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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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30/80

*29

 さりげなく、意識していることを覚られないようにルーノは自然を装って路地裏に入った。ピュルサーは少しも変わりない。ピュルサーの脅威になる者など、地上にはそうそういないのだろうけれど。

 ――ただ、ピュルサーにはわかっていたのだ。後をつけてくる二人組の正体が。

 薄暗い中、二人の目がキラリと光った。あっ、と思わずルーノまで声を上げてしまう。


「お前らっ!」


 すると、その瞳は笑った。被っていたフードを取り払い、ニヤニヤと笑う。


「やっ! 退屈だから様子を見に来たよ。フルーエティ様ほど広範囲は移動できないけどさ、僕たちだってこれくらいなら自力で来れるんだから」


 などと言ってはしゃぐマルティの横で、リゴールが嘆息した。彼はフードではなくつばのある帽子を目深に被っているのみであった。もともとが黒髪なのでリゴールはそう目立つわけではない。

 二人とも服装は質素なものに変えている。さすがに騎竜ライムントは引き連れていなかった。


「フルーエティ様が留守番をしろと仰っていたのに」


 ピュルサーがボソリと言うと、マルティは不満げに頬を膨らませた。そんな仕草は子供じみている。


「何もしないし。ちょっとブラブラしたら帰るさ。お前ばっかり呼ばれて、僕ら暇なんだからな」

「暇だからって来るな」


 と、ピュルサーは淡々と返す。リゴールは理知的な雰囲気をまといつつ言った。


「実は、魔界から地上の様子を少しだけ窺っていたのだが、あの黒髪の子供のことが気になってな」


 それはチェスのことだろう。ピュルサーだけでなく、リゴールまでもがそんなことを言い出す。マルティも大げさなくらいにうなずいた。


「そうそう、あの子……。なんだろうな、見てると苦しいような、変な感じがする」

「お前らもか?」


 つぶやいて、ピュルサーは目をしばたたく。

 チェスはウルタードの娘。ただそれだけの人間だ。フルーエティが言うように、誰かに似ている、問題はその()()、の方だろう。

 しかし、揃いも揃ってその相手の存在を覚えていないのだ。おかしなことであるし、ルーノにしても気になって仕方がないけれど、唯一真相を知るフルーエティが答えてくれる様子はない。


「直接会ったら何か思い出せるかと思ったんだけど、会えないかなぁ?」


 マルティは軽やかに体を左右に揺らしている。ルーノはすげなく言い放った。


「お前らどう見ても不審者だろ。会いたがらねぇよ」


 ただでさえピュルサーがつきまとって仕方がないというのに、それが三人に増えたのではチェスが可哀想だ。悪魔にばかり好かれても嬉しくないだろうに。


「ルシアノ! お前、フルーエティ様が気にかけてくださるからって偉そうだな!」


 ぎゃあぎゃあうるさいマルティの口をリゴールが手で塞いだ。力はリゴールの方が強いようで、マルティは振りほどけずにいた。


「……騒ぐな。しかし、フルーエティ様がいらっしゃるというのに、行動が随分ゆっくりとしたものだ。フルーエティ様には何かお考えがあってのことなのだろうが……」


 リゴールにも、フルーエティがルーノを王座につけるために時間をかけすぎていると感じたようだ。フルーエティの力をもってすれば、ソラール軍を蹴散らすことなど容易いというのに。


「遊んでんだろ、あいつは」


 その方が面白くなるとか、そんな程度の理由だろう。


「今だってな、そのニセモノとくっちゃべってんだからな」


 ハッ、と吐き捨てると、リゴールはやれやれといった様子で首を揺らした。


「ルシアノ殿、そろそろお言葉を改めなさいませ。それではどちらが偽者かわかりませんよ」

「うっせぇ」


 悪魔に正論を吐かれたくはないのだが、リゴールの方が余程品格がある。マルティがケケケと笑う声が耳障りだった。

 そこで、ピュルサーが何かを気にしていた。


「あ。あの女は……」


 路地裏から遠く、往来を見ている。ルーノもそちらに顔を向けてみたものの、『あの女』がどれなのだかわからないほどには人が溢れていた。それに、一人ずつの顔を識別できるほどの距離でもない。

 マルティはピュルサーの顔を覗き込み、そうしてピュルサーに押しのけられた。


「あの女、チェスに怪我をさせた女だ」


 どうやら、ララのことを言うらしい。いるといっても、ルーノの肉眼では認識できないほど遠いようだが。


「ああ、そりゃいてもおかしかないだろうよ」


 ララはここで隠れアジトである食堂の手伝いやラウルの身の回りの世話をしているのだから、買い出しくらいには外に出ても不思議はない。

 それでも、ピュルサーは獰猛な獣の目をしていた。すでにララを敵と認識している。

 ルーノは呆れてしまった。


「おい、ありゃただの女だ。嫉妬深いかもしれねぇけど、まあ戦えるほど強いわけじゃねぇんだ。お前の牙と爪なら一瞬でれるだろうが、殺すなよ」


 女の嫉妬にいちいち構っていては、無事な女などほぼいない。

 しかし、ピュルサーは不満げに低く獣じみた唸りを零した。


「そんなことはわかっている」


 わかっているけれど、気に入らないらしい。ルーノにしてみれば、ララよりもラウルの方がよほど問題だ。

 フルーエティは一体、ラウルと何を語らっているのやら。戻った頃にはそれを教えてくれるだろうか。


「本当に、こんな物騒なヤツら連れて散策どころじゃねぇっての」


 ルーノがため息交じりにぼやいても、三将はどこ吹く風である。

 マルティはアハハと笑った。目だけが笑っていない。


「そんなこと言うなよ。僕たちトモダチだろ?」

「絶対違う」

「つれなーい、冷たーい」


 一度斬りつけてやりたいけれど、斬りかかって返り討ちに遭うのはルーノの方である。

 そんな馬鹿なやり取りをしている間も、ピュルサーはララのいた方角を睨みつけていた。


「おい、だからこだわるなよ。そろそろ行くぞ」

「……ああ」


 一応返事はあった。ルーノはマルティとリゴールを見遣り、そうして考えた。連れては帰れないだろう。


「で、お前ら、魔界に帰るんだろ?」

「あの子に一度会いたいなぁ」

「帰れ」


 そこでリゴールは深々と嘆息した。そうして、長い指で自らの顎に触れる。


「私共も人と契約した過去はあります。ここ近年ではないのですが、遠い昔のことでしたら。ですから、もしかするとその契約者の末裔であるのかとも思ったのです。こう懐かしいような気持ちがするのはそのせいかと。ですが、我ら三将がそろって同じ気持ちであるということが不可思議なのです」

「お前らの主君はフルーエティだろ? 人間と契約したらその人間があるじになって、二君に仕えることになる。その場合、どっちを取るんだ?」


 三将はそれぞれに考え込んだ。そうして、異口同音に言う。


「フルーエティ様だ」


 マルティは腕を頭の後ろで組んでにやけた笑いをルーノに向ける。


「そんなの、いくら契約をしても人間ごときがフルーエティ様に匹敵するわけがないじゃないか」

「……それは個体差があります。人に情を移してしまいすぎる悪魔もいるのですから。我らはそうではないとだけ申し上げておきますが」


 リゴールが丁寧に教えてくれた。そうして、ルーノの知らなかったことをさらに教えてくれる。


「それから、フルーエティ様にも主君がおられます。魔王ヴァルビュート様と仰いまして、尊いお方でございます」


 げ、とルーノは声を漏らした。あれよりも厄介な悪魔がまだいるのだ。

 リゴールはひとつうなずくと続ける。


「魔王様はもうお一方、アスター様。フルーエティ様はヴァルビュート様の配下でございますが、上級悪魔六柱の半数はアスター様の配下なのです」

「……フルーエティの主君って、どんなだよ?」


 恐る恐る訊ねてみた。きっとろくな答えは返らないだろうと思ったが、やはりそうだった。


「怒らせると地上どころか魔界だって危ないよ。そりゃあ厳しいお方だからね」

「フルーエティのヤツが地上で好き勝手してるのは了承済みか?」

「人間界を荒らすくらいでいちいちうるさいことは言われないよ。僕ら悪魔にとって動乱は心地いいものだし。それから、フルーエティ様はヴァルビュート様のお気に入りだから」


 卒のないフルーエティのことだから、それなりには上手くやっているらしい。フルーエティがルーノに構うのも、その魔王とやらからすると他愛のないお遊びといったところにしか見えないのだろう。

 リゴールは軽口を叩くマルティを鋭く睨む。


「そういう言い方はやめろ。目をかけてくださっているのは事実だが」


 そんな中、ピュルサーは心ここにあらずといった様子で嘆息した。


「そろそろ帰る」

「へ? 魔界へ?」


 マルティが首を真横になるまで傾げた。ピュルサーは大きくかぶりを振る。


「フルーエティ様とチェスのところ」

「ず、ずるい!」


 と、マルティが仰け反った。ルーノも面倒くさくなり、ピュルサーと共に戻ることにした。結局、何も町を散策などできなかった。


「ついてくんなよ」


 ルーノが釘を刺すと、マルティとリゴールは複雑そうに、それでも諦めた。ルーノの発言に力があるわけではない。フルーエティが怖いのだろう。


「本当にさ、早く呼んでよ」


 そうぼやいていたけれど。


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