
「すまない。心配をかけさせた。それより……」
心配する兵士たちの声を押しとどめダインは聞かなければならないことを聞いた。
「任務の方はどうなっている?」
「目的の里はみつかりましたので、将軍が攻撃部隊を率いて向かいました」
「そう……か」
もう間に合わない。
その事実にダインは胸になにかが刺さったような痛みを感じてその場に膝を突いた。
「で、殿下!」
「大丈夫。少し、疲れただけだ」
「お運びいたします」
「大丈夫だ。歩ける、歩けるから……」
しばらくこのままでいさせてくれ。
泣きそうになるの必死に堪え、ダインは心の中で何度もミームに詫びた。
†††††
そういえば、里に来てからここまで長く外に出るのは初めてだ。
みんな、心配しているかもしれない。そう思うと自然と急いでしまう。ダインの「慎重に帰れ」という言葉は、彼の姿が見えなくなるなり現実の心配の前に押し流されてしまった。
「え?」
あと少し里が見えるというところでミームはそれを見つけた。
空へと昇る幾筋ものどす黒い煙。
里では外から見つからないように煙突の煙にも気を使っているのに。
なによりあんな黒い煙、見たことがない。
悪いものが燃えている。
村に悪いことが起きている。そう察したミームは走り出した。
未来にいる自分が過去を振り返るとき……「どうしてあの時」と考えることがある。
ミームにもそれはある。
ダインの身なりから彼の身分を察することはできたのではないかとか。
そんな彼があんな場所にいることに意味がないはずがないとか。
里の先輩魔女たちが何日も留守にしたミームを心配しないはずがないとか。
探しに来ないはずがないとか。
だが、そんなことを考えたところでもう遅い。
次にミームが見たのは各所で火災が起きている里の姿と、そこから逃げ出した一人の先輩魔女の姿……。
「ミーム!」
その彼女がミームに気付いて声を上げ……そしてその喉から鋭いなにかが飛び出す様だった。
「っ!」
それが矢だと気付いた時にはミームの胸にも衝撃が走っていた。
「……え?」
胸に深々と突き刺さる矢を茫然と見、それが腹や肩に次々と突き刺さり、そして最後に額に当たった。
不幸中の幸いは痛みを感じる暇もなく死へと突き落とされたことだろう。
不幸であるのはその死から戻ってきたことだ。
(なにが……?)
動かない体に驚く感情さえも起きず、ただ疑問が頭の中で繰り返される。
矢が体を貫いたのだ。それもたくさん。
それなのに、どうして自分は死んでいないのか?
(どうして……? どうして、なにもできないの?)
驚きの後には理解がやって来た。里が誰かに襲われたのだ。そしてみんな殺されたのだ。
誰に?
山賊?
いいや、違う。
「これが最後の一人か?」
誰かがやって来てミームを見下ろした。
「はい。そのようです」
「ならばいいのだが、見逃しがないようにもう一度里を探索するぞ」
「はい」
「魔女など、この国には要らぬのだ」
冷たいその言葉がミームの心に刺さる。
(要らない? だから殺された? 隠れていたのに?)
殺されたくないから隠れて、ひっそりと、誰にも知られないように生きていたのに……。
それなのに……わざわざ見つけ出してまで殺そうとするの。殺したの?
(どうして?)
(奴らは嫌いなのさ、自分たちとは違うものが)
いきなり、知らない声が頭の中に響いた。
(奴らは憎いのさ。自分にはない特別な力を持っているから)
(奴らは羨ましいのさ。この力は金でも地位でも手に入らない)
(だから消したいのさ。そんなものはこの世にはないってことにしたいのさね)
(ならば消えてやろうじゃないか、いまはね)
(ならば失せてやろうじゃないか、いまだけね)
(そしてわからせてやろうじゃないか。この世はお前たちのようなせせこましい了見だけではやっていけないことをね)
(奴らに私たちを褒めそやさせてやろうじゃないか。もうすぐね)
その声がどこから聞こえてきたのか。
地の底からなのか、過去からなのか。
どちらであれ、泥の池に落ちたような絶望感があり、そして全身に染みわたる憎々しい共感にミームは染められていった。
同時に力が溢れてくる。
(さあ、時が来るまで粛々と準備を始めようじゃないか。なに、そう遠い昔ではないさ)
(お前が私たちの顔となるんだよ。ミーム)
(私たちは、ずっとお前のような娘が現れることを待っていたんだからね)
「ええ……」
気が付けばミームは起き上がることができた。
体中に刺さっていた矢はどこかに消えている。
立ち上がっていまだに火を上げる里を見つめるミームの頭の中にはこれからやるべきことが浮かんでいた。
そして、もう一人……。
「また、あなたに会いに行くわ、ダイン」
今度は正々堂々と。
そう誓ってミームは木々の中へと消えた。
†††††
あの日から時が経ち、ミームはこうしてサンガルシア王国の人々の前に堂々と立っている。魔女として忌まれることなく、聖女として崇められて。
あの時とは姿が変わってしまったけれど、ダインと再会することができた。
あの時は同い年ぐらいだったけれど、いまではミームの方がお姉さんになってしまった。
だけど大丈夫。
「あなたのことは憎んでいないわ、ダイン」
あなたはあなたなりに私を逃がそうとしてくれた。
それは無意味に終わってしまったけれど、あの時の好意を忘れはしない。
「だからあなたは王のまま、私と幸せな夢を見ましょう」
この国の人々から何もかもを吸い上げてこれから来る聖女の時代の頂点として、私と甘い時を過ごすのだ。
そのためにも、邪魔となりうるあの小魔女はなんとしてでも排除しなければ。
いまがきっと、その好機なのだから。
ドドン!!
そんな音が城中に重く響いた。
「なにが!?」
音とともに城が揺れた。
「客人の部屋からだ!」
混乱の騒々しさの中でそんな声が聞こえた。
客人。あの小魔女たちの部屋ということか?
「あっ、聖女様、危険です!」
「どきなさい!」
悲鳴をかき分けて彼女たちの部屋へと向かったミームは歪んでしまって開かなくなったドアの前で四苦八苦している騎士たちを押し退けると魔法で破壊して中に乗り込んだ。
「なっ!」
見れば壁に大きな穴が開いている。
さきほどの爆発音の正体はこれだったのだ。
だが、ミームが驚いたのはそれではない。
大きな穴の向こう。空中にあの小魔女と公爵令嬢がいる。
箒のようなものに乗って、空中を浮いているのだ。
「ははははははは! さらばだ!」
意気消沈していたという話はどこへやら、健康的な顔色で機嫌よく笑う小魔女レインはミームにそう言ってのけると空の彼方へと飛んでいってしまった。
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