レイナと神殺し
「皆さん、初めまして!レイナと申します――――」
潮騒とカモメの鳴き声が響く港に、レイナの小さくも透き通る声が響き渡った。
新調したてのマナルガムのドレスに身を通し、腰に一本護身用の針を付けたレイナ。
彼女はゆっくりと膝を折り曲げて、優雅にお辞儀で挨拶をする。
・・・その瞬間、戸惑いと、好奇心が入り混じった、複雑な感情の波がこの場に渦巻く。
神殺しの剣のパーティはリーダーのヘルマンさんが熟練の冒険者だし、それ以外の人達も恐らくオーガ級の冒険者だろう。
世界を股にかけて旅している彼らは経験も豊富であり、珍しい動物、種族、そしても魔物とも幾度も邂逅をしてきたはずだ。
しかし、そんな彼らからでさえも驚きの感情が漏れ出しているのがハッキリと僕にも伝わってきていた。
真っ先に反応したのはミランダさんだ。
「えっ・・・うわっ・・・ちっちゃ!!」
「なに!?小人族・・・!!?」
「いや、それでもさすがにちっちゃ過ぎじゃない・・・!!?」
開口一番、彼女はそう言って戸惑いの声を上げた。
口元に手をやって、目を見開きながらマジマジとレイナを凝視するミランダさん。
彼女の言動にレイナは一瞬ビクッ!と反応する。
ミランダさんに続いて声を上げたのはランベールさんだった。
「いやぁ、違うだろう・・・」
「小人族は俺も会ったことがあるが、もうちょっと背丈はあったはずだぞ」
「多分妖精じゃないか?俺は見たことないが・・・」
大柄で重装備の彼も腕組みしながらレイナをしげしげと見つめながらそう呟く。
いずれも確証が持てず、レイナの正体を伺っているのが見て取れる。
そんな彼らにレイナは顔をすっと上げると、真正面から彼らを見据えたのだ。
「・・・いいえ、ランベールさん。ミランダさん」
「私はれっきとした人間です」
「小人族でも妖精でもありません」
「私は”バッドステータス”の呪いによって背丈が縮められた人間なんです」
その言葉に再び周囲がザワッとする。
「・・・人間!?うそっ!」
「うえぇ!?バッドステータスって・・・マジかよ!」
「こんな呪い見たことねぇぞ!!?」
ミランダさんに加え、横で見ていたユリアンさんが声を上げた。
彼もレイナの言葉を聞いて驚いたようだ。
声には出していないが、ヴァネッサさんやビクターさんも少なからずその表情に驚愕の色が見て取れる。
まあ、驚くよなぁ~・・・
”縮小化”なんて超強力な呪いまず見かけないだろうからなぁ・・・
かく言う僕も魔法技師の先輩にその呪いの存在を教えて貰って初めて知った口だ。
中和アイテムを作成することすら困難な最悪のバッドステータスの1つ・・・
事例自体は非常に稀なものの、その恐しさでまことしやかに魔法技師の間で伝わってきた呪い・・・
だから、例え熟練の冒険者のパーティと言えどそれを知っている者はごく一部だろうし、ましてや直接呪いの存在を見た人なんて皆無だろう。
・・・それはリーダーのヘルマンさんにも当てはまるようだ。
彼は頬をかきながらレイナと僕をゆっくりと・・・しかし、鋭い視線で交互に見比べる。
そして、黒髪のツンツンヘアーを少し揺らしながら、呟くように僕に言ってきた。
「エノク。これは、ちょっとしたサプライズだぜ・・・」
「お前がその嬢ちゃんを隠し持っていたというのもそうだし、その嬢ちゃんの自己紹介にもな・・・」
「確認だが・・・今、その嬢ちゃんが言った事は本当か?」
そう言って彼は僕を見据えてきた。
僕はヘルマンさんに相槌を打つと同時に説明を始める。
「はい・・・皆さんが驚くのは無理もないと思いますが、今、レイナが言ったことは事実です」
「彼女が掛かったバッドステータスは”縮小化”という呪いになります」
「これは身長も含めて、全ステータスが1/10になるものであり、数ある呪いの中でも最上級に強い呪いの一つなんです」
「レイナは”巨大化魔法”と”縮小化魔法”という珍しい能力の持ち主で、さらにそれをプライマリースキルとして所持している特異な存在です」
「それが故に、彼女が生を受ける時にアンチスキルが働いてこの呪いに掛かってしまったのでしょう」
「事例が稀という事もありますが、何よりもその呪いが強力すぎるがゆえに、有効な中和アイテムも作成する事が難しいのです」
「僕が冒険を志す理由の一つに彼女のバッドステータスを解きたいというのが目的としてあります」
「・・・・・」
僕の言葉にヘルマンさんは「はぁ・・・」と感嘆のため息をつく。
「いやぁ・・・世界にはまだまだ知らないことが多いもんだな・・・」
「俺も小さい奴らには何度か会っているし、そいつらの国にも行ったことはあるが、その嬢ちゃん程小さいやつは見たことねぇ・・・」
「ましてやそんな”呪い”があるという事もな・・・」
「ビクター・・・お前知っていたか?」
そう言って、ヘルマンさんが横にいるビクターさんに会話を振る。
すると、ビクターさんは無愛想な顔で静かに首を縦に振った。
「ああ、まあな・・・」
「冒険中で遭遇しそうな”呪い”、”負の遺物”、”トラップ”など、一通り頭の中には入れてある」
「その中で、”縮小化”の呪いについては確かに古い文献の中で見た記憶がある」
「先史文明のアイテムの中には、”人を存在ごと矮小化”してしまうとんでもない効果の負の遺物があったとの話だ」
「効果としては、縮小化魔法に近いが、”呪い”という性質上簡単に掻き消せないのがこいつのやっかいなところだな」
「ましてやそれが”バッドステータス”ともなれば、効果は永続的で解呪も不可能・・・」
そう言うと、ビクターさんはちらりとレイナの方を伺い、鋭い視線を送ってくる。
「・・・俺も実際にその呪いを目の当たりにするのは今日が初めてだがね」
「・・・その嬢ちゃんが”死ぬまでその姿”だと言うことを考えれば、少しは同情しちまうね」
「・・・・・」
レイナは微動だにせず、その言葉を聞いていた・・・
冷徹であり、現実を突きつけられる一言・・・
僕はゴクリと唾を飲み込みながらヘルマンさんを伺う。
彼は「そうか・・・」とビクターさんに頷くと、再び僕らに顔を向けてきた。
「・・・なるほど、嬢ちゃんの境遇は、分かった・・・」
「・・・それで?嬢ちゃん」
「あんたも俺達の冒険に加わりたいっていうのかい、エノクと一緒に?」
ヘルマンさんがレイナを見据えて、そう問いかけてくる。
・・・ヘルマンさんの口調は一見すると穏やかだが、その目は全く笑っていなかった・・・
しかし、レイナはそんな彼の視線を真正面から受け止めると、ゆっくりと言葉を返す。
「はい、ヘルマンさん。私もエノクと一緒にこの旅に同行させていただきます」
「・・・私は見ての通りこの身体の大きさですし、戦う力は持ちません」
「その代わり、私は知識と知恵を蓄えて、目となり、耳となり、頭となって皆さんをサポートしていきたいと思っています」
「どうぞよろしくお願いいたします!」
そう言い終わると、レイナは彼らに向かって再びお辞儀で挨拶をしたのだった。
ヘルマンさんはレイナのお辞儀を見た後、渋い表情をする。
彼は「ふぅ・・・」と声にならない声を出し、わずかに首を振った後、言ってきたのだ・・・
「やめておけ・・・死ぬぞ、お前」
「・・・・っ!」
「・・・・・」
容赦のない一言だった・・・
その言葉に、頭を下げた状態のままレイナはピクン!と反応し、僕は思わず息を呑んでしまう・・・
ヘルマンさんのその一言で周囲がピシッ!と空気が重くなったのは気のせいではないだろう・・・
ふと周りを見渡したら他のパーティメンバーも一様に険しい表情をしていた。
ヘルマンさんは一呼吸置いた後、続けて言ってくる。
「嬢ちゃんの境遇にはまあ・・・俺も同情しちまうし、エノクの奴があんたを助けたいという気持ちも分かる」
「だが、それであんたを冒険に同行させるかどうかは話は別だ・・・」
「俺達が同行を認めたのは、あくまで”エノク”だけだ」
「あんたは勘定に入っていないし、”役に立たない奴”を同行させる余裕は俺達には残念ながらない」
「・・・嬢ちゃんはそのカバンの中で俺とエノクのやり取りをずっと見ていたんだろう?」
「だったら、知っているはずだ・・・総合的にメリットにならなければ、俺は依頼を請けないということをな」
「同行したいのなら、あんたは俺にメリットを示す必要がある・・・」
「・・・・・」
レイナは再びすっと顔を上げると、ヘルマンさんの言葉を静かに聞いていた。
だが、僕の方は冷静には聞いていられそうもなかった・・・
にわかに焦燥感が胸の内に湧き上がり、思わず拳をギュッ!と握り締めるほど、力が入ってしまう。
そんな僕らにヘルマンさんはさらに続けてくる。
「それに、分かっているだろう・・・?」
「冒険は常に死と隣り合わせだ。全く戦えない奴が突っ込んでいて、生きていられるほど甘い世界じゃない」
「ましてや嬢ちゃんはその身体の小ささだ。外の世界に出たらすぐに魔物のエサになっちまうよ」
「仲間が喰われて死ぬところなんて、俺は見たくねぇ・・・」
「・・・・っ!」
ブルッ!と僕は震えてしまった。
・・・だが、この震えは恐怖によるものではない。
どちらかと言えば武者震いに近いものだった。
確かにヘルマンさんの言っていることは分かっているし、正しい事も分かっている・・・!
彼がレイナの身を案じて言っていることも知っている・・・!
だけど、僕達も冒険が危険なんてことは百も承知だ。
・・・命を落とすような危険にも何度も遭遇するだろう。
だが、それを覚悟で僕とレイナは冒険の旅に出る事を決意したし、誓い会ったんだ!
それにヘルマンさんはレイナの”凄さ”を分かっていない・・・!
なんとか彼に伝えなければ・・・
そう思った瞬間、僕はもう黙っている事はできなかった・・・!
「・・・あ、あのっ!ヘルマンさん!」
「レイナは確かに小さいし、戦う力はないんですけど――――」
そう言って僕が口を挟もうとするが・・・
「―――エノクは黙っていろ・・・」
「俺は今、そこの嬢ちゃんと話しているんだ」
「誰を連れて行くかはリーダーの俺が決める」
「・・・・っ!」
僕の発言をヘルマンさんがピシャリ!と制止する
声の大きさは先程までと変わらないが、その声色には有無を言わさない迫力があった・・・
僕の沈黙を合図に、ヘルマンさんは僕から再びレイナに視線を移す。
すると、彼は今度は一転して表情を少し和らげると、諭すようにレイナに話しかけてきたのだ。
「・・・ふっ、嬢ちゃん。あんたのその勇気は俺も買うがね」
「・・・だが、冒険は諦めな!」
「その代わり、エノクの奴が強くなってあんたの呪いをきっと解いてくれるだろうさ!」
「だからそれまでは大人しくこの地で――――」
そう言って、ヘルマンさんが言葉を続けようとした瞬間だった・・・
「――――少し質問があるんだけど・・・・」




