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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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22/80

*21

 目の前に広がる火。

 ここは、どこだ。

 ルーノは目を疑った。フルーエティは一体どこへ連れてきたのだと。

 月のない夜に燃える家屋。その炎が辺りを明るく照らす。


「なんだこれ……っ」


 火が燃え盛る、喉を傷めそうな熱気と煙の中で思わずルーノがつぶやく。フルーエティは少し目を細めた。


「ほぅ。ソラール兵がレジスタンスの居場所を突き止めたと。マヌケぞろいではなかったようだな」


 フルーエティだとて、すべてを見通すわけではないのか。これは想定外のことであったのかもしれない。

 けれど、レジスタンスが壊滅しようと、この村が灰燼と化そうとも、フルーエティが失うものなど何もない。特に気に留める様子でもなかった。


「地上の時間で、俺たちがここを離れてからどれくらい経ってるんだ?」

「精々が二刻ほどか」


 魔界では半日以上を過ごした感覚だったが、こちらではそれほど時間が経過していない。それはフルーエティが調節してこの時間に戻ったということなのだろうか。


「敵の数は?」


 短く問うと、フルーエティはまぶたを閉じ、耳を澄ませて答えた。


「二十、といったところか」


 フルーエティにはなんの脅威でもない数だろうが、ただの人間であるレジスタンスの者たちにとって、その数の兵士が押し寄せてきたら抵抗することもできないだろう。エリサルデは武人とはいえ、すでに老境、そして不具の身である。あてにはできない。

 ピュルサーは、ハッと顔を上げた。その途端に駆け出す。


「あ、おい!」


 何か聞こえたのか。


「フランチェスカの声だな」

「チェスが危ないのか?」


 この状況だ。追い詰められていても不思議はない。

 ウルタードの娘であるチェス。ルーノとしてもこんなところで死なせたくはないと、珍しく他人の心配をした。


「ならば、行け」


 フルーエティが、ルーノの心を読んで言った。そのことに怒っている場合ではない。ルーノは舌打ちしてピュルサーが去った方へ向かった。

 ピュルサーが向かった先は宿であった。その宿の二階の窓辺で、チェスは半分身を乗り出していた。今にも落ちそうなのは、宿からも火の手が上がっているからだろう。ピュルサーはその窓のすぐ下に立って叫んだ。


「チェス! 飛び降りろ!」


 チェスは黒髪を振り乱してピュルサーを見下ろした。しかし、二階とはいえ、高さはある。飛び降りるには覚悟が必要だ。ピュルサーだけよりもルーノもいた方が安心して下りられるかと、ルーノは駆け寄ろうとした。

 その刹那、横から繰り出された槍をすんでのところでかわした。少しでも反応するのが遅れたら、横っ腹に穴が空いたことだろう。


「お前も反抗組織の一員かっ?」


 剣を帯び、武装したルーノがそう判断されるのは仕方ない。

 ソラールの紋章の入った帷子かたびらを着た兵士である。わらわらと数名が続く。


「民間人を炙り出すだけのことに村ひとつ焼くのかよ?」

「部隊ひとつ壊滅させた輩共だ。どんなことをしても早めに摘み取れとのご指示だ」


 チャキ、と小さな音を立て、槍の先がいっせいにルーノに向いた。夜だというのに、炎のおかげで周りが明るく、穂先が光る。

 闘技場にいた時、散々死闘は繰り返したが、それは剣と剣との戦いであり、槍を、それも複数相手にしたことはない。ルーノにとっては戦いにくい相手である。

 しかし、背後にいたフルーエティはそっと言った。


「我らの正体を知らしめても良いのなら、存分に暴れてやるが、この程度の規模でそれも馬鹿らしい。まだお前が自力でどうとでもできるだろう?」

「あのなぁ……」

「王太子が悪魔つきでは何かと都合が悪かろう」


 面白がっているようにしか思えない。ただ、手を貸す気はないらしい。それだけはわかった。


「じゃあ、建物の火を消せよ。それくらいいいだろ?」


 そう言って、ルーノはフルーエティに与えられた剣を抜いた。これを実戦で振るうのは初めてである。

 フランベルク――青い炎のような刀身。

 ガラクタ同然の剣ばかりを振るっていたルーノにとって、この上物の剣で斬れぬものなどないような気になる。あまりの美しさに、無暗に何かを斬りたくなるほどだ。


「来いよ。返り討ちにしてやる」


 しばしの平穏。

 毎日、戦いに身を置いていたルーノは、フルーエティによって闘技場の外へ出されてから、奇妙なことに平穏に過ごせていた。王座への執着も薄いまま、流されるままに動いていた。

 けれど、こうしてひとたび戦場に身を置いてしまうと、染みついたものが浮き上がる。血が沸き立つ感覚がする。戦い、相手を斬り伏せる。その単純な行為が自分には合っているような、そんな気がしてしまうのだ。

 ルーノの殺気を兵士たちも感じたのだろう。


 レジスタンスなど所詮は民間人だ。戦うことに慣れてなどいない。兵士たちはレジスタンスを狩ることをそう大仕事だとは思っていなかったに違いない。

 明確な言葉とも呼べぬ喚声を上げて、兵士たちはルーノに突進してくる。


 いっせいに繰り出される槍。その柄を剣で撥ね上げると、槍の柄は笑ってしまうほどに脆く、切れた。そのことに動揺する兵士の、一瞬の隙も逃さず、ルーノはチェインメイルのつなぎ目から斬った。鉄さえも難なく斬れるのだと、最初の一兵で気づいた。


 今さら人を斬ることに躊躇いはない。そうして生きてきたのだ。同じ境遇の憐れな闘士たちにさえ慈悲も与えず屠ってきたのだ。祖国を蹂躙したソラール王国の兵士の命など、なんの重みもない。


 しっかりと休息をとった体は軽かった。腕と剣とが一体になって、踊るように戦う。楽しいとさえ、この時は思えた。人の血も肉も骨も、鎧でさえも物ともせず、刃こぼれも曇りも見せない魔界の剣に、ルーノは恍惚と斬った。


 返り血はほとんど浴びなかった。息もそれほど乱れていない。積み上げた屍は動かない以上、すでになんの価値もない。

 祖国を奪った敵兵への怒りや恨みといった感情とは無縁に、ただ戦うことを愉しんだような、そんな自分をルーノはどうとも思わなかった。そこで、ようやく我に返る。


「チェス、早く!」


 ピュルサーの声に、窓際のチェスが覚悟を決めて動いた。目を閉じ、無駄な力をかけないように体を窓の外へ投じる。ピュルサーは、チェスの細身の体を抱きとめる。本性はただの少年などではないのだから、危なげもなく受け止めた。


 ルーノは駆け寄ろうとして、やめた。沸き立った血が鎮まらなかったこと、血の臭いがしたこと、それらは怯えたチェスをさらに怯えさせる要因にしかならない。

 チェスはピュルサーに受け止められ、そうしてそっとまぶたを開いた。


「あ、ありがとう、レオ……」


 目を開けた時、チェスはピュルサーの顔を間近で見た。金色に輝く瞳を。


「その目……」


 言いかけて、口をつぐむ。その後、フルーエティはルーノが頼んだ通り、火を消してくれた。細かな氷が猛火を嘘のように鎮圧した。この気温の高い土地ではほとんど降るはずのない雪のように見えて、それが悪魔の仕業だとわかっていても思わず見惚れてしまった。


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