18
アンリシアの一日はとても忙しい。
学園で授業をしつつ王太子妃としての教育も受けている。
現在の王様には王妃がいないので王の母、王太后に直接教わっている。
普通の勉強とは違う色々とややこしい人との関わり方は聞いていても理解できない。まさしく「貴族の水の泳ぎ方」でそもそも普通の水の泳ぎ方すら怪しい私には理解できるはずもない。
え? なんでそんなに詳しく内容を知っているかって?
もちろん、姿を隠して一緒にいるからに決まっているよね。
いや、王太后様って元気だね。王様よりも元気かもしれない。
ともあれ何が起こるかわからないからこの数日は姿を隠してアンリシアに付いて回っていたのだけど、特に何も変化はなかった。
まぁそうだよね。まだストーリーも序盤か。
でも、そろそろなにか動きがあると思うんだけど……。
なんて思っていたら、そのきっかけを運んできたのは学園の食堂だった。
「そういえば、アンリシア様、ご存じですか?」
貴族ご用達の学園だけあって食堂はとても立派だった。
そこで優雅に食後のお茶を飲んでいたアンリシアにその女は近づいてきた。
「なにかしら? ヒルデア様」
声をかけてきたのは以前の遠足でアンリシアの後ろにいた下っ端令嬢だ。それなのになぜか挑発じみた笑みを浮かべている。
「最近、リヒター殿下には贔屓の魔女がいるそうなのですよ」
「あら、そうなのですか?」
「そう。それも私たちと同じぐらいの魔女だそうです。アンリシア様という方がいらっしゃるのに、なにやらひどくありませんか?」
おおう。
この言い草は私でも理解できる。
お前の男に虫が付いてるぞ(ニヤニヤ)と言いたいのだ。
でも、アンリシアは不思議そうに首を傾げただけだった。
「そうですか」
「アンリシア様?」
「うん? なにかしら?」
「いえ……お気になさらないのですか?」
「だって、仕方ないでしょう? 魔女には女しかおりませんもの。むしろ、殿下がサンドラストリートのことを気にかけていらっしゃるのかと安心したぐらいですわ」
「っ!」
「ヒルデア様?」
「信じられません。どうしてそこまで魔女の味方をします?」
「どうして? 無意味に抑えつけて反感を買う方が愚かなことだと思いませんか?」
「……思いませんわ!」
憤懣を全身に表現してヒルデアが去っていく。
人の好き嫌いは色々あるけれど、保守過激派連中の魔女嫌いの理由は何なのか?
それがわからない。
「でも、この調子ならアンリがサリアに怒りまくるってことはなさそうよね?」
アンリシアが屋敷に戻ったのを確認してからサンドラストリートに戻る。
ヒルデアに見せた態度がただの強がりでないことはその後も観察していてわかっている。
彼女にはリヒター王子との婚約は政略結婚以上の意味を見出だしているようには思えない。
ふむ……では、誰がサリアと敵対するのか?
「おい」
工房のドアを開けて中に入ろうとしたところで声をかけられた。
振り返ると貴族だとまるわかりなフード姿の男がいる。
「この工房の主人か?」
「そうだけど。お客?」
「ああ、珍しい薬草を探している」
「薬草を? 薬じゃなくて?」
「そうだ」
「ふうん。うち、あんまり素材は売ってないけど?」
「いいから、店の中を見せてくれないか」
「どうぞ」
最近はアンリシアの護衛にかまけてあまり店を開けていない。
とはいえ定期的に掃除妖精を召喚しているので清潔さはちゃんと保てている。
客は店に入ってもフードを取らなかった。
ただ、さっきのやり取りの声は聞いたことがある気がする。
「ごゆっくり。欲しいものが見つかったら声をかけて」
「待て」
陳列棚の戸は魔法で施錠してあるので私以外は開けられない。薬草温室の様子でも見てこようと思っていると、すぐに声をかけられてしまった。
「探している薬草は決まっている。持っているなら売って欲しい」
そう言ってフードの男が挙げた薬草の名前に私は顔をしかめた。
「どうした? このサンドラストリートでも一番の魔女だと聞いた。ならば持っているのではないか?」
「一番の魔女はサンドラよ。一番から欲しいなら彼女に売ってもらえばいい」
「…………」
こんなあやしいのを望んでくるのは別に初めてじゃない。もっとダイレクトに毒薬を売ってくれって言われたこともある。
でも、売っていい毒薬の種類は決まっている。狩猟用に使う麻痺毒とか以前に賊退治に使った破壊薬とか、限られている。麻痺毒だって使い方次第なら心臓麻痺にできる危険物になる。
フードの男が欲しがっているのはそれよりももっと危険な毒の材料だ。
「いくら欲しい?」
「は?」
「言い値を払う。言ってみろ」
めんどくさいなぁ。
「……証文」
「なに?」
「そのフードを取って、あんたの身分を示す物と、あんたが買ったっていう証文」
「…………」
「後ろ暗いことに使わないなら、出せるよね?」
「ちっ。魔女風情が」
「汚れ仕事を女に押し付けるヘタレに言われたって悔しくないよ」
「なにを!?」
「じゃあね。トの付く人」
「っ!」
「全部言って欲しい?」
「ちっ!」
舌打ちしながらトの付く人は去っていった。
トの付く人……トニー・ロンバーム。
現宰相ロンバーム侯爵の息子。
『マウレフィト王国編』の登場人物で攻略対象でもある。知ってる声優さんの声だから登場人物だったはずとは思ったけど思い出すには少しかかってしまった。こっちの世界での生活ももう長いからね。仕方ないね。
メガネ知能派イケメンキャラだったはずなのに、なんで毒薬の材料なんて欲しがるぐらいに困っているのか。
配役の立ち位置が色々とずれて来ている。
ていうか、サリアはまだつい最近、王子の困りごとを解決したばっかりだよね?
ちょっと気になった。
時間も時間だし、様子見を兼ねてサリアを晩御飯にでも誘ってみようかな。
サリアのいるブロウズ工房に到着したところで開店中のランタンの火が消えた。
と、すぐにドアが開いて彼女がフードの男と共に出てきた。
もちろん、トの付く人とは別のフード男だ。
「あら、レイン。どうしたの?」
「……ああ、晩御飯でも一緒にどうかなって思ったんだけど?」
「ごめんなさい。わたし、この方と約束があるから」
「ああそうなんだ。ごめんごめん。ごゆっくり」
相手の男はフードを深く被っているから誰かわからない。顔を覗くのはマナー違反なので黙って道を譲ろうとしたのだが、サリアがさっと近づいて耳打ちして来た。
「王子様なの」
勝ち誇った笑みを残して離れていったサリアはフード男の腕に絡みつく。男の方もそれを拒もうとはしなかった。
取り残された私はこてんと首を傾げるしかなかった。
あれ?
サリアってあんな性格だったっけ?
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