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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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*45

「あんたたち、怪我なんてするんじゃないよ。無事に生きて、これからもっともっと殿下のお役に立たなくちゃいけないんだからね」


 そう言って、作戦開始までの僅かな時間に、女将は手早く料理を用意してくれた。けれど、食べ過ぎては動けなくなると苦笑しつつ、ルーノは軽く口にするだけに留めた。フルーエティなど相変わらず水しか飲まない。リゴールもだ。


「全部終わってから食うから、とっておいてくれよ」


 せっかく用意してくれた女将の気持ちと一緒に料理を味わった。ルーノが闘技場から出て一番美味いと思えた料理がこの女将の料理だと思う。


「わかったよ。全部あたため直してあげるから、ちゃんと食べに戻るんだよ」


 ん、とルーノは豆と肉の煮込みを頬張りつつ、曖昧に返事をした。

 それから、ついに予定していた時刻が訪れる。『星空亭』の外へ出てみると、人気ひとけがいつもに比べて極端に減っていた。エリサルデが上手く伝達したということだろう。

 『星空亭』の前で大きな体に似合わぬ不安げな面持ちの女将に向かい、ルーノは口を開く。


「すぐ終わるから心配すんなよ」

「すぐって、あんたねぇ……」


 女将が苦笑する。けれど、本当にすぐに終わるはずだ。何せ、フルーエティがついているのだから。

 目の前でリゴールが馬に跨った。ナバルレテ要塞から拝借した軍馬だ。飛竜ほどではないにしろ、リゴールの足となってくれるだろう。

 ルーノとフルーエティは馬に乗らないことにした。市街戦では途中で馬が邪魔になる。小回りが利いた方がいいというフルーエティの判断だった。


 ゴォンゴォン、と空高く響き渡る鐘の音。

 ここにも王都と同じように、ソラールから強いられた、ソラナスに祈りを捧げる時が設けられている。朝と昼の二度。


 表向きは祈るふりをする人々だが、改宗などそう容易いことではない。チェスを攫った敬虔なシエルラ教徒がいたように、この地はまだシエルラを唯一神、ソラナスを旧神としか認めていない。

 そして、ルーノは、神そのものを信じていない。

 この鐘の音を合図と定めていた。


「じゃあ、行ってくる」

「ああ、気をつけて」


 女将に送り出され、ルーノは駆け出した。馬の腹を蹴って走らせたリゴールは、ルーノのそばを追い越す。


「では、先に道を開いておきます」


 リゴールは駐屯兵のいる兵舎へ向けて走り出した。この時、フルーエティはすでに、レジスタンスとは別に町中に配下の悪魔を潜ませていた。あちこちで騒ぎが起こり、それからリゴールに呼応して集まってくる。

 いつもであれば、清らかに鐘の音が響き渡る祈りの時を馬の蹄鉄がかき乱す。リゴールは馬上で、よく通る声を張り上げた。


「この地に巣食う侵略者ども! 我が槍が貫いてくれよう! 命が惜しい臆病者は国へ帰れ!」


 コルドバの住人が祈りを捧げているか、いつも兵士たちが見回る。その兵士たちは黒馬に跨った戦士の襲撃に愕然としつつも剣を構える。しかし、敵襲など予測もしていなかったのか、軽装備であった。相手は三人――ものの数ではない。


 リゴールの槍が一閃しただけで二人が吹き飛んだ。残った一人も返した柄頭で強かに打たれ、頭蓋骨が陥没したのがひと目でわかった。ルーノは軽く息を弾ませつつ、それらを見ていた。どうせ死ぬのなら、苦しまず呆気ない死であった方がいいのだろうか。


 リゴールはルーノから見えなくなるほど速度を上げ、走り去った。本来、彼一人で町を解放できてしまうだろうに。


「お前は思った以上に足が遅いな。急げ」


 息ひとつ切らさず、まるで歩いているような軽やかさでフルーエティが腹の立つことを言ってくる。


「オレはか弱いんだよ! お前らと一緒にすんな!」


 抗議すると疲れるだけだ。ルーノはすぐにそれに気づいて止めた。

 ただただ駆ける。兵舎まで、それほどの距離はないはずなのだ。まっすぐに目指す。その間、レジスタンスたちが兵士ともみ合っているところにも遭遇したが、その中には顔を隠した悪魔兵も潜んでいる。負けることはまずないと、構わず先を急ぐ。


 街路樹の間に、兵舎の屋根が見えてくる。兵舎の手前でリゴールが騎乗したままソラール兵を相手取っていた。化け物じみたリゴールの強さに、駐屯兵たちは切り込むことすらできずに距離を保っている。兵舎の半数は町中に出回っているのだろう。


 ここを護る人員は精々が十数人と見た。八人程度が兵舎の門を護るために立ち塞がる。敵のサーベルが陽の光を受けて、その照り返しが小刻みに揺れている。


「こんなことをして、ただで済むはずがない。すぐに大軍がこの町に押し寄せ、お前たちを一人残らず仕留める。逃れられると思うな!」


 兵士の一人がそんなことを叫んだ。リゴールがその言葉に何かを感じたわけでもない。ただ、当初の予定通り馬首を返す。そうして、主君のもとへ向かい、馬から降りて言った。


「これくらいでよろしいでしょうか?」

「ああ。後はルシアノに片づけさせる」


 フルーエティの台詞に、ルーノは、げっ、と短く呻いた。


「リゴールがついでに蹴散らせばいいだろ。あんな人数、オレだって楽勝ってわけにはいかねぇし!」

「だからこそお前がやる意味がある。()()()()()戦え」


 曖昧なことを言うのは、ルーノがフルーエティに試されているからだと思えた。

 よく考えろとは、どういうことなのか。

 ここでルーノに戦わせる意味を考えろと。


 戦いの最中、危険だからと外に出ないようにと言っても、自分たちの町のことを見届けたいとする人々もいるのか、まったくの無人というわけではない。その住人たちは、成り行きを見守っている。

 レジスタンスたちは、無慈悲なルーノの剣を恐れた。それをあえて民間人に見せようとするのは何故だ。


 フルーエティは、コルドバ奪還の後、ルーノの正体を告げて表に立てと言った。それならば、ルーノが直々に戦い、町を救ったと民衆に見せつけたいのだろうか。

 ふと、目の端に木陰から様子を窺うエリサルデがいることにも気づいた。多分、フルーエティも気づいている。


 よく考えて――。

 ルーノはひとつ嘆息した。


「……ったく。わかったっての」


 渋々、ルーノは前に出た。背負ったフランベルクの柄を握る。ルーノが前に出たことでエリサルデが緊張したのがわかった。今、最後の王族であるルーノを再び失うことだけは避けたいのだろう。

 そんなエリサルデにも見せてやろう、とルーノは剣を引き抜いた。青白い炎のような刀身を、ルーノは型に沿って構える。息を止め、腰を低く落とした。


 ルーノは、剣の師、セベロ・エリサルデにとってよい弟子ではなかった。

 闘技場に入ってからは何度も指摘された悪癖を直すこともせず、思うままに剣を振るっていた。その師の父親が見ている今くらいは、型通りの動きをしてやろう。

 それがセベロへのせめてもの手向けになれば。


 リゴールに比べれば、ルーノの方がまだマシだと侮られたに違いない。兵士たちは雄叫びを上げながら斬り込んでくる。それでも、個々の能力はルーノには及ばない。ヒュッと何の抵抗もなく剣が線を描く。青白い剣の軌跡を目で追えた者はどれくらいいただろうか。


 カブレラ流の最大の特徴は、一連の動きの手数の多さだ。それは細かく、手首の返しや角度まで口うるさく言われた。

 その動きは剣舞にも見えるほどだというけれど、ルーノは未だセベロほどの使い手ではない。好き放題しすぎた今、ぎこちなさは残る。それでも、見る者が見ればわかる程度には保てているはずだ。


 ルーノの剣が、一人、また一人と兵士を倒してゆく。やっと八人。そこに到達するまでがひどく遠く感じた。いつも以上の疲れが出る。

 鉄門の前に屍が折り重なる。兵舎の窓からこっそりと様子を窺っていたのは、戦う力などないお飾りの司令官だろう。あれは捕虜にでもすればいい。


 ルーノは最後の一人が音を立てて地に伏した時、頭のどこかで冷静にそれを考えていた。剣を振るだけで、剣についていた血は跡形もなく飛んだ。この剣自身が意志を持って、曇ることを厭うようだ。

 フランベルクを鞘に納め、ルーノは振り返る。

 フルーエティは満足げにうなずいた。

 エリサルデは、木に寄りかかり顔を伏せていた。 


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