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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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 無事、馬を預けることができた。馬屋にはコルドバからラウルと共に来た馭者がいたのだ。

 馬丁としても働いているらしく、黒馬はマルティによって飼葉を腹がはち切れるほど食べさせられる運命を回避できた。

 ようやく要塞の中へ入ると、入ってすぐの広間にピュルサーを従えたチェスがいた。ルーノを見てパッと笑顔を向ける。たったそれだけのことで疲れが癒えたような気になるから変だ。


「おかえり、ルーノ! コルドバ奪還おめでとう!」


 ルーノは照れ隠しに、ん、と短く答えた。


「リゴールが一番手柄かもな」


 すると、マルティとピュルサーが嫌な顔をした。


「えぇ! 僕がいれば僕だったのに。連れていってくれないからだろ!」

「俺なんて、随分前から戦に出てない……」


 同じ三将としては複雑らしい。互いが抜きつ抜かれつの間柄なのだろう。


「私も役に立てたらよかったんだけど」


 そんなことをチェスが言った途端、ピュルサーとマルティが畳みかける。


「いや、チェスにはここの護りがある」

「そうそう、美味しいものでも食べてゆっくりしてたらいいんだって」


 とんだ甘やかしっぷりであるが、ルーノに反論するつもりもない。


「……ラウルはどうだった?」


 今のところまだ姿を見ていない。だから訊ねてみた。すると、ピュルサーが顔をしかめながら言った。


「今、フルーエティ様が戦況の報告をしている。それから、お前のことを話すと仰っていた」

「あ、ああ……」


 ラウルが真相を知る。ついにこの時が来た。

 あの男はどうするだろう。フルーエティがささやく言葉――官職を用意するなどの待遇に甘んじるだろうか。拒めば罪人とされるのだ、否という選択ができようはずもない。

 けれど――。


 もしルーノとラウルの立場が逆であったら、ルーノはどうしただろうかと考える。この先の人生を王として過ごす決意をした後にもういいと告げられて、気持ちの整理をつけることはできるだろうか。旗印として担ぎ出し、不要になれば扱いを変える、その変節に理不尽さを覚えないでいられるだろうか。

 好待遇を示されたとして、ラウルがそれを素直に信じる人間かがわからない。人知れず消される心配をし、話を受けるふりをして逃げるかもしれない。


 ただ、ラウルは所詮ただの人間だ。フルーエティを前にして心を隠し通すことができるとは思わない。

 それなのに、何故かルーノはラウルがどうしても一筋縄ではいかないような気がしてしまうのだ。

 そんなルーノの思いは杞憂でしかなかったのかもしれない。


 ラウルが使っている司令官室から戻ったフルーエティは、食堂で食事を済ませていたルーノを捕まえた。フルーエティは無言で簡素な木の椅子に座った。人の姿をしていても、けば立った椅子と机が似合わない。

 フルーエティはゆっくりと手を組み合わせてささやいた。


「ラウルに話した」

「……アイツはなんて?」


 食べ終わった汚れた皿を横に押しやり、何気ない口調で言ってみせるけれど、内心では緊張していた。そんな差異もフルーエティには見抜かれているのだろうけれど。


「来るべき日まで本物(おまえ)の影として表に立ち、お前の命が脅かされるのを防いでいたというふうに落ち着ける。それで納得した」

「本気で?」


 問い返したのは、正直なところ信じがたかったからだ。けれど、フルーエティはうなずいた。


「ああ。あの男は損得を正確に考えられるからな。今後はお前の役に立つはずだ」


 本当にそうだろうか。どこかで寝首をかかれないだろうか。

 そんな心配をするとは女々しいと、この悪魔は堂々と言いそうだ。ルーノが苦虫を噛み潰したような顔をすると、フルーエティはさらに言った。


ラウル(あれ)には信念がある。お前にもいずれそれがわかる日が来るだろう」


 その信念があらばこそ、大それた嘘もつけたというのか。

 いずれと言わずに今教えろと、ルーノは思う。けれど、フルーエティは無言だった。いずれというのは今ではないと言いたいのか。


「この砦の皆にお前の正体を告げるのは明日だ。もう少し()()()()()しておけ」


 余計なお世話だと、ルーノは会話を切って席を立った。

 思えば、今、この食堂を切り盛りしているのは星空亭から来た料理人たちだけれど、それ以前はソラール軍の料理番がいたはずだ。ここで、平穏に過ごす兵士たちに食事を作り続けていただろう。料理人は兵士ではないが、この砦に駐屯していた人間は誰一人残っていない。つまりは、そういうことだ。


 戦えぬ者に慈悲をかけたくとも、それだけのゆとりはない。悪魔兵を大っぴらに使えば、すべて口封じに殺すことになる。それが嫌なら、悪魔の手は借りるべきではない。

 ただし、悪魔の力を借りずにこの要塞を奪還できたはずもないのだ。

 それならば、そうした感傷に浸るべきではない。罪は罪としてルーノが背負うしかない。


 少しばかり気持ちを落ち着かせるため、夜空でも眺めてこようかと思った。すると、通路の隅、柱の陰にチェスとラウルがいた。ドキリ、と心臓が跳ねる。


 チェスは壁に背をつけ、うつむいていた。ラウルはその前に立っていた。二人の距離は近かった。

 ピュルサーは見当たらない。チェスとラウルを二人きりにするとは思えなかった。可能性があるとすれば、チェスがピュルサーに下がるよう命じたのではないだろうか。


 ラウルの横顔は神妙に見えた。真実を知り、チェスがラウルを避け始めたことに合点が行ったのか。

 だから、自分なりの思いを伝えようとしているのだろう。


 ルーノはここに通りすがってしまったことがひどい災難に思えた。今後、ラウルも大人しくするのだろうし、少し話すくらいは本人が承諾したのなら邪魔をしようとは思わない。多分、ピュルサーもどこかで気を張りつつ見守っているのだろうし。

 食堂へ引き返そうかと思ったけれど、間に合わなかった。ラウルが横目でルーノに気づき、ハッとして見向く。逃げ遅れた。


 ラウルの表情は、途端に硬く、どこか痛々しさまで滲ませる。

 ラウルはチェスに断りを入れると、ルーノの方へ歩み寄った。歩く姿勢もシャンとして品がある。それはルーノも認めるところだった。ラウルはボソリ、とルーノに告げた。


「ビクトルから話はすべてお聞きしました。あなたはそれでも私を受け入れるおつもりがあると……」


 フルーエティがそうしろと言う。それなりの思惑があってのことなのだろうから、ルーノもそれで納得した。


「そのつもりだ」


 ルーノが答えると、ラウルはほぅっとひとつ息を吐く。それは安堵からのことだろうか。


「私は――」


 ラウルが何かを言いかけた時、食堂から数人が出てきた。ルーノはとっさに言う。


「何か言いたいことがあるなら場所を変えるぞ。()()()()はまだほとんどのヤツは知らねぇんだ」

「は、はい……」


 いつになく殊勝にラウルはうなずき、そうして歩き出したルーノの後ろに続いた。チェスの心配そうな視線が途中まで追ってきていたけれど、この場合、心配されたのはどちらだろうか。

 ルーノは当初の予定通り屋上へ向かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  とても面白くて一気読みしてしまいました!  亡国の王子の祖国奪還物語……王道的展開にとどまらず、様々な要素が組み込まれていて、興味深いです。  ダークファンタジーならではの雰囲気に、ゾ…
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