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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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*57

 悪魔兵たちが破った門からティエラ軍が雪崩れ込む。

 ただし、向こう側に敵が待ち構えているのは目に見えていた。それでも、誰よりも先に飛び込んだのはマルティだ。人間ごときに臆することはない。

 魔法は使うなと止められているのだが、それでも細身の体躯に似合わない力と俊敏さである。待ち構えていた兵士を流星のごとく叩き潰しただろうことはルーノにも推測できた。


 薄暗い門の通路を抜けた先に、折り重なって倒れている兵士が遠目に見えた。ルーノが暗がりから光の下へ抜けきった後、馬を進めて振り返ると、マルティはすでに外郭の上に上っており、そこにいた弓兵を次々と外郭の外に突き落としている。顔までは見えないが、きっと楽しげにしていると思えた。

 そのまま進むと、リゴールがルーノたちを待っていた。


「城下は任せて王城へ向かいます」

「セシリオ王子のとどめはルシアノに回せ。それ以外は好きにしろ」

「はっ」


 フルーエティの指示通り、リゴールは馬を走らせて城下を城まで駆け上がる。ルーノもフルーエティと共にその後ろに続いた。

 城下ではソラールの兵と悪魔兵の戦いが繰り広げられており、それに便乗する形で町人が日頃の鬱憤をぶつけている。即席で作った泥玉をぶつけてみたり、油をかけてみたり、とソラール兵の戦闘を妨害し始めているのだ。


 そんな光景を横目に、ルーノは城へと急いだ。城へ向かう往来には敵の部隊が壁のように控えていた。事実、大盾がずらりと並び、突破は難しく見える。


「ティエラの亡者を地に還せ!」


 叫びと共に槍が繰り出される。とても馬で飛び越えることはできなさそうだ。かといって、少人数で太刀打ちするのも骨が折れる。どこから破るべきかとルーノが考えた時、勝手にそのバリケードの一角が崩れた。崩したのは、マルティだった。


「あはは、後ろからも敵が来ることってあるんだよ?」


 いつの間にやら後ろに回り込み、マルティは大盾をひとつ奪ってそれを地面と水平にして振り回し始めた。その盾にぶつかると、甲冑を着込んだ男でも吹き飛ぶ。あの盾はかなりの重量のはずだ。細身の男があんな使い方をすること自体が異常である。


 マルティは外郭の上にいた。走ってルーノたちを追い越したわけではなく、魔法円を使って移動し、先回りしていたのだろう。この暴れられる好機を余すことなく堪能したいがための行動だ。


 ぐちゃぐちゃに崩れた敵の隊列にリゴールが突っ込む。真っ向から構えていても対峙しきれないような相手なのだ、崩れた陣形のままソラール兵たちはリゴールとマルティに蹴散らされた。歯抜けになった障壁など意味もない。ルーノは易々とそこを通るのだった。


 三将のうち二将ですら人の身では歯が立たない。ここにピュルサーも加わっていたらどうだったのだろうか。正直、ゾッとする。闘技場で敵なしであったルーノでさえ勝てるものではない。照りつく太陽の光も悪魔たちの勢いを削ぐことはなかった。


 鍛え抜かれた兵士たちが次々と横に跳ね除けられる様をルーノは一度だけ振り返って見た。マルティはまだ遊んでいるように見えた。リゴールはほどほどに切り上げてルーノたちを追ってくる。

 馬を城まで走らせる中、フルーエティはルーノに言った。


「あそこはお前の住処なのだから迷うこともないだろう?」

「さぁな。久しぶり過ぎて覚えてねぇかも」


 こんな状況だが、ほんの少し笑いを零すだけの余裕があった。

 城に向かうには、長く続く坂を迂回して上らねばならない。敵が坂を上がってくる途中、城壁から兵士が落石や弓矢で妨害できるような設計なのだ。攻め落とされにくいとはいえ、事実ティエラ王国は滅んだのだから、絶対ではない。兵の数を頼みにする戦い方をされては、籠城も限りがある。矢も武器もいずれは底をつくのだ。


 ルーノたちは城に続く坂を馬で駆け上がる。しかし、城壁からの攻撃はルーノたちまで届かなかった。先を行くリゴールが華麗な手綱さばきで落石を躱すと、地面に落ちた石は果物のようにパカリと割れた。割れてしまえば転がることもない。


 降り注ぐ矢も、マルティが炎を出して瞬時に焼き払った。魔法は使うなと言われてはいたが、遠目ならばはっきりとは見えないからいいだろうというところか。ペロリと舌を出してはマルティは上機嫌で馬を走らせる。

 その後をルーノとフルーエティ、それから他の悪魔兵たちが続く形である。


 長く続く坂。

 上り続けていると現実味が薄れてゆく。

 この先には何が待つのだろうか。この道は本当に城へと続いているのだろうか。

 ルーノにはよくわからなくなってきた。


 けれど、先頭を行くリゴールが馬を止めた。その馬のいななきでルーノは我に返った。見上げた先には城門がある。黒く閉ざされた鉄と木でできた門を、ルーノは馬を止めて見上げた。敵兵は門の前にはいない。やはり籠城するつもりなのか、門は開く気配もない。


「さあ、あと少しだ」


 フルーエティがそんなことを言った。その直後、フルーエティの左手から炎が、右手から冷気が現れる。


「魔法禁止じゃねぇのか」


 ぎょっとしてルーノが言うと、フルーエティはそれを鼻で笑った。


「あの城門を破るには少々のことは仕方なかろう」


 レジスタンスの人兵はほぼ城下町で戦っている。城門前にいるのは悪魔兵ばかりであるから、ソラール兵の口を塞げば問題はないのだろうか。


 フルーエティの二色ふたいろの魔法が渦になって城門にぶつかる。外郭を破った、丸太状の衝角でぶつかられた以上の衝撃が城門に与えられたのではないだろうか。轟音が起こり、熱気と冷気が入り混じった風圧がルーノたちの方にも返る。


 ルーノが思わず目を閉じ、まぶたを再び持ち上げた時には城門の中央が砕けていた。あの砕け方を後でどう説明していいものかと思うが、今はそれどころではない。

 砕けた門の後ろ側には、門の破片が突き刺さり、または瓦礫に押しつぶされた兵の手足が見えた。ルーノは軽く頭を振って気を引き締める。


「お前たちがこの国を侵した以上、情けはかけない」


 ルーノはソラール兵に向け、それだけを吐き捨てた。それは自分に言い聞かせるためでもあったかもしれない。


「化け物だ! 化け物の軍隊だっ!」


 恐慌状態に陥った敵兵の叫びはあながち間違ってもいない。ただし、ルーノがそれをおおやけに認めるわけにはいかないだけだ。


 戦意が失せたのか、逃げ惑う兵士たちの背を、悪魔兵は雄叫びを上げながら野性の獣が狩りをするようにして追う。しかし、そこに気を取られている場合ではない。

 フルーエティの声が鋭くルーノを引き戻す。


「セシリオ王子を討つ。それで終わりだ」


 それが最終目的なのだ。セシリオ王子を討ち取り、この城と王都を取り戻す。そのためにルーノは今、ここにいる。


「……わかった」


 セシリオ王子いるとすれば、王座か王の居室か、そのどちらかではないだろうか。

 ルーノはようやく、生まれ育った居城の門を潜ることができたけれど、思い出の中の城よりもソラールの手垢がついた分だけ煤けて感じられた。ある程度進むと、馬を乗り捨てた。場内まで馬では進めない。

 階段を駆け上がり、ルーノはまず謁見の間を目指した。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  行き詰まるような、物語の展開。先行きに目が離せません。 [一言] 「ワールドエンド・レメゲトン」を拝読した後だと、フルーエティの心情をアレコレと推測し、そのセリフ1つ1つが意味深に聞こえ…
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