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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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 王都奪還はひとまず叶った。ただし、これからやることが山積している。

 手始めにすべきことは、城や町から兵士の亡骸を集め、血の痕を消し清めることだろう。ただし、それらはルーノが手ずからすることではない。カミロたちが率先して働いてくれた。


 そんな中、ルーノはまず城中を歩き回るのだった。

 十歳ほどまではここで過ごしたのだ。覚えていることも多い。懐かしく感じつつ、それでもかなりの部分はセシリオ王子の好みであるのか、変えられていた。ルーノが幼少期に自室として使っていた部屋は客間か何かのようであった。今は部屋の設えのことなどどうでもいいのだが。

 上から下へと歩き回っていると、フルーエティが逆に下から階段を上がってくる。


「牢に面白い男がいたぞ」


 などと含みのある言い方をした。


「面白い? 貴族か、政治犯かなんかか?」

「会ってみろ」


 フルーエティがそう言うのなら、何か意味があるのだろう。ルーノはとりあえず地下牢へ向かった。


 石造りの床壁。外の気温とは違い、軽く肌寒さを覚える。陽の光も差さぬ場所には常に明かりが灯されていた。カツンカツンと靴音を響かせつつ下りてゆくと、地下牢はそれぞれ硬い材質の木の扉で塞がれていた。窓の部分に格子が嵌り、そこから中を窺える。


 中にいる罪人たちは何が起こったのかを把握することができていない。ただ窓の隅からこちらを見ている者が多かった。


「……どの牢だ?」


 すべて覗いてみるのも面倒で、まずそれを訊いた。


「最奥の扉だ」


 フルーエティの言葉に従い、ルーノは最奥の扉を目指した。地下牢は、昔、子供であったルーノが近寄ることのなかった場所だ。こんな造りになっていたのかと興味深く眺めつつ進んだ。


 最奥の扉の向こうは、奥行きがありそうに見えた。物見の窓から見える中は、牢とはいえ部屋のように絨毯が敷かれ、机や椅子などの調度品も置かれていた。この部屋だけ扱いが少し違う。もしかすると身分のある人間が捕らえられているのだろうか。


 ルーノは逸る心を落ち着けつつ、さっきよりも身を乗り出して中を覗き込んだ。部屋の中に隠れる場所はない。隠れられるとしたらベッドのシーツに潜るくらいだ。

 ただし、その男は落ち着いて机に座っていた。手元には本が積み上げられている。この薄暗い中でも本を読んで過ごしていたらしい。


 囚人なのだから当たり前ではあるが、かなり痩せこけている。それでも、着ている服はそうみすぼらしくはなかった。文官が着るようなローブである。

 男はルーノが立てた靴音を聞いていただろうに、顔を上げる気もない様子だった。外のことなどまるで無関心といったていでそこにいる。ルーノはその男に顔を上げさせたかった。扉をダン、と強く叩く。


 すると、男は緩慢に顔を上げた。

 年の頃は五十をいくつか越えたくらいだろうか。髭が伸び、長い髪を束ねている。落ちくぼんだ眼窩でルーノを見た。ただし、視力が落ちているのか、あまり反応しない。


 ルーノがフルーエティの方を振り返ると、フルーエティはどこからともなく鍵束を取り出して牢の扉を開けた。その僅かな時間さえもどかしく感じられた。


 勘違いでなければ、ルーノはこの男を知っていた。

 彼の身内か、よく似た他人かもしれない。それを確かめたかった。


「……ヒスペルトか?」


 呼びかけた。

 ルーノの声に、彼はハッと息を呑んだ。その震えを湿った空気が伝える。


「まさか……っ」


 立ち上がったものの、幽閉生活で脚は萎えているのだろう。急な動きに彼はよろけて机に手を突いた。


「まさかってのはこっちのセリフだ。まさか、生きたまま幽閉されていたとはな」


 ウルバノ・ヒスペルト。

 父が全幅の信頼を寄せていた若き宰相であった。ルーノの知るヒスペルトは、肌にも髪にも艶があり、この枯れた老人のような見た目とは結びつかないが、十年の歳月と幽閉が彼を変貌させたのだろう。


「あ、あなた様は……っ」


 ヒスペルトの声がかすれる。ルーノはうなずいてみせた。


「ルシアノだ。久しぶりだな」

「ル、ルシアノ殿下!」


 その名を聞いた途端、ヒスペルトは体を支えていた腕の力も抜けてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。そうして、床にうずくまる形でヒィヒィと泣いた。

 フルーエティはこっそりとルーノの後ろでつぶやく。


「城が陥落してより変節を拒み続けて十年。なかなかの気概だな」


 ヒスペルトは有能な男だった。それ故にただ殺してしまうよりも手懐けたいとセシリオ王子は考えていたようだ。しかし、ヒスペルトは頑固である。殺されても従うつもりはなかったのだろう。

 ルーノはヒスペルトのそばに片膝を突き、泣き崩れた背中に向けて声をかける。


「随分頑張ったみたいだな。父上もお喜びだろう。……なあ、ヒスペルト。エリサルデも無事なんだ。あ、オヤジの方な。また会って話すといい。ジジイ二人、懐かしいだろ?」


 すると、ヒスペルトは潤いを失くした乾いた頬を涙に濡らしながら顔を上げた。色々な感情の混ざり合った複雑な面持ちである。


「な、なんですか、王太子とあろうお方がそのお口の利かれようはっ」

「ん、まあ、色々あったんだよ。仕方ねぇだろ」

「仕方ないとはなんですか! そういう問題ではございません! 大体、王族たるもの品格を何よりも尊――」


 そうであった。ヒスペルトは口うるさい人間だった。それを今、思い出した。

 ルーノはヒスペルトの小言を受け流しながら言う。


「で、今の現状なんだけどな、セシリオ王子は逃がしたんだが、まあ王都からは追い出せたらしい」

「なんと……」


 口うるさいヒスペルトもさすがに絶句した。にわかには信じがたいことであったのだろう。


「まあ、追い出しはしたが、寄せ集めの兵力でただぶつかっただけだ。正規兵もいねぇし、国としての体勢もぐちゃぐちゃで、正直どこから手をつけていいのか全然わからねぇ有り様なんだよな。お前が生きてて助かった」


 これは本心である。

 ティエラの王侯貴族もろくに生きてはいない状態だ。ここからどう国を立て直していいのやら、ルーノにはまるでわからなかった。フルーエティに従って何かをするにしても、やはりティエラのことをよく知る人間がいるのといないのとでは違う。


 セシリオ王子がヒスペルトを生かしておいてくれたことが、ルーノにとっても幸運であった。ルーノの言葉を聞くと、ヒスペルトは再び頭を垂れた。


「はっ……。まさかここから出て再びティエラのために働ける日が来るとは思いもよりませんでした。意地汚く生きていた我が身です。これから殿下のお役に立てるのでしたらこんなにも幸運なことはございません」


 これから、ここからようやく国の再建が始まるのだ。

 やっとのことで安寧が見えてくる。あと少しなのだ。もう、戦のない世に生きていたい。

 そのためにはタナルサスを退けなくてはならないが、フルーエティがいる以上、今まで通り心配は要らないと信じる。


 苦しみは終わったのだと、ルーノは心のうちで何度も反芻した。


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