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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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25/80

*24

 無事に動けそうなレジスタンスの面々を、エリサルデは宿の食堂に集めた。机も椅子も蹴散らされ、壁も一部が焼けているけれど、雨風くらいは凌げる。

 ルーノたちはその壁際で大人しく話を聞いた。


「わしは数名を伴って殿下のもとへご報告に上がる。……腕が立つので、この新入りの者たちに供を頼むつもりだ。怪我人の手当てを優先しつつ、ここにソラール兵が再びやってくることも踏まえて皆、避難するように。落ち着いたなら、王都の隠れ家に連絡を取れ」


 カミロも無事であり、エリサルデの言葉を静かに聞きながら一度ルーノたちを振り返った。カミロはぽつりとかすれた声を零す。


「暗がりではっきりとは言えないが、ルーノが戦うところを見た。確かに、並の兵士よりよっぽど強かったが……」


 カミロの目からは以前の親しみが薄れていた。敵とはいえ、人形でも壊すようにして人を斬ったルーノに、仲間意識など持てぬのだろう。生ぬるい、とルーノは思う。

 民間人の集まりなど、祖国奪還を願いながらもその程度の覚悟しかない。


「お供致します」


 ルーノはうっすらと笑みを浮かべて答えた。エリサルデは――軽くうなずいた。その顔は強張っている。

 エリサルデは皆に下がるようにう命じた。チェスもルーノたちのことを気にしながら去った。焦げ臭い食堂にはルーノとフルーエティ、ピュルサー、エリサルデの四人だけが残る。

 エリサルデは疲れからか膝がガクガクと笑うようで、窓際の壁にもたれながら言った。


「あの……そちらの二人とはどういったご関係なのでしょうか?」


 ルーノは横目でフルーエティを見遣った。しかし、フルーエティは取り澄ましている。その様子に小さく嘆息すると、ルーノは口を開いた。


「オレは城から逃がされた後、野盗に捕まり、身分を覚られることもないままサテーリテ王国の闘技場に放り込まれた。こいつはそこからオレを出して、ここへ連れてきてくれた協力者だ」


 闘技場での日々は、未だに血が乾ききらぬほどに生々しくこの身に染みついているというのに、語ってみるとこんなにも短く終わる。簡単にできることとは思ないが、最早忘れるべきであるのだろう。


「そ、そのようなことが……」


 と、エリサルデは絶句した。それがもっともらしい演技なのか、本心なのか、ルーノは計りかねた。

 それでも、エリサルデは続ける。


「それならば、ウルタードたちは殿下をお護りすること叶わず、その野盗に後れを取ったということでしょうか?」


 エリサルデの声が震える。けれど、ルーノはこれまでウルタードたちを恨んだことはない。彼らは持てる力のすべてでルーノや姉弟を護ろうとしてくれた。ただ、旅の疲れが肉体にも精神にも及んでいたのだ。


「ウルタードたちは勇敢に戦った。少なくともオレはそう思っている」


 ルーノの言葉に、エリサルデはひどくほっとした様子であった。それは娘のチェスがいるためだろうか。

 ルーノは続けて言った。


「オレの偽者に会いに行く時、チェスも同行させろ」

「それは……」


 エリサルデの白い髭が小刻みに揺れる。ルーノは気だるく首を振った。


「ウルタードの忘れ形見だ。オレの知らんところで死なれたくはない」


 ルーノが同行させれば、ピュルサーが護るだろうと思った。きっとそうなる。


「畏まりました。……しかしながら」

「なんだ?」


 ルーノを見るエリサルデの目が心なし潤んで見えた。それをルーノは冷ややかに、眉根を寄せて腕を組んだ。


「ずっと、考えておりました。殿下がご存命であられたのなら、どのようにお育ちになったのかと」

「粗野に育ってガッカリだって?」

「い、いえ、決してそのような……っ」


 と、エリサルデは崩れ落ちるように膝を床に突いた。武人とは思えぬほどの細い声でつぶやく。


「きっと、ご立派に、誰もがひれ伏す、陛下のような存在になられたはずだと、私は、殿下のおもかげを探してさまよい、()に行き当たったのです」


 ルーノは黙ってエリサルデの言葉の先を待った。み疲れた老兵は、力を絞り出すようにしてその名を口にする。


「彼の名はラウル。しかしながら――こうしてルシアノ殿下のご成長なさいました姿を目に致しますと、それほど似てはおらぬのかもしれません。ただ、彼は人心を掌握することに長けており、私は彼を身代わりとすることにしたのです」

「で、そのラウルとやらは今どこにいる?」

「南の国境にほど近いコルドバにおります」


 コルドバ――確か、小さな町であったように思う。長く故郷を離れていたルーノはうろ覚えであるが、ここからそう離れてはいないはずだ。


「そうか。オレのことはまだバラすな。チェスにはもっともらしい理由を用意して同行させろ」

「はっ……」




 そうして、ルーノはエリサルデのもとから離れる。食堂から出ていくと、宿の働き手か、近所の者か、女性たちがパンなどの簡素な食事を表で配っていた。それをルーノたちにも手渡してくれる。


 ルーノはそれをありがたく受け取ったけれど、フルーエティたちには不要なものである。馬屋に行き、落ち着くと、それらはすべてルーノの腹に収まることになった。三人分の食糧を食べたルーノは満足であったけれど、他のレジスタンスたちは与えられた一人分の食事しかしていない。大の男が到底満たされる量ではなかった。

 干し草の上で一服していると、馬屋にチェスがやってきた。戸を開けた途端に言う。


「ねえ、私もエリサルデ様のお供をすることになったみたい。……ルーノたちは入り立てなのに、もう殿下にお会いできるなんて、エリサルデ様に認められた証拠だね」

「……他の連中は会ったことねぇのかよ?」

「あるけど、最初に少しだけ。私はエリサルデ様が父を覚えていてくださったから、何度もお引き合わせ頂いているけれど」


 戸の隙間から差し込む光で逆光になったチェスの表情は見えない。けれど、若い娘だから、王子という身分に深いことも考えずに、偽者相手にぼうっとしてしまっても仕方がないのかもしれない。

 エリサルデは、他のレジスタンスの連中がラウルと対面するのを勿体ぶっていたのだろう。それは尊い存在であるからではなく、偽者と覚られたくないが故のこと。


「何度もなぁ。それで? ルシアノ殿下は素晴らしいお方なのか?」


 寝そべって言いながらも反吐が出そうだった。そんなルーノの心を知らず、チェスは小さくうなずく。

 その表情は見えなかったけれど、やはり面白くはなかった。

 

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