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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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 ヒスペルトを牢から出すのにルーノが手を貸そうとしても、ヒスペルトは頑としてルーノに寄りかかろうとしなかった。家臣の分際でルーノの手を煩わせることなどできない、と。

 しかし、フルーエティも地位や能力があろうとも高だか人間風情を支えてやる気はない。フルーエティは誰かを呼んでくると一旦下がり、そうして適当な人間を捕まえて戻ってきた。城下での戦いを終えて城に辿り着いたレジスタンスの人間だろう。


 今、この城にいるのはセシリオ王子に置き去りにされた者たちである。料理人や後宮ハレムの女たち、文官などの戦えぬ者たちをどう扱うか、そこも考えねばならない。

 ヒスペルトをレジスタンスに託すと、ルーノは城のエントランスを歩きながら後ろにいるフルーエティに言った。


「なあ、非戦闘員でセシリオ王子に仕えていた人間はとりあえずまとめて軟禁しておくか。今後どうするか、処遇は決めるにしても、今は戦の後始末で忙しいしな」

「ああ、そうしろ。ヒスペルトがもう少し立ち直ったらよい案を出してくれるだろうからな、彼の言葉を聞け」


 いつもはなんでも勝手に決めてしまうフルーエティが、ヒスペルトの意見を聞けと言う。そこでふと思った。

 タナルサスの件が片づいたら、フルーエティは魔界へ帰るつもりなのだろう、と。

 本来、ルーノを王座に据える、それを目指していたのだ。その後のことまで面倒を見てくれるとは言っていない。ルーノが王になったのを見届けて帰るつもりだったのだろう。


 だとすると、その時に頼りになる人間の家臣がいないことには話にならない。フルーエティはルーノの周りを有能な人間で固めたいと考えているのだろう。


 闘技場から出て、常に傍らにはフルーエティがいた。

 まるで影のようにして寄り添ってくれているフルーエティがいなくなる。その時、ルーノは寂しさを感じるのだろうか。相手が人ではない、悪魔だとしても――。


 勝利に酔えないままのルーノに向かい、フルーエティは涼しい顔をして言った。


「時に、ルシアノ」

「なんだ?」

後宮ハレムの女たちだが、手をつけるのは少々待て。今だと懐妊した場合、誰の種だかわからん」

「…………」


 思わず立ち止まったルーノの複雑な表情を、他の者が見ればガッカリしているように見えたかもしれない。しかし、フルーエティはルーノさえも自分で説明できないような心のうちを見透かす。


「なんだ、後宮ハレムに蓄えられた美女の存在も忘れていたのか? ……まあ、セシリオ王子に置き去りにされた憐れな女たちに手をつけたとなれば、年若い娘であるフランチェスカからどういう目を向けられるかは予測がつくな」

「うるせぇな」


 地の底から響くような低音で凄んでみても、フルーエティに効果などない。それどころか鼻で笑われた。


「タナルサスのことがあるからな、ピュルサーも王都へ呼び寄せる。フランチェスカとエリサルデも共に呼んだ方がいいだろう。すぐに使いを出す」

「ん……」


 この城にセシリオ王子が可愛がっていた美女たちがいることなど、正直に言って関心がなかった。それよりも、要塞に残してきたチェスのことが気になっていた。ピュルサーがいる以上、ルーノがついているよりもずっと安心である。それなのにチェスのことを頻繁に考えてしまうのは、つまり、顔が見たいとそういうことなのだろうか。


 今は国のことを考えなければならない。ルーノの身辺は目まぐるしく変わるはずだ。

 あれこれと考えるより、流されるばかりになるだろう。その奔流に呑まれぬよう、ルーノは今、自分のことはひとまず置いておこうと思った。




 そうして翌朝になった。

 ルーノは王の居室ではなく、自分が幼少期に使っていた部屋を選んで眠った。湯浴みもして、着替えた。衣類はフルーエティが用意してくれていた。


 ヒスペルトも牢から出て久々に髭をあたったらしく、小ざっぱりとした身なりでやってきた。ただし、脚の筋力はやはり衰えている様子で、杖を突きながらだ。それでも階段を上るのはつらかっただろうに。

 フルーエティはこの時、いなかった。あれこれと手を回しているのだろう。ルーノはヒスペルトに椅子を勧めた。


「いえ、このままで結構です」

「座れ。命令だ」

「……はい」


 意地っ張りなヒスペルトをようやく椅子に据えると、ルーノも正面の椅子に座った。


「まず、何からお話しすればよいのやらというほどの状況でございますな」


 と、ヒスペルトは苦笑した。ルーノもそう思う。


「まあな。城から落ち延びた後、オレがどうしていたのか聞くか?」


 すると、ヒスペルトはかぶりを振った。


「あのビクトルという男に聞きました。まさか、闘技場で生き延びられていたとは……」

「何が起こるかわからねぇよな、人生ってヤツは」


 クク、と笑って見せる。品がないと叱れないのは、生きてきた環境を知ってしまったからか。

 それでもヒスペルトは控えめに言った。


「……それで、殿下。今現在、ティエラ王国の王太子はルシアノ殿下でございます。そうして、国王陛下はおられません。すなわち、殿下は戴冠の儀を行い、国王陛下におなり遊ばされるべきかと存じます」


 それは自然な流れである。王太子以前に、ルーノを除いた王家の血筋は絶えたのだから。

 ただ、ルーノは今の現状を思うと、喉に魚の骨がつっかえたような心境になるのだ。


「まあ、いずれはな。けど、セシリオ王子は北の砦に撤退したわけで、この国からソラール兵全部を追い払えたわけじゃねぇ。戴冠はそれが落ち着いてからにしたい」

「……それはいつになるのでしょうか?」

「さあ?」


 素直にそう答えたら、ヒスペルトのこめかみに青筋が浮いた。しかし、それをなんとか落ち着けた様子だった。


「戴冠式に金使うだろ? その前にこの国は戦の後で、復興資金が要るよな。だから戴冠式は後回しだ」


 ルーノの言うことも正論である。それを言われると、財政状況をまだはっきりと把握できていないヒスペルトは黙るしかなかった。


「……もうしばらくこのままでと仰ることはわかりました。残されたソラール兵や支配下にあった城で働いていた者たちの処遇も決めねばなりません。取り決めは多くございます」

「ああ、頼む」


 それを言うと、ヒスペルトは軽く眉根を寄せ、それからボソリと言いにくそうに言った。


「あのビクトルという男ですが、傭兵だそうですね」

「まあな」

「その傭兵団があればこそ、王都奪還も叶ったのだと皆が口々に言います。ビクトルを始めとする傭兵たちにどのような褒賞をご用意いたしますか?」


 ヒスペルトの指摘に、ルーノは思わず目を瞬かせた。

 人として扱おうとすると、あれだけの働きをした者たちに無償というわけには行かぬのだ。表向き、褒賞を与えたとわかる形を取らなければ。


「……何か希望があるか訊いておく」


 これは当人に相談した方がいいことだろう。しかし、ヒスペルトは複雑な表情をした。


「我が国は軍を持ちません。彼ら傭兵たちを正規兵として抱え込むこともひとつの手でしょう」

「傭兵だけど、いいのか?」

「ビクトルやライムントという男と少し話しましたが、礼節を保った人物でした。今から兵を募るのならば、上手く指導してくれるかもしれません」


 マルティとは話さなかったらしい。それで正解だ。

 しかし、彼ら悪魔はいずれ魔界に戻る。地上で兵士の真似事など笑止千万といったところかもしれない。

 ルーノはごまかすようにして言った。


「そういえば、カブレラ流の使い手もぐっと減ったんだな。あとどれくらいいるんだか。エリサルデのヤツは片手が使えねぇから、剣を振るうのは無理だが、新兵の指南くらいなら頼めるか……」


 息子のセベロがしていたように、カブレラ流の指南をエリサルデに頼もう、とルーノは考えた。このままこの流派が途絶えるのも寂しい。


「ええ、そうですね。エリサルデ殿が負傷されて前線を退いたということだけは私も聞いておりました。またお目にかかれるとは思いもよりませんでしたが、楽しみです」


 ほぅっとヒスペルトは息をつく。

 ルーノも、ラウルの死に心を痛めているであろうエリサルデが、ヒスペルトに会って昔を懐かしめたらいいと思うのだった。


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