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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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「お前がそれを望むのならば、いいだろう」


 フルーエティはそう答えた。

 北の砦へ。タナルサスと対峙しに行くのだ。


「しかし、ヤツは一筋縄では行かん。相応の覚悟はしろ」


 そんなことは、今さら言われるまでもない。


 ルーノはまず、ヒスペルトにその旨を告げた。しかし、当然のことながらいい顔をするはずもない。


「陛下、我が国は今、新兵が多く、エリサルデ殿を亡くして統率もままなりません。ビクトルたちがいかに戦上手であろうと、北の砦は山に囲まれております。いたずらに挙兵し、疲弊することが得策とは言えますまい」


 しかし、ルーノはもう決めたのだ。この決定を覆す気はない。


「いつまでも我が国にヤツを居座らせるわけにはいかない」


 ――そう、決めたのだ。

 この戦だけが今のルーノを支えている。

 チェスのための、弔いの戦だ。


 とはいえ、タナルサスをルーノが倒せるはずもない。だから、せめてルーノはセシリオ王子を仕留める。タナルサスはフルーエティに託すよりないのが情けないところではあるが。


「これよりオレは戦の支度にかかる。そう心得ろ」


 有無を言わさず、ルーノは言い放つ。ヒスペルトは、そんなルーノに心を隠してひざまずいた。


 それから、ルーノは黴臭い書庫にこもった。

 健全な精神であれば近づかなかった。こんな場所は好きではなかった。けれど今は、少しでも情報が欲しかった。

 悪魔に関する知識が欲しかったのだ。


 フルーエティたちを見ていても、悪魔に弱点があるようには見えない。それでも、何かの取っ掛かりがあればいい。タナルサスに対抗するための何かを得たい。


 魔術書レメゲトンは禁書だ。王城の書庫に堂々と置かれているはずはない。けれど、危険な存在に対抗するための手掛かりであれば保管されているのではないかと思えたのだ。

 こればかりはフルーエティに頼めたものではない。ルーノは書庫をくまなく調べた。聖書も熟読した。


 しかし、これといって有益な情報は得られなかった。ただ、どこまでが真実でどこまでが虚構なのかがわからぬような書物ならばあった。


 ルーノはこうして知識を得るたびにひとつの考えを膨らませていた。

 それをフルーエティはどう思うだろうか。あまり心を読まれぬようにしたいと思うけれど、それもきっと難しい。




 そうして、ルーノは今回、すべての兵を連れず、ほぼ悪魔兵ばかりで北の砦を攻めに出た。北の砦は山道の最中にあり、ソラール側からもティエラ側からも楽には辿りつけない。開けた場所も少なく、大軍で攻めるのは無理な隘路あいろばかりである。


 それでも、北へ向けて進軍する。

 あれから、チェスが死んでから、ピュルサーは人型をとらなくなった。ずっと獅子の姿で墓の前にいる。それで気が済むのならいいと放置しているが、タナルサスとの戦いに戦力として必要にはなるだろう。


 フルーエティが行くと言うのだから、配下であるピュルサーはつき従う。それでも獣の姿でいるのは、ピュルサーが言葉を発したくないからだろうか。何か、その姿が物悲しい。

 けれど、今度の戦いはチェスの弔いでもある。好きなだけ暴れればいい。


 そんなピュルサーの姿を、始めは誰もが恐れた。しかし、ナバルレテ要塞を護ったともされており、いつの間にやら聖獣扱いされているのが可笑しい。正当なる王が戻った瑞兆だと、この獅子を王のしもべだと解釈する者ばかりだった。


 知性があり、ルーノを傷つけることがないので、そう勘違いをしたに過ぎない。聖獣を従えるルーノの徳の高さを褒めそやされ、ルーノはくだらなくて腹の底から笑い出したい気分になる。

 そうした理由から、獣のピュルサーが従軍していても不思議に思う者がいない様子だった。


 しかし、ルーノはこのまま進軍するつもりであったけれど、王都を出てすぐ、次の町を通り過ぎるよりも先にソラールの軍勢に出くわしたのだった。


 ソラールの――そう記すのは正しくない。

 あれは悪魔の兵だと、同じ兵力を連れるルーノはすぐに察知した。筋骨逞しい、岩のような体躯をした兵が黒鎧を着込んで控えている。その数はこちらの倍ほどであった。


 フルーエティは彼らが進軍しているとの情報をつかんでいなかった。どうやらまともに進軍してきたのではなく、魔法円を使って瞬時に飛んだのだろう。

 今、ルーノが連れている兵も向こうも悪魔たちなのだ。それならば、誰にはばかることなく存分に戦えるだろう。ルーノはセシリオ王子の姿を探した。けれど、それらしい姿はなかった。


 その代わりに、タナルサスは武装した少年を連れていた。年の頃は精々が十四、五歳だろう。線の細い、優美な姿をした少年であった。どこか気品もある。もしかすると、セシリオ王子の息子かもしれない。


 しかし、その少年を真っ向から見た瞬間、ルーノは得も言われぬ感覚を味わった。胸がざわりと騒ぐ。

 その時、タナルサスがフルーエティに向け、嬉々として言った。


「フルーエティ、君と戦うのはいつ以来であろうな?」

「さあな。記憶にない」


 フルーエティはすげなく答えた。しかし、その顔には静かな怒りがあったように思う。

 タナルサスは赤い目を細めて笑った。


「僕は君と違って真面目なのだよ。契約もしないままヒトの戦いに首を突っ込むのはよくないと心得て、セシリオ王子と契約しようとしたのだが、彼はあんなにも自堕落なくせをして、悪魔との契約など神がお赦しにならないの一点張りでね。仕方がないから()()を用意せざるを得なかったのさ」


 そう言って、タナルサスは少年の頭を軽く撫でる。少年は無言のままルーノを見据えていた。


「……セシリオ王子の子か」


 ルーノのつぶやきをタナルサスは拾い、そうしてわらった。


「おやおや、冷たいことだ。肉親の顔もわからないのかね?」

「肉親だと?」

「そう。この子はルフィノ。名も覚えていないなどと言わぬように」


 ルフィノ――。

 そんなわけがない。


「ふざけるな! ルフィノは生きていれば精々十歳だ」


 産まれたばかりの弟。母が最後まで手元に残し、ルーノたち姉弟とは城で別れた。

 その先を語ったのは、ルフィノ当人であった。


「私は時間軸の違う魔界で育ちました。それ故にこちらとは成長が違うのです。魔界へ赴いたことのある兄上ならばおわかりかと存じますが」


 凛とした声だった。

 どういうことなのだ。ルーノにはまるで意味がわからなかった。

 フルーエティはそんなルーノに言う。


「俺たちは多少の制約はあるにしろ、地上へ行く際、時間を調節して向かうことができる。タナルサスは過去へ飛び、お前の弟を死の淵からすくい上げてきたというのだ。……ただし、自らの玩具とするためだな」


 あれは本当にルーノの弟だというのか。天涯孤独のはずのルーノには、たった一人、弟が遺されていたと。

 ルフィノは剣の柄に手をやる際、ルーノに見えるようにして手の平を向けた。そこには契約の印がある。今現在、タナルサスの主はこのルフィノである。


 上級悪魔を従えた弟――。

 これもまた、悪夢の続きだろうか。


 チェスのことといい、ルフィノのことといい、タナルサスはフルーエティを煽るためにどこまでもルーノの急所を突いてくる。しかし、ふと、思うのだ。


 心が痛みを覚えるのは、希望を抱くからだと。

 この世には絶望が犇めく。

 今のルーノはすでにそれを知っていた。  


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