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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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19/80

*18

 馬を捨てたルーノは、周りに促されるままに走った。どこかに相乗りしようかとも思ったが、男二人乗せたのでは馬も重みで早く走れぬだろう。そうなると、乗れそうなところは限られてくる。


「ルーノ、馬はどうしたの?」


 チェスが馬の背から声をかけてきた。しかし、その馬の背には負傷者が乗せられている。


「火を見て暴れたから降りた」

「あ……そっか。一頭くらいならあっちで押さえていたと思うから、借りたら? 負傷者を運ぶの手伝ってほしいし」


 とのことである。

 チェスは落ち着いて見えた。年若い娘にしては肝が据わっている。

 そう思ったけれど、手綱を握る手が、わかりやすいほどに震えていた。そこにルーノが目を留めたことに気づき、チェスはルーノの気を逸らしたかったのか、饒舌になる。


「いきなり火が出るなんて、誰も予測できないよね。油は撒いてたけど、精々それで兵士が滑ればいいってくらいで……。火元もよくわからないの。だって、何もないところから火が出たみたいに見えたから。あれって、太陽の光が強かったせいかな?」

「まあ、そうかもな。……ここで話し込んでると危ねぇし、行こうぜ」


 早々に話を切った。それをチェスが怪しむことはなかっただろう。慌てて手綱を手繰る。


「そうだね、ごめん。じゃあ、後で!」


 チェスが去ると、それと入れ違いにピュルサーが栗毛の馬を連れて戻ってきた。自分は馬に乗ったまま、器用なものだ。馬が暴れないのかもしれないが。


「フルーエティ様がお前に渡せと仰った」


 と、手綱をルーノに渡した。この馬がルーノを乗せていた馬かどうかはもうわからなかった。それでも、鐙に足をかけても暴れなかったので、そのまま騎乗した。首を撫でてやると、筋肉が強張って感じられた。


「フルーエティが? あっちの方にいたじゃねぇか。いつ喋ったんだよ」


 フードの隙間から見えるピュルサーの顔は、表情を少しも崩さない。


「思念で伝わった」


 悪魔たちは人のように言葉を駆使しなくとも意思の疎通ができるらしい。便利なものだ。


「そりゃどうもアリガトよ」


 可愛げのない感謝の言葉にピュルサーが気を悪くしたふうでもない。フルーエティに似て、あまり感情を表さない悪魔だと思う。それとも、これが悪魔らしいと言えて、マルティのような悪魔が珍しいのだろうか。

 けれど、そんなピュルサーもチェスにだけ様子がおかしいのだが。

 ピュルサーはこの時もチェスのことを気にしていた。


「おい、お前ら、急げよ!」


 怒鳴り声が飛び、仕方なくルーノは馬を走らせる。その頃、炎は急速に勢いをなくしていた。雨が降ったわけでもない、水を撒いたわけでもない、その様は燃やすものがなくなり、炎が飽いたかのように見えた。




 ルーノの馬にも怪我人が乗せられた。左足にひどい火傷を負ったようだ。この先、歩くのに支障が出るかもしれない。

 誘導されるまま、ルーノは馬を歩かせる。馬の列はあの村へ向かっているのだろう。


 道中、同乗するレジスタンスの男は無言だった。ろくに冷やすこともできず、火傷は痛むだろう。闘技場にいた頃のルーノなら、ひと思いに殺してやろうと思っただろう。けれど、今はそんなふうには思わない。環境が違うだけで不思議なものだ。

 男は馬の首に寄りかかりながら、小さく呻いたかと思うと声を出した。思った以上に若い声だった。


「俺、ソラールが攻めてきた時に親を亡くしたんだ。いつか絶対に復讐してやるって思って、レジスタンスに入った。ルシアノ殿下が王座に返り咲いたら、俺の止った時間はそこから動き出すんじゃないかって、思って――」


 今にも気を失いそうになりながら、うわ言のようにつぶやく。

 そのルシアノ殿下とやらは偽者で、王座に据えたらとんだ笑い種なのだが、この青年は本気で信じている。


「復讐な。復讐するには相手より力がなくちゃできねぇ。そこんとこ、わかってんのかよ?」


 大国に亡国の庶民が勝利するなど、そもそもが夢物語なのだ。その歴然とした力の差を覆すには、それこそ悪魔の力でも借りなければ土台無理な話である。


「俺に力はないけど、ルシアノ殿下がいらっしゃる。殿下なら……」


 馬から突き落としてやりたい衝動が湧いた。

 それは偽物を崇拝しているからではない。『ルシアノ』に過度な期待をするからだ。

 どんな血を引こうとも、ただの人間の若造に過ぎないというのに、まるで神にすがるようにしてその名を口にする。ルーノも一人二人斬り伏せるのであれば容易くやって退ける。けれどこれは、そう簡単な話ではない。


 ソラールを排し、そうして国を立て直す。それがどれほどのことか、この青年がわかっているわけではない。

 ルーノ自身、ソラールと戦をするところまでは受け入れられるとしても、その後のことに興味が湧かない。こうした、物のわかっていない民を導いて国を保つのは、面倒なだけだ。

 苛立ちから冷ややかな目を向ける。そんなルーノに、青年はまるで気づいていなかった。顔は見えないながらに、涙を零していることだけがわかった。


 火傷が痛むのか、それとも、志を高く持っていても、思うように動くことができない現実のせいか。無力感が青年を打ちのめす。

 ルーノの苛立ちが、水を差されたように萎んでいく。


 何も知らず、翻弄されるだけの小さな存在――。

 震える肩を見遣り、そうして嘆息した。

 フルーエティは、こうした人間の思いなどに頓着しないのだろう。火を放ったことを後悔などするはずもない。


 そう、悪魔には人のような心などないのだから。

 そのくせ、人の世をひっくり返すような力を持つ。すがるのなら、救いの手を差し伸べてはくれない神よりも悪魔にすがれとルーノは青年の背中に言ってやりたい気分だった。

 

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