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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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*39

 あれからひと晩が過ぎ、フルーエティはラウルに自らの計画を話した。まず、南の国境付近の要塞を落とし、次にコルドバ解放、その後は王都まで一気に落とす、と。ラウルは戦力面での不安を口にしたが、フルーエティが伝手はあると言い、まずは要塞の視察をすることになったのだ。


 とはいえ、視察に出たのはルーノとフルーエティだけである。チェスとピュルサーは置いてきた。

 フルーエティは照りつく太陽の下でも汗ひとつかかず、涼しげに顎で石造りの要塞を指す。フルーエティが乗る馬さえも気取って見えた。


「あれがナバルレテ要塞だ」


 今度の戦の舞台となるナバルレテ要塞は、ルーノが入れられていた闘技場のあるサテーリテ王国との国境付近だ。ソラール王国ほどにティエラ王国との国交が悪化していたわけでもなく、警戒態勢は北に比べると穏やかなものであったはず。


 ただしそれは、ナバルレテ要塞がティエラ王国の所有であった頃の話だ。ティエラがソラールに侵略された今となっては、まったく状況が変わる。

 事実、ルーノが闘技場にいた時、サテーリテにまでソラールが攻めてくるという噂が立った。そうした動きがまったくないわけではないのだろう。噂の出所は、闘技場へ観戦にきていた貴族連中や金主からであったと思われる。


 ソラールはティエラの地を塗り潰し、己が領土とした後、隣国のサテーリテと親睦を深めることはなかった。ティエラを挟んで互いの領土には距離があったため、以前から交流らしきものはしていなかったはずだ。さらには信仰の壁がそうさせるのだろう。

 同じ教派であるティエラとサテーリテにしても、同盟国ではなかった。互いの不干渉が約束されていたのみである。


 オディウム大陸では同盟を推奨する国はない。今も昔も戦乱の多いこの大陸で、同盟国による裏切りによって滅んだ国も数え切れぬほどあるのだ。同盟国が頼みの綱というよりも、背後から襲いかかる狼のようなものになり果てる。

 互いの国々に信頼はない。もしそれがあれば、ルーノは他国へ落ち延び、姉たちも生き永らえることができていただろうか。そんなことは考えるだけ詮方ないと、ルーノは馬上でかぶりを振った。


 ルーノはナバルレテ要塞を初めてこの目で見た。小高く積み上げられた石垣、重々しくそびえる要塞の外壁についている傷に真新しいものはない。ソラールが攻めてきた後は平穏に、遠くを見渡すだけの建物に過ぎなくなっているのだろうか。

 風にはためく軍旗はソラールのもの。要塞は同じであれど、制圧された瞬間にこの要塞はティエラのものではなくなったのだ。


「あの軍旗を引き倒す。ラウルにはすべて終わってから出向いてもらおう」

「うん?」

悪魔(おれ)の軍勢を使う。人兵は交えぬ方がよい」


 マルティが水を得た魚のように生き生きと動き回る様子が想像できる。ルーノは複雑な心境ではあったが、あの軍旗をへし折りたい衝動は確かにある。死ぬのは敵兵だ。この地を蹂躙した報いを受けさせるだけ――。

 ルーノは手綱を握る手に力を込めた。


「……チェスも置いていっていいか?」

「好きにしろ」


 そう答えたフルーエティはきっと、ルーノの言葉を予測していたのではないだろうか。ピュルサーと契約を交わし、魔界へまで赴いたとはいえ、チェスにはあまりに凄惨な戦を見せたくはなかった。


「決行は夜間だ。悪魔は人よりも夜目が利くのでな、有利にことが運べる」

「いつの夜だ?」

「今夜にする」


 今夜ぁ、とルーノは素っ頓狂な声を上げたが、フルーエティはお構いなしだった。斜から目を向けてくる。


「お前は何もせずともよい」


 それでも、心の準備というものが必要だ。それを求めるルーノは、フルーエティからすれば失笑を誘うようだ。


「戦に待ったはなしだ。機を見極めたなら一気に叩く」


 戦略など必要もない、人が圧倒されるばかりの力を持つくせに、そんなことを言う。そうして、ルーノはこの悪魔に身を委ねたのだ。今さら引くわけにもいかない。


「……わかった」


 ルーノは(ひるがえ)るソラールの軍旗を射るように見据えた。

 ソラールが信仰する太陽神、ソラナスが沈み、新たな太陽シエルラが昇ったように、ソラールの旗を引き倒してティエラの国旗を掲げるのだ。

 すると、フルーエティは珍しくフッと穏やかに笑った。その笑みは戦を前にした悪魔とは思えぬものであった。


「ティエラの旗はすでに手配してある」


 手回しの良いことだと、ルーノも苦笑した。

 ただ――こう気を抜いてフルーエティに心を読まれてはならない。もしかすると、ルーノが気にするだけで、フルーエティは自らの過去を知られたからといって気分を害するわけではないかもしれない。

 過ぎたことだと、いつもの感情の読めない様子で言うだけだろうか。




 コルドバの『星空亭』に戻ると、丁度準備時間で店は落ち着いていた。女将がルーノたちを迎え入れてくれる。ただ、その時に困惑気味に言ったのだった。


「ララがまだ戻ってこないんだけど、どうしたのかねぇ……」


 今はそれどころではないと一蹴しようかとも思ったが、女将にはなんの罪もない。むしろララのことを心配している。その気持ちを否定するわけにもいかず、ここは適当にやり過ごすことにした。


「若い女だからな。レジスタンスなんて危険だって気づいて抜けたんじゃねぇの?」


 なるべく軽い調子で答える。フルーエティがリゴールを止めたけれど、そうそう戻ってこられないところに置いてきたのだろう。詳しく訊きたくなくて、ルーノも詳細を知らないままだけれど。

 女将はそれでも腑に落ちない様子だった。


「まあ、それもなくはないんだけど。でも、ララは殿下にぞっこんだったから、そうそうおそばを離れることはしたくないんじゃないのかねぇ」

「……じゃあ、フラれたんじゃねぇの?」

「ああ、なるほど」


 と、今度は納得した。拍子抜けしてルーノの方が返答に困った。

 女将は軽く首を傾けてみせた。


「ララはチェスカが来ると大抵機嫌が悪くなってね。ほら、殿下がチェスカを可愛がるからさ。素直で綺麗な子だから、面白くなかったんだろうよ。殿下はララのことよりもチェスカが気になりなさるのか、さっきもチェスカを捜してたしね。うん、やっぱり殿下がララにはっきりと何かをお言いになって、それでララが出ていった可能性はあるのかもしれないね。何せ気位の高いところがあったから……」


 ルーノはハハ、と乾いた笑い声を立てた。この臨戦態勢の最中、女どもはのん気だと。

 まあいい。ララはラウルに拒絶されて去ったと思ってくれたなら。

 それよりも、ラウルがチェスを捜していたというひと言が気になった。チェスに避けられているとラウルが勘づいたのだろうか。

 ピュルサーが常について回っているから、チェスには何も言えないだろうけれど。


「ん……ああ、ところでエリサルデ様は?」


 今回はちゃんと敬称をつけた。女将は軽くうなずく。


「奥にいらっしゃるはずだよ」

「そっか。ちょっと挨拶してくる」


 エリサルデにも話さねばならないだろう。チェスが悪魔と契約したことは伏せておくが、ルーノの正体を知ったことを。それから、ナバルレテ要塞を落とした後、ルーノが表に立つ予定であることを。

 エリサルデはそのことをどんな面持ちで受け止めるだろうか――。


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