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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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9/80

*8

「――で、具体的にはどうすんだよ? オレとアンタと二人でやんのか?」


 ルーノ一人で何人倒せるだろうか。フルーエティは得体の知れない技を使って、ルーノ以上の数の屍を築き上げそうではある。この館のしもべたちも軍勢に加えて戦うのかもしれない。


「この館の者は、よほどでない限り戦闘には使わん。俺の軍勢は大陸ひとつを滅ぼす程度にはあるのでな、要らん心配はするな」


 そう言われてみれば、そうだった。見たいような、見たくないような、そんな気もする。

 ただ、そんなことよりも――。


「おい、オレの考えを読むなって言っただろ」


 そこでフルーエティは軽く首を揺らした。


「読まずともわかる。お前の顔に書いてあるからな」

「ああ、そうかよ」


 その取り澄ました顔に腹が立つ。

 ルーノの苛立ちなどお構いなしにフルーエティは続けた。


「まず、一度地上に戻るか。情報収集がてら、ソラール王国の領地と化した故郷を見て回るがいい」


 故郷。

 闘技場で死ぬのだと思っていたのに、あそこへ戻る日が来るとは――。

 故郷の土を踏めば、この乾いた心にも何か芽生えるものがあるだろうか。


「……では、一応俺の配下の者たちにも引き合わせてやろう」

「配下なぁ」


 訊ねるまでもなく悪魔だろう。フルーエティがルーノを客人として扱っている以上、いきなり襲いかかってきたりはしないだろうけれど、敬意を払ってもらえるとも限らない。舐められないようにしたいものだが、思えばルーノは丸腰のままであった。こんなに長く武器を手放したのはいつ振りだろうか。


「武器か。お前は剣しか扱わぬのだろう」


 また、ルーノの思考の先を読む。それが面白くはない。


 フルーエティは薄青い光をまとい始めた両手を水平に並べ、それを少しずつ広げていくと手の間に棒状の青い光が現れる。その光が落ち着いて、ようやくその姿が見えた。

 揺らめく波状の刀身を持つ、青い炎のような剣であった。剣であるのに、無骨さがなく美術品のようでさえある。ルーノが扱ってきたような剣とは格の違う剣――。


 ルーノがその刀身に見惚れていると、フルーエティはいつ出したのか、ベルトのついた黒い鞘にその剣を収め、それをルーノに向けて放った。ルーノがとっさに受け取ると、剣は僅かな音を立てて手に収まる。重たくもなく、けれど軽すぎもせず、ルーノが振るいやすい絶妙の重量であった。


「フランベルク――俺の力を与えてある。地上の剣とやり合って刀身が折れることはないだろう」


 鞘から僅かに刀身を引き抜く。その青い刃は、フルーエティらしいと言うべきか、この美しい悪魔の持つ雰囲気がそのまま反映されたかのようだった。柄を握っていると、鼓動が早まる。目の前に誰かいたなら、誰かれ構わず斬り伏せてしまいたくなる。蠱惑的な輝きであった。


「……外へ行くぞ」


 そう言ってフルーエティはきびすを返した。ルーノはフランベルクを鞘から引き抜き、その背に向かって斬りつけた。

 並の人間ならばかわせない。手心など加えなかった。

 フルーエティを倒したいわけではない。ただ、その力量を知りたかった。ただの人であるルーノが太刀打ちできる存在ではないと頭ではわかっていたものの、試したかったのだ。


 武器など何も持たないフルーエティであるけれど、振り向きもせずに片手でルーノの剣を止めた。刃を素手で握るも、血など零れない。ルーノも、まるで氷塊に当てたような感覚であった。

 キィン、と鳴った硬質な音が虚しく響く。フルーエティは冷めた目をして剣をルーノに押し戻す。


「遊んでいる場合か」


 言うことはそれかとルーノは顔をしかめた。


「嫌なヤツだな」


 けれど、フルーエティはまるで気にした様子もなく歩いていった。ルーノも遅れないようにその背を追う。

 斬られるような脆弱な存在なら、わざわざルーノに剣を持たせたりはしない。闘技場で無敗を誇ったルーノの剣技でさえ、フルーエティには児戯に等しいらしい。


 少し、自信を失いそうになる。悪魔とは、人が太刀打ちできるものではないのなら、こんなものを使役しようとする者は愚かだ。身の程を知らぬから、身を滅ぼす。殺したパトリシオにその言葉は届かぬとはいえ、そう言いたかった。


 フルーエティに連れられ、だだっ広いエントランスを抜ける。しもべたちが恭しく開いた扉の先には、先ほどの崖が見える。黒鉄の繊細なアーチを抜けると、その崖の上には大きな影があった。その影の正体に、ルーノはかなりの衝撃を覚えた。


 地上に生息していない生き物――それは飛竜と呼ばれるものであった。誰もが架空の生き物としか認識していないような巨大な生物が、翼を畳み、崖の端に停まっている。鉄のような黒い肌はそれこそ剣の刃など通しそうもない。瞼は閉じられており、大人しくしているのが不思議なくらいだ。

 そして――。


 その竜の手前には三人の男がひざまずいていた。一見人に見える。けれど、魔界ここにいる以上、人ではないのだろう。


「マルティ、ピュルサー、リゴール――我が配下の三将だ」


 フルーエティが言った。三人のうち一人だけが黒い鎧に身を包み、少しばかりは武人らしくもあるが、他の二人は細身であった。赤い、燃えるような髪をした男と、金髪の男。男というにはまだ幼くもあり、少年と呼べるほどであった。


「フルーエティ様、お呼びとあり馳せ参じました」


 赤毛の男が言った。その声はどこか弾むようである。悪魔らしからぬ陽気な声だ。

 フルーエティはうなずく。


「ああ、少々地上で戦を始めようかと思ってな。皆、顔を上げろ」

「はっ」


 顔立ちは人とそう違っているわけではない。それでもやはり、尖った耳や目の色が人とは違う。

 三将はフルーエティの背後のルーノをじっと見た。


「さっきから気になっているのですが、そこの男は人間ではないのですか?」


 金髪の少年が言った。不快感というのではなく、ただ不可解そうな顔である。


「そうだ。俺が地上から連れてきた」


 フルーエティが応えると、黒鎧の男が紫色の目を少し細めた。


「契約はなさっておいでではありませんね? フルーエティ様はもちろんのこと、どの悪魔とも……」

「俺は人間と契約などせん。こいつは客分だ」

「お客ですか? フルーエティ様が人間の客人をお連れになるだなんて、珍しいこともあるもんですねぇ」


 赤毛の男は、配下だというのにそんな軽口すら利く。それはいつものことらしく、フルーエティも特に咎めもせず話を進める。


「この人間はこう見えて亡国の王太子だ。退屈しのぎに王座奪還を手伝ってやる。お前たちもそのつもりでいろ」


 三将は目を瞬かせる。赤毛の男は楽しげにヒュゥ、と口笛を鳴らした。


「おや! それは楽しみです」


 そう言って、赤毛の悪魔は何か寒気のする笑顔をルーノに向けた。


「僕はマルティ。よろしくな。なんて呼べばいいんだい、王子サマ?」

「……ルシアノだ」


 闘技場ではこの名を名乗らなかった。亡国の王太子と結びつける者がいたかどうかはわからないが、ルーノが名乗りたくなかったとも言える。

 マルティはふぅん、と言った。


「ルシアノな。王子サマだけど、人間のだし、僕が敬意を払う必要は別にないから。フルーエティ様が丁重に扱えって仰るなら考えるけどさ」


 フルーエティは無言である。客人とは言っても、手を貸すのは悪魔たちの方で、ルーノが悪魔たちに何かを与えるわけではないのだ。ルーノが悪魔に自分を認めさせる手段もない。よって、そこにこだわるのは愚かなことだった。


「好きにしろ」


 王子にしては品がないとか、そんなことを考えたのがマルティの顔でわかる。その時、金髪の少年が口を挟んだ。


「俺はピュルサーだ」


 それだけである。ルーノが気に入らないというよりも、単に無口なのかもしれない。

 黒騎士だけはルーノに対して礼を取った。


「私はリゴールと申します。これは騎竜のライムントです。以後、お見知りおきを」


 三将はまるで違う性格をしているようだ。どんな力を持つのかは知らないが、フルーエティが頼みにする配下であるのなら、並の人間が太刀打ちできない存在ではあるのだろう。


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