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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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39/80

*38

 三将にはすでに、思念で作戦を通達してあるとのことだった。

 大勢のしもべに見送られながら、ルーノたちは崖の上に出た。と言っても、しもべたちが見送るのはフルーエティであって、ルーノは添え物に過ぎないのだが。


 ただし、チェスに関しては、見送ることを皆が本気で名残惜しく感じているように見えた。あれほど感情を見せない悪魔たちがだ。チェスもそれに戸惑い、ルーノの肩先でポツリと言った。


「……悪魔って、なんなんだろうね。私が思っていたのと全然違うの。ピュルサーもそうなんだけど、皆優しいし」

「いや、お前にだけだろ、優しいの」


 思わず言ってみたが、チェスはきょとんとしていた。これは言っても仕方のないことである。

 崖の先には三将が控えていた。フルーエティを迎えるにあたり、皆がひざまずいている。飛竜ライムントの出番はないらしく、上空を飛び去る飛影だけがみえた。

 ひざまずくピュルサーの金髪を目に止め、チェスはほっとしたような、それでいて複雑な顔をした。


「では、行くぞ」


 フルーエティが号令のようにして告げる。三将たちは異口同音にはっ、と雄々しく声を上げた。


「あの、どこから行くの?」


 不安げに訊ねてくるチェスに、ルーノはああ、とつぶやく。すると、ピュルサーがチェスの隣に来た。


「心配要らない。俺がついているから」


 そう言って、チェスの手を取る。この忠実さが色恋ではないにしても、少しもやもやとしてしまうのは、ルーノの方がおかしいのだろうか。


「あ、うん……。ありがとう」


 ルーノなど崖から突き落とされたというのに、扱いが違う。マルティやリゴールもそんなチェスを穏やかな目で見ている。フルーエティはあまりそちらに目を向けていなかった。ふわり、と飛び、崖の下へ落下していく。


「あっ!」


 声を上げたチェスの手を引き、ピュルサーも崖から身を投げる。ルーノもそれを追うようにして飛んだ。




 いつも、魔界から地上へ戻る時、ほんの刹那のこととはいえ、意識が途切れるような感覚がする。人の身でありながら、悪魔の力を借りてあり得ない移動をするのだから、その反動と思えば僅かなものかもしれない。

 軽く頭を振って、現れた場所を確かめる。月が輝く夜の街の中。ここはコルドバだろう。

 路地裏からルーノは空を見上げ、そうして隣で呆然としているチェスの肩を揺すった。


「おい、大丈夫か?」

「う、うん……。地上は夜なんだね。時間の感覚がおかしくなりそう」


 チェスはぼうっとしつつもうなずいた。この移動と時間のずれに慣れないのも無理はない。


「フルーエティ、地上ではあれからどれくらい経ったんだ?」

「二刻ほどだな。一日と開けるのはまずかろう」


 そろって丸一日いないとなると説明も面倒だ。特にチェスまでいなかった理由が上手く言えない。

 当のチェスは急に辺りを見回した。


「あれ? マルティさんとリゴールさんは?」


 あの二人は来ていない。また留守番を言い渡されたのだろう。

 フルーエティは闇に溶け込むようないつもの『ビクトル』の姿であった。


「待機を申しつけてある。……すぐに呼ぶことになるがな」


 そのひと言に、ルーノはごくりと唾を呑んだ。戦が近い。

 ピュルサーもチェスの隣でフードを目深に被っている。よく見てみると、チェスの『印』がある右手には黒いグローブがはめられていた。

 魔界にいた時にはしていなかった。フルーエティの配慮だろうか。

 あれはむやみに人目にさらすものではない。


「……フランチェスカ」


 フルーエティがよく通る声でチェスを呼ぶ。チェスは驚いて肩を跳ね上げた。


「は、はいっ」

「契約の印を刻み、真実を知った以上、少し前のお前とは異なるが、極力今まで通りに振る舞え。極端にラウルを避けるなど、怪しげなことはするな」

「気をつけます……」


 それから皆で『星空亭』へ戻った。辺りはすっかり暗くなっている。ルーノたちはともかく、チェスまで見当たらなかったことに宿の中では探しに行くかという話が出ていたようだ。


「ララもまだ戻ってこないんだけど、まああの娘のことだから……」


 と、女将が嘆息した。帰りが遅かったことが今までにもあったのかもしれない。

 ただ、今度ばかりは戻ってこない。ララも命が惜しければこの辺りにはもう近づかないはずだ。ピュルサーが取り澄ましているのを見る限り、多分この近辺にララの気配はないのだろう。

 フルーエティたちがルーノの手前ああ言っただけで始末していなければの話だが。ふとルーノがそんなことを考えたせいか、フルーエティが僅かに目を細めた気がしたので、ここは信用するよりない。


 ルーノたちがかき入れ時の食堂にぼさっと立っていると目立つ上に邪魔なのか、女将はルーノたちをさっさと二階へ戻るように急かした。

 チェスが戻ったと知ったせいか、ラウルがわざわざ部屋から出てくる。それに続き、エリサルデも。


「チェスカ、遅かったじゃないか。心配するだろう?」


 ほっとした様子でチェスを迎え入れたラウルだったが、ルーノとピュルサーがまるでチェスを護るように立っているのを気にしていた。


「申し訳ございません」


 チェスはそう答えた。表情は硬い。

 下手な演技だとルーノは内心で苦笑するしかなかった。


「チェスカ、少し疲れているように見えるけれど?」


 ラウルもそんなことを言った。助け船のつもりか、フルーエティは嘆息しつつもつぶやく。


「町でガラの悪い男たちに絡まれていました。私共が発見して追い払いましたので大事ございませんでしたが」


 まったくの偽りでもないが。ラウルもフルーエティの言葉ならば素直に聞くのだった。


「そうか。それは恐ろしい目に遭ったな。この辺りはソラールの支配もそれほどきつくはないが、そうした荒くれ者はどこにでもいる。日が暮れてからの一人歩きは控えるように」

「はい、ありがとうございます」


 チェスはペコリと頭を下げた。そのぎこちなさを、ラウルは心身ともに疲れているせいだと受け取ったようだ。

 それはそうだろう。ラウルの正体を知ったが故のことだとは思いもしない。

 ただ、チェスはあえて『殿下』と呼びかけることをしていないように見えた。今さら、特にルーノの前ではもう呼べないのだろう。


 あまり長く話し込むと苦しくなるのか、チェスは早々に部屋へ引っ込んだ。その後ろ姿をラウルは心配そうに眺めている。

 ルーノはひとつ、大きくため息をついてみせた。


「ララもまだ戻らないようですが?」

「え? ああ、そうなのか。危ないね……」

「よろしければ少し外を探してきましょうか?」


 などと、見つけるつもりもないくせに言ってみる。ラウルの反応が見たかっただけだ。

 ラウルはララのことよりもチェスが気になるのか、おざなりに見えた。


「彼女はこの町には詳しいから、程なくして戻る気はするけれど」

「それならば要らぬ世話は焼かずにおきましょう」


 うん、とラウルは曖昧な返事をすると自室へ戻った。廊下に取り残されたエリサルデは、恐る恐るルーノを見た。ルーノはそんなエリサルデに向けてうなずいた。


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