まな板の鯉
陽の光が斜陽を迎え、黄昏の時を迎えようとしている。
浮島を取り囲んでいる内堀は陽の光を浴びて黄金の輝きを放っていた。
それはまさに芸術の都と呼ばれるにふさわしいカーラの姿を映し出している。
「・・・・・」
私はクッションにボケーっと座りながら、黄昏時の日の入りを眺めていた。
この光景を見るのはこれで2度目だが、恐らくこの先何度見ても飽きることは無いだろう。
自然と文明の調和がなした光景はある種の情緒的な美を感じることが出来る。
自然は無秩序であり、そこから歴史の積み重ねを感じることは難しい。
一方で、文明には秩序が有り、人や物、建物全てに歴史の奥深さを感じることが出来る。
大自然がすべてを無秩序に回帰させようとする動きの中にあって、
文明が秩序を維持し歴史を紡ぐことが出来るのは人類の知識の伝承が行われているからに他ならない。
この世界で言えば魔法科学という叡智の結晶がそこにあり、自然の無秩序な動きに打ち勝っているのだ。
・・・神話の時代に自然は文明を滅す寸前まで追い込んだという。
だが人類はそこから生き延び、今の繁栄が眼下に広がっている。
かくも厳しい大自然の中にあって、文明の証が威風堂々と陽光に照らされて輝いていた。
その光景はまるで神々が祝福し、文明の偉大さを際立たせているかのようにも見えるのだ。
「・・・こうやって眺めていると、この世界が滅亡しそうになっていたなんて嘘みたいね・・・」
しみじみと私の口からそんな感想が漏れる。
・・・まあ、神話の世界の話だから本当なのかどうかは分からない。
しかし、エノクが言うには先史文明の遺跡が世界各地に実際に存在しているらしい。
彼は当初、超古代文明のロストテクノロジーは信じていなかったが、最近はその考えを変えた様だ。
神話のアイテムを直接見る機会を経てどうやら確信したらしい。神話の一部は実在すると・・・
太陽の光は徐々に水平線の中に吸い込まれていく。
内堀の輝きも失われていき、カーラの王都は徐々にライトアップされた町並みへと変化していく。
月明かりが雲間の向こうから存在感を主張し始めていた。
私は町並みから視線を外すと部屋に立てかけてあった時計に視線を移す。
17:48
そろそろ夜の6時になろうとしている。
エノクが出かけてから既に4時間程経過していた。
私達はエノク御用達の宿屋にまたお世話になっていた。
宿屋の女主人のクレアさんはエノクの来訪を予感していたのか、また同じ部屋を空けておいてくれたのだ。
「・・・エノクの方は大丈夫かな」
景色を見てまどろみながらも、彼の動向を気にしていた。
首尾よく行っていれば、今頃クラウディアさんにこちらの要望を聞いてもらっているはずだ。
クラウディアさんの出頭令が届いたあの日・・・私は今の窮状をエノクに説明した。
その際、クラウディアさんに援助を仰ぐ事がベストだと伝え、
彼女の捜査に協力して恩を売ることや、工房の親方のコネを使って要望を聞いて貰うように仕向けるべきだと彼に訴えた。
「・・・・・」
「・・・・うまくいっているといいけど」
クッションの上で足をパタパタさせながら思案に暮れる。
もし、クラウディアさんにまともに取り合って貰えなかったらどうするか・・・?
それも一応考えていないわけではなかった。
・・・もし、そうなったら次善策として工房の親方のツテを使うことになるだろう。
・・・というかその可能性も考えて、実は旅立ちに必要な最低限の家財道具をもう持ってきているのだ。
部屋の中を見渡すと私が入るいつもの防護カバンに加え、2つの大きな旅行カバンがあった。
一つにはエノクの着替えなどの私物が入っており、もう一つには調理器具や工房ギルドの商売道具が入っていた。
首尾よくクラウディアさんとの話がまとまり、隠れ家を提供して貰うことになっても結局エノクは一時的に今の家を出ることになる。
この1ヶ月半住んできて、既に私のホームだと感じているあの家を離れるのは寂しい気もするけど、命あっての物種だ。
まあ・・・エノクは最初私のプランにあまり乗り気じゃなかったんだけどね・・・
商人ギルド連盟が彼を口封じに動くかもしれないという私の考えについては半信半疑だった。
だけど、エノクがオークションの生還者として今後注目されることは間違いなかったし、
もし万一予想が当たって、あの家が襲撃されたら誰も助けには来てくれない。
エノクの家の周辺地域は治安もあまりよくなかった。
これらのリスクを考えたら一時的にでも避難場所を作ったほうがいい事はエノクも同意してくれたのだ。
エノクの住所はカーラの行政機構や工房ギルドのメンバーを始め、多くの人達が情報を持っている。
悪意を持った第三者がエノクを消そうとした時、彼の家の情報を知ろうとすれば容易に入手でき、その上襲撃もやりやすい状況にあった。
そう・・・“実行のしやすさ“が最大の懸念材料だった。
私がもし商人ギルド連盟の幹部だったらどう考えるだろうか・・・
・・・連盟の評判を落としそうな奴がいる。
しかもそいつの住所は簡単に割り出す事が出来、住んでいる場所も町の郊外で人目につかず襲撃も容易。
対象はまだ15・6の子供で、レベルも低く、殺すのは赤子の手を撚るように楽。
・・・そして、同居人もいない。
治安の悪い場所での強奪・空き巣は当たり前。
エノク宅が襲撃されても誰も不自然に思わないだろう。
そこらのごろつきに安い金を掴ませて襲撃させれば足もつかない。
実行に手間取ることもなく、大したリスクもなく、金もかからず、目標の達成は容易。
さて・・・そんな状況でやるか、やらないかの判断をするとき、連盟の幹部はどちらを選択するか・・・
・・・やるわね。
私が連盟の幹部だったら・・・やるという判断を下すわ・・・
奴らの中には自分たちの面子を守るために、犠牲者が出る事を厭わない冷酷無慈悲な連中がいるのだ。
万一の事を考えたらやはり住居を移動しておくに越したことはなかった。
パタ・・・パタ・・・パタ・・・・
「・・・んっ?」
「戻ってきたかな?」
私が自分の計画を反芻していたら、外から近づいてくる足音に気がついた。
足音からしてエノクが戻ってきたのだろう。
「・・・よっと!」
私はクッションから勢いをつけて跳ね起きる。
エノクを出迎える為に部屋の入口に近いテーブルの端に移動した。
パタ・・コツ・・パタ・・コツ・・パタ・・コツ・・・・
「・・・・!?」
足音は2つあった・・・
えっ・・・?
エノクだけじゃない・・・!?
・・・誰!?
私は急遽テーブルの奥に潜むと、物陰から入口のドアを伺った。
足音が部屋の前で止まると、話し声が聞こえて来た。
「・・・あっ、すみません」
「ちょっとここで待っててもらっていいですか?」
「荷物を取ってきますので・・・」
「分かりました。私はここで待っています」
エノクの声が聞こえてきた。
そのすぐ後に、若い女性の声も聞こえてくる。
ガチャッ!
エノクが扉を開けて入ってくる。
彼の後ろで甲冑を着ている青髪の女の人の姿が一瞬見えた。
バタン!
エノクは部屋に入ってすぐに入口の扉を閉める。
「・・・レイナ・・・いるかい?」
彼は辺りをキョロキョロと見回し、控えめな声量で私に話しかけてきた。
「・・・エノク・・・こっち」
私は物陰から出ると、手を振りながら彼に返事をする。
エノクは私の姿を認めると、テーブルの前にやってきた。
「・・・あっ、そこにいたんだね。良かった」
「姿が見えないからちょっと探しちゃったよ・・・」
エノクはそう言うと表情を和らげる。
「・・・いや、足音が2つ聞こえてきたから驚いちゃってね」
「一応、用心のために隠れたのよ」
「あ、そっか、そっか。いきなりだったもんね・・・」
エノクが納得したかのように首を縦に振った。
「・・・それで、外の人は誰なの?」
「見たところクラウディアさんところの騎士の人っぽいけど・・・」
クラウディアさん配下の騎士は以前アモンギルドで見かけている。
同じ衣装と甲冑を着ていたからたぶん彼女もそうなのだろうと予想は着く。
「あっ!そうそう、それをまず話さなきゃいけないね!」
エノクはそう言うと嬉しそうな顔をして話を続けた。
「・・・レイナ、やったよ!」
「クラウディア団長が僕の要望聞いてくれたんだよ!」
「・・・え、本当!?」
エノクの言葉に私は思わず耳を疑ってしまう。
「・・・うん!隠れ家の提供をしてくれるって!」
「外にいる人はアイナさんと言って、クラウディア団長の部下の人なんだ」
「彼女が隠れ家の案内してくれるってことになったんだよ」
今の朗報を聞き、私はその場にへたり込む。
「・・・はぁ・・・そっか。良かった・・・!」
「クラウディアさんエノクの要望聞いてくれたんだ・・・・」
安心すると同時に私の全身が脱力してしまった。
「・・・うん!クラウディア団長との話のいきさつは、隠れ家についたら詳しく話すね」
「アイナさんを外で待たせているから、すぐに荷物をまとめてここから出よう」
「・・・了解!」
彼の言葉に頷いた私は早速防護カバンへと身を潜ませる。
そして、カバンの中に置いていたふりふりのフリルの衣装に私は着替えた。
防護カバンに同居している他のお人形達に成りすますためだ。
私のイメージ的にはあまりフリルは似合わないと思うが・・・まあ、仕方ない。
・・・私達はすぐ支度を整えると、アイナさんと一緒に宿の外へ出る。
そのまま外で待機していた馬車に乗り込み、王宮へと向かった。
宿を出る際クレアさんの惜別の抱擁がエノクを襲ったのは言うまでもない・・・・
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