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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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*67

 エリサルデの葬儀は慌ただしく執り行われた。

 残念ながら係累は途絶えている。エリサルデの家系は武門なのだ。先の戦いでほぼ生きてはいないらしい。妻女も行方知れずだというが、エリサルデ当人が多分生きてはいまいと語っていた。


 代わりに立ててやれるような跡継ぎもすでにない。エリサルデに仰々しい位を与え、語り継いでやることくらいしか、ルーノにできることはなかったのだ。


 共同墓地に埋葬し、フルーエティとヒスペルト、供を数人連れて見送った。フルーエティが言うように、死に顔は安らかであった。

 それでも、ルーノは心に穴が空いたように感じた。エリサルデは満足して逝ったというのなら、いつまでもエリサルデに甘え、必要としていたのはルーノの方だ。


 神妙な顔で墓石を眺めて動こうとしないルーノの様子を、ヒスペルトが何度も窺う。そろそろ戻れと言いたいのだろうけれど、ルーノの気持ちもわからなくはないのか、はっきりと言えずにいた。

 この時、フルーエティがヒスペルトに目で合図をした。ヒスペルトは軽くうなずき、後ろに下がる。


 フルーエティがヒスペルトを先に戻らせた。しばらくして振り返ると、ヒスペルトだけでなく、フルーエティの姿も見えなかった。フルーエティのことだから、どこかにはいるのだろうけれど。

 ルーノを一人にしたのは、フルーエティがルーノのことをよくわかっているからだ。それが癪だと思いながら、ルーノは鼻面に皺を寄せた。


「長生きすんじゃなかったのかよ。嘘つきめ……」


 エリサルデの泣き顔を、ルーノは何度も見た。フルーエティもまた、ルーノの泣き顔は見飽きたとでも言うだろうか。

 ラウルの死は苦痛であったけれど、悲しいと、心をかき毟られるように思ったのはレジェス以来かもしれない。

 国王が情けなく泣いている場合かと思わなくはない。それでも、涙は零れた。


 そんな時、ふと背後に気配を感じた。ハッとして涙を手の甲で拭い、振り返る。そこには、泣き腫らした目をしたチェスがいた。ルーノもまた、赤い目をしていただろうから、人のことは言えない。

 チェスは無言でルーノの手を取り、そして両手で握った。ルーノは軽くうなずき、チェスの手を握り返した。


 たったそれだけのことだったのに、空っぽになりそうだった心にぬくもりが注ぎ足されたような気がした。

 チェスはいつもこうしてそばにいてくれる。



 

 ――それからも、ティエラ王国は続いてゆく。

 エリサルデをも失い、カブレラ流を指導できる人間はまた減った。ルーノは指導には向かないことがわかっているので、今後は新兵と剣を交えることで体に叩き込んでやろうかと思う。教えずとも、目で見て覚えられる者もたまにはいるだろう。

 それが、エリサルデやセベロに対する手向けだ。


 指導者であるエリサルデがいなくなり、兵士が浮足立つ。仕方がないのでリゴールに指導を頼んでみた。すると、案外的確に教えてくれた。鬼神のごとき戦いぶりを知る者たちはリゴールには素直なものだった。

 リゴールも、配下の悪魔に指導をつけたりするのだろうか。


 今も北の砦からの動きはこれといってない。フルーエティはマルティに命じ、時折様子を見に行かせている。南のナバルレテ要塞からは人兵を引き上げさせ、すべて悪魔兵に入れ替えた。サテーリテ王国はあれから要塞に近づいてくることもないらしい。


 毎日、ルーノはフルーエティやヒスペルトの補佐のもと、王としての務めを果たそうとする。こうして王位に就いてみると、それは思っていたものとはまるで違った。人と会い、人と話し、人と関わり合うことばかりなのである。

 王は孤高ではあるが、たくさんの人と接していなくてはならない。ルーノはそれが不向きであると、残念ながら自覚している。


 人の目にさらされ続けると、疲弊している自分を感じる。父王も常にこれを感じていたのだろうか。悠然と振る舞う父のことを、ルーノが理解するには幼すぎた。

 ただし、疲れた心が癒えることもあるのだ。


 チェスはいつもルーノを心配してくれた。束の間の休息に中庭でぼんやりとしていると、そこに現れたりする。


「ルーノ、大丈夫? 無理はしてない?」


 王になっても、チェスは他人行儀にはならず、以前と変わりなく接してくれる。そんなチェスには弱音も吐けるのだった。


「してる。王ってなんでこう面倒くせぇことばっかりなんだろうな。正直、飽き飽きする」

「もう、そんなこと言って……」


 チェスが苦笑する、その艶やかな唇に目が行く。

 手が自然とチェスの腰を引き寄せていた。顔を寄せると、戸惑ったチェスが細い指でルーノの唇を軽く塞いだ。


「だ、誰が通りかかるかわからないよ」


 見られては困ると言うのか。ルーノのことが嫌で拒むわけではないのなら、別に構わない。


「そうだな」


 おざなりに答えてチェスの指をすり抜ける。唇をつける直前の恥じらう様子が好きで、つい苛めてしまいたくなった。

 こうして何度か口づけをして、それでも互いに気持ちは伝え合っていない。言わずとも伝わるものだと思う。気持ちがなければこんなことはしない。

 チェスもまた、ルーノが触れることを受け入れているのなら、多少の好意は持っていてくれるのだろう。


 ひと言、好きだと言えばいいのかもしれない。けれど、そのひと言が難しい。

 いつか、そのうちに何かの流れで言える日が来るだろうか。言わずとも想っているのだけれど。


 チェスと別れて戻る時、ピュルサーに出くわした。チェスを探していたのかもしれない。

 ピュルサーは無口だから、これといって何かを言うでもなく、けれどじっとルーノを見てきた。それは不躾な視線である。そして、ルーノは疚しいのだ。


 先ほどまで抱き締めていたチェスの匂いが移っているだろうか。ピュルサーは獅子だから、鼻が利く。

 なんとなく目を合わさずに視線を彷徨(さまよ)わせるルーノに、ピュルサーは平然と言った。


「俺は、チェスがそれでいいなら構わない」


 無理をしている様子もなく、落ち着いたものである。

 ここが彼らの不思議なところだ。ピュルサーはチェスのことをとても大事にしている。それでも、別の男と仲良くなっても嫉妬心は湧かないらしい。


 見た目が人間の男のようだから勘違いしてしまうけれど、ピュルサーはチェスを女として求めているわけではない。そこに恋愛感情はないのだ。


 ただし、チェスの幸せを強く願っている。だから、それを与えられない男であれば噛みつくだろう。現にラウルを寄せつけようとはしなかった。

 ピュルサーにとって、ルーノはチェスを幸せにできる男だという認識があるのだろうか。だといいのだけれど――。




 ピュルサーがそんなことを言った数日後、久し振りにマルティがルーノの前に現れた。マルティは北の砦の様子を窺っていた。そればかりでなく、フルーエティの指示で魔界にも戻り、戦の準備を整えていたそうだ。

 ルーノは自室でフルーエティと共にマルティの話を聞いていた。


「いざタナルサス様の軍勢とぶつかるとしたら、下手するとこちらも全軍で当たることになるかもしれないからね。準備は大事さ」


 あはは、と軽く笑っているけれど、ルーノは笑えない。

 この大陸の小さな国の中で上級悪魔たちを交えた戦いが繰り広げられるなど、誰が想像するだろうか。


「……被害はどの程度出るんだ? なるべくティエラ(うち)の中でやるなよ。ソラールの方へ持ち込め」

「さぁ。そんな余裕あるかなぁ」


 マルティの顔には緊張感がないけれど、今回ばかりは彼らにとっても大変な戦いなのかもしれない。

 ルーノは王位に就いたけれど、短い治世とならぬことを祈るしかないのか。

 その時、マルティがじっとルーノを凝視してきた。その様子はこの間のピュルサーと同じである。多分、言いたいことも同じだろうと思った。


「なあ、ルシアノ。ここに来る前にチェスに会ったんだけどさぁ」


 ほら来た、とルーノは内心思った。けれど、涼しい顔をしてみせる。


「それで?」


 マルティの方がうぅん、と唸って悩ましげな顔をする。それはピュルサーともまた違う反応であった。


「いや、以前あったような胸の苦しさを最近感じないんだ」

「は?」

「どうしてだか、チェスを見ていると胸が騒いで仕方なかったのに、今はそうでもない。なんでだろうな? まあ、ピュルサーにとっては主だから、僕とはまた違うんだろうけどさ」


 もともと、チェスはフルーエティの主であった少年によく似た容姿をしていたのだ。髪が伸び、このところ女らしくなったチェスは、その少年との類似点が徐々になくなってきている。そういうことなのだろうか。


 フルーエティは何を言うでもなく、涼しい顔をしてそこにいる。けれど、それはフルーエティにとってはよいことなのかもしれない。

 どんなに似ていたところで、チェスはその少年ではない。似ていること自体がそもそも単なる偶然でしかないのだから。

 

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