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ワールドエンド・レメゲトン 2  作者: 五十鈴 りく


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17/80

*16

 模擬戦終了までまだ一刻ほどはかかる見通しだという。むしろ白熱して周囲に気が向かない後半が狙い目だ。

 固まって動くと目立つので、なるべくバラバラに王都を出て、平野に向かう手筈である。

 ルーノたちはカミロと共に行くこととなった。カミロは馬車を操る。運搬用に馬車もよく使うのだそうだ。

 その中に樽や木箱が積まれ、そこにルーノたちは隠れるが、出ていく馬車に検問は厳しくない。特に止められることもなく馬車は滑らかに道を走った。


 レジスタンスたちはそれぞれに独自のルートを持つようで、外への出入りは楽にこなすのだという。強固な護りを誇ったはずの城塞都市が鼠も止められぬとは落ちぶれたものだと、ルーノは複雑である。いったん綻びてしまえば、もう穴を閉じることができないのだ。強固な護りだと信ずる人の心が、不可侵の砦を作るということなのかもしれない。


 

 平野には隠れるところもあまりない。だから、準備ができるまで近づきすぎてはいけないと、カミロは言った。


「模擬戦は騎馬だからな。馬の気を昂らせてやろうってことだ」

「例えば?」

「お前ら、馬には乗れるか?」


 その問いに、ルーノはしばし考えた。乗馬はもちろん習っていたが、長年馬には乗っていないのだ。しばらくすれば勘も取り戻すだろうが、今すぐに駆け出せるほどではない。


「最近乗ってないな。でも、昔は乗れたから、やってみたらできるかもな」


 と、正直に答えた。薄暗い幌馬車の中、フルーエティを見遣る。悪魔が馬に乗る必要はなさそうだが、馬ごときを従えられないとは考えにくい。

 そのルーノの考えを読んだらしく、フルーエティは軽く笑った。


「こいつらは乗れるってよ」


 そう答えてやった。


「そうか。それなら馬に乗って攪乱する方に回ってもらうか。ルーノ、お前も少し馬に乗ってみてできそうなら騎馬部隊の方に回れ」

「わかった」

「じゃあ、そっちだな。今から騒動になるから、今日はこのことが王都に知られる前に王都へ潜るか、しばらく王都へ寄りつかないか、どちらかにしてくれ。皆、しばらくは野宿するそうだが、行くあてがなければそちらと合流してもいい」

「……まあ、なんとかなるだろ。オレたちのことは気にすんな」


 フルーエティは魔界に戻るだろうから、野宿する必要はない。カミロはそうかと言った。その方が助かると続いた気がする。



 それから、馬車が止まった先は、模擬戦が行われる場所から最寄りの村であった。王都の周りには小さな村が点在している。その村々から王都へ産物を納めに来るのだ。

 その村は、家畜が多かった。平野で放牧することも多いのだろう。獣臭さが鼻につくが、馬車の狭さに辟易としていたルーノは降りて早々清々しい気分であった。

 大きく伸びをしていると、チェスが寄ってきた。ここにいたようだ。


「この間の人! 来てくれたみたいだね。ありがとう」


 女だと言われてから改めて見ると、納得した。髪を伸ばし、それらしい格好をすれば、やはり女にしか見えぬことだろう。

 ピュルサーが緊張したのがわかった。フルーエティは何も変わらない。


「馬に乗って兵士を攪乱しろってよ。お前は後方支援か?」


 ルーノが問うと、チェスは少し笑った。


「私は馬に乗るよ?」

「女だてらにか?」


 思わず言うと、チェスは目を瞬かせた。けれど、すぐに何事もなかったかのようにうなずく。


「……ティエラが落ちた時、お前くらいの年だったら本当にガキだっただろ。レジスタンスに参加するほど、祖国に思い入れなんてあんのかよ」


 それを疑問に思った。ルーノでさえ幼かったのだ。それよりもさらに若いチェスが覚えているとは思えない。

 チェスは途端に難しい顔になった。ルーノの言葉に気を悪くしたのとは違う、苦い表情だ。


「私の父はティエラの騎士だったの。その父の子として、私はソラールに屈したくない」


 ティエラの騎士。そんなものは数多くいる。ルーノの記憶もおぼろげで、名を聞いたところでわからないだろう。

 そうは思うのに、訊ねていた。


「なんだ、有名な騎士か? それなら名前くらい聞いたことあるかもな」


 父を誇らしく思うのか、チェスは急に朗らかに笑った。


「サムエル・ウルタード」

「ウルタード――っ!」


 思わず声を上げてしまい、ルーノは愕然として口に手を当てた。ただ、それをチェスは嬉しそうに見ていた。

 自分の父が国中に認められた騎士であったと認識したせいであろう。事実、ウルタードの名を知る者は多いのではないだろうか。最高位とまでは行かずとも、文武に優れた武人である。

 王の信頼も厚く、あのまま国が存続していれば昇格は間違いなかった。

 ――そんな男だから、王太子であるルーノを逃がすという大役を任されてしまったのだが。


 つまり、ウルタードが死んだのはルーノたちを逃がそうとしたせいである。ただし、あの戦時中にどうあったとしても死は身近であった。父王と共にあったとしても死は免れなかった。

 いろんな人間が死んだのだ。父も母も、兄弟たちも。死ねなかったルーノが取り残されただけだ。

 目の前の娘に悪かったと詫びる気持ちは持たない。そんな優しさはルーノにはない。


 ただ、ウルタードは最後まで誠実であった。裏切ることはもちろん、逃げることもしなかった。そのことに感謝はしている。

 フルーエティが言っていた、ルーノとチェスの縁はこれだろう。

 何を言うべきか迷っていると、カミロが近づいてきた。


「コラ、喋ってばっかりいねぇで準備しろ。ほら、お前らは乗れそうな馬を選べ」

「あ、うん。こっちだよ」


 と、チェスがルーノたちを馬のいる柵の方へと連れて行ってくれた。

 何を考えているのか読めないフルーエティと、心ここにあらずといった具合のピュルサーもそれに続く。


「馬に乗れる人、案外少なくて。三人とも乗れると助かるよ」


 チェスは女らしいとは言えない言葉づかいで言う。こうした活動の中、女らしさは邪魔になると思うのかもしれない。

 馬屋を通り、とりあえず大人しそうな栗毛の馬を借りて囲いの中へ入った。馬は撫でても嫌がる様子はない。チャチな馬具ではあるけれど、ないよりはマシだろうか。


 ルーノはあぶみに足をかけて馬に飛び乗った。馬の背の高さ、不安定な背を少し懐かしく思う。乗馬は幼少期に習ったきりだが、子供だった頃にできたことが今、できないはずはない。あの頃よりも危なげなく馬を走らせることができる。それを実感した。


 そんな中、柵の中を駆け回っている青毛あおげの馬がいた。若く、気性が激しいと見て取れる。馬具すらつけていないのは、人が乗るには向かない性質だからだろう。

 けれど、フルーエティはその馬に近づくと、あっさりと鼻筋に手を当てた。その途端、馬は小さくいななく。その悍馬の背に手を添えると、フルーエティは軽やかに跨った。それを見ていた者たちがぎょっとしていたけれど、フルーエティは思いのままに馬を走らせる。


 ルーノが乗る馬に似た栗毛の馬に乗ったチェスが近づいてくる。怯えた様子もなく、堂々とした様子に、乗り慣れているのだと思えた。フルーエティを眺めつつ、感嘆のため息を漏らす。


「あのビクトルさんって人、すごいね! 気性の荒い馬だったのに、一瞬で手懐けちゃったよ?」


 ああ、とルーノは零す。


「あいつは規格外だ」

「何それ」


 ピュルサーが黒鹿毛くろかげの馬に跨ってフルーエティのそばに控える。馬は、人と悪魔との違いなどこだわらないのだろうか。それでも、二人の悪魔は馬を完全に制御し、巧みに操っている。馬も二人の正体を知らずとも、侮らずにいるのは何かを感じるからか。


 他にも数名が騎乗した。その中の何人かはここの村人であった。村人のすべてがレジスタンスではないにしても、この牧場主は偽の王太子の言い分を信じ、加担したのかもしれない。国を取り返した暁には好待遇が見込めると思うのか。詰めが甘いと言わざるを得ないけれど。


「さあ、そろそろ行くぞ。皆、気を引き締めていこうぜ!」


 そんな声が上がる。ルーノが素直にうなずくわけもなく、気分は冷えた。


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