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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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*41

 要塞を落とすにあたり、ラウルはコルドバの『星空亭』に待機することになっている。

 けれど、ルーノたちが作戦決行のために出かける夕刻、『星空亭』は臨時休業、貸し切りとして、戦に臨むルーノたちを鼓舞するためにささやかな席が設けられた。それはラウルが言い出したことであった。


 この場には、町に潜んでいたレジスタンスの面々が駆けつけていた。二十人といったところだろう。それから、怪我をして散り散りになり、身を潜めている連中のことも報告を受けていた。今のところは追随の手も及ばず、養生しているという。


 最初の襲撃を受け、一網打尽にするつもりで送り込んだ兵士が全滅するという結果に、ソラール兵たちも対策を練っているのだろうか。次にぶつかる時はそれなりの兵力を投入してくるものと思われる。

 魔界と地上を行き来していると時間の感覚に疎くなるけれど、思えばルーノたちがレジスタンスに参加してからそう歳月は経っていないのだ。そんなことをルーノは食堂の片隅に座りながら思った。


 スパイスの利いた女将の得意な煮込み料理、雑穀パン、チーズ、ワイン、特別なものはないけれど、それに不満などない。ソラールに侵略された今、いかに豊作であっても物資の納付は求められるだろう。その中で商売を抜きにこれだけ用意するのも大変だったはずだ。

 ルーノはワインの注がれたグラス越しにラウルを眺める。ラウルはグラスを手に弁舌を振るい出した。


「――今宵、ついに祖国奪還へ向けた大戦が始まる。戦いは虚しく、悲しいものだけれど、我らには譲れない大望がある。そのためには争いも避けては通れない。この大地に多くの血が流れることに苦悩はつきまとうけれど、私は王太子としてその責を負おう。この『ルシアノ・ルシアンテス』の名において」


 わぁ、と歓声が上がる。それをラウルが手振りで静める。指を口元に当て、騒いではいけないと。

 騒ぎに兵士が駆けつけてくることを気にしつつ、それでもレジスタンスの面々は興奮冷めやらぬ様子であった。

 ルーノはその名をかざすラウルの図太さに呆れるばかりだったけれど。


 少し離れた場所、エリサルデの隣に座らせているチェスも肩をすぼめていた。ピュルサーはラウルの演説に興味もなくただチェスの横に座っている。

 エリサルデも表情を消してラウルを見守っていた。きっと、ハラハラしているのだろう。


 上機嫌なのはラウルと、何も知らない者どもばかりである。

 騒ぎすぎてはいけないが無礼講だと、皆が自由に席を動く。チェスは鯨飲する男たちの隙間を縫って素早くルーノの方に駆け寄ってきた。ピュルサーは席に着いたままだ。ここにいろと言われたのだろう。


「ルーノ、ねえ、ララがいなくなったって知ってた?」


 ルーノは飲みかけのワインを吹きそうになった。そういえば、当の本人には何も教えていなかった。

 すると、フルーエティがそばで腕を組みつつ嘆息した。


「抜けた者のことなど気にせずともよい」

「でも、急すぎるから、何かあったのかなって……」


 しょんぼりとつぶやく。チェスにとってララは仲間であったのだ。心配をするのもチェスにとっては当然なのかもしれない。その価値があるかどうかはまた別問題として。


 何も疑わない清い心が、ルーノには希少な宝物のようにも思える。こんな戦乱の時代に他人の心配をしている場合ではないというのに。

 ルーノはチェスの頭にポン、と手を置いた。そうして、黒髪をかき乱す。滑らかなこの手触りが好きだ。


「わっ!」

「こいつの言う通り、気にすんな。ああいう女は逞しいからどこででも生きてられる」


 笑いを交え、軽く言った。チェスは目を回しながらルーノの手から逃れようともがく。

 そんなじゃれ合いを、ふとラウルが離れた席から眺めていた。人に囲まれつつも。その目は少しも笑っていなかったけれど。

 ルーノはチェスを開放すると、さっさと腹ごしらえを優先した。フルーエティは水を僅かに口に含んだのみである。本当に何を糧としているのやら。


「なあ、あんたたちがナバルレテ要塞を落とすって? あんたたちは強いし、その上傭兵団を抱えてるって聞いたが、相手は兵士だぞ? レジスタンスの戦力をまったく借りずに落とすなんてこと、できるのか?」


 そんなことを訊ねてくる男もいた。ただ、フルーエティはろくに相手をするでもなく、一瞥しただけで男を黙らせた。後ずさりした男に、ルーノは言う。


「戦いの前は気が立ってる。あんまり近づくな」

「ん、ああ……すまない。武運を祈るよ」


 そうは言いつつも、本当はルーノたちの勝利を信じていない。そんなことができるはずがないと。

 それでも、ラウルが同行しないのだから、失敗しても痛手ではないと高をくくっているのだ。


 ラウルは本気でフルーエティの策を信じているだろうか。多分、信じてはいるだろう。けれど、必ず成功するという確信はないのではないだろうか。だとしても、八方塞がりの今、多少の危険を承知で動くことも必要だという手の度胸だけはある。


 皆が楽しく騒いでいるその隙に、ルーノとフルーエティは『星空亭』を抜け出した。




 人目ひとめにつかない場所で、フルーエティは人の装いを解き、いつもの姿に戻ると腕を振るった。魔法円が浮かび上がる。


「パッと行って落とすってのか? 楽な進軍だな、オイ」


 思わず皮肉を言ってやる。けれど、フルーエティは真顔で、ルーノに取り合わない。何やら機嫌が悪いと感じた。

 あの酒席――所狭しと人がひしめいた熱気が、フルーエティには不快でしかなかったのか。思えば人間嫌いな悪魔なのだ。ここ最近、人間臭いと思うほどには人に馴染んで見えた。それでも、やはり嫌いなものは嫌いなのか。


 今から、その苛立ちが戦でぶつけられるのかと思うとゾッとする。ナバルレテ要塞の兵士たちには多少の同情も感じなくはないが、敵である以上情けは無用だ。

 ルーノは諦めて魔法円の門を潜った。


 出た先は、昼間に来た場所と同じだった。それよりももう少し近づいたとも思う。篝火(かがりび)が焚かれた要塞を吸い寄せられるようにして見た。その時、上空で羽音がした。それは鳥などとは比べるべくもない力強さであった。


 闇色の翼が羽ばたきを止め、緩やかに下りてくる。その背には二人の悪魔がいた。マルティはライムントが地に足をつけるのを待たず、人ならば到底助からないような高さから降りた。風に乗れるのかと思うほどの身の軽さで、マルティは軽やかに着地した。まるで体重を感じさせない。


「血沸き肉躍る戦いによく似合う、いい夜だね」


 楽しげにそんなことを言う。


「おい、この人数でやるのか?」


 ルーノが訊ねると、ライムントが着陸した。飛竜など目撃されたら大騒ぎになりそうだが、ここにいる人間はルーノと要塞の兵士くらいのものである。


「別にそれでも構わないんだけどさ」


 マルティは上機嫌で答える。それに対し、不機嫌な主君は言った。


「今から小隊を召喚する。さっさと落とすぞ」

「畏まりました」


 ひざまずいたリゴールの手には彼の身長よりも長いのではないかと思われる槍が握られていた。


「ルシアノはさ、下がってなよ。じゃないと一緒に焼いちゃうかもしれないから」


 アハハ、とマルティは笑えない冗談を言う。もしかすると、冗談などではないのかもしれないけれど。

 ルーノはひとつため息をついた。


「じゃあ任す。ここで眺めてる」

「うん、そうしなよ」


 悪魔兵たちの戦いが始まろうとしていた。


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