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第97話 カフィル王子の挙兵

 タゥエンドリン南部のフィンボルア州では、カフィル王子が州の軍人や官吏、商人達を集めて顔合わせを行っていた。


「我ら一同、カフィル様の元で一致団結し、タゥエンドリンの覇権獲得に尽力することを誓います」

「よろしく頼む。残念ながら王都オルクリアはカランドリンの手に落ち、西は人族、東はドワーフ、北は月霜銃士爵らの蚕食の憂き目に遭い、今や我がタゥエンドリンは風前の灯火だ。何としてもここから盛り返さなくてはならない」


 カフィルは出身母体であるリンヴェティ族との連携を諦め、その族長であるニレイシンカとは密かに書状で遣り取りを継続しながらも別の地方へと逃れた。

 そして、カウテ州、山岳カウテ州、ソエル州、ケントール州など氏族の影響の薄い南西諸州を支配下に収めたカフィルは王都直近のフィンボルアに進出したのである。

 カランドリンは王都に入ったものの糧秣不足から動きは鈍く、カフィル王子の軍事行動にも何ら反応することは無かった。

 恐らく今はカランドリンからの食料輸送網を構築し、手に入れた地域の支配確立を優先させているのだろう。


 カフィルは自分の支配領域から王都への食料搬出を一切止めている。

 メウネウェーナが王都へ入る前は量を制限しつつも供給させていたが、カランドリン軍のオルクリア進駐に併せて停止させたのだ。

 その効果もあって食料を絶たれることを恐れたカランドリン軍の進駐は大幅に遅れ、現在も食糧確保のためにカランドリン軍は身動きが取れていない。

 その隙にカフィルは最初に逃れたカウテ州から周辺地域の調略を進め、群雄の一角に名乗りを上げられるまでに勢力を伸ばしたのだ。


「後は周辺勢力との連合と切り崩しを図るか……」


 西部において割拠している最大勢力はレオンティア氏族の族長カンナルフィン。

 彼は一族の血を引くレンドルティン王子を引き取ったが、実権を握り続けているばかりか王位への野心を隠そうともしない。

 それどころか自身の勢力圏を拡大することを目論んで、カランドリンとの対決を避けて周辺地域の侵攻に忙しいと言う有様。

 カフィルの従姉にあたるリンヴェティ氏族のニレイシンカとは、何とか連絡は取れているものの、彼女は既に的場昌長に降っており連携は上手くいっていない。

 南西部においてカランドリンと対峙しているのは、カフィルだけなのだ。


「フィリーシアと連絡を取るか……」

「王子、月霜銃士爵は油断なりません。既にフィリーシア姫を王にと画策しております」


 側近の1人がそう忠告する。

 しかし別の側近が首を捻りながら言葉を発した。


「それでも……月霜銃士爵とフィリーシア様の武功は紛う方無き事実。対カランドリンに限っても味方に出来ればこれ程心強いことはありますまい」

「ふむ」

「なりません!フィリーシア様は廃棄部族の一族、月霜銃士爵は得体の知れぬ平原人、タゥエンドリンの中枢へ入れるには地位が卑しすぎます」

「それに、事が終わった後に何を要求してくるか分かりませぬぞ。それこそタゥエンドリンの王位を要求してくれば、対応に困りましょう」


 一考の価値はあるかと思ったカフィルに、最初に声をかけた側近らが慌てて言い募る。

 確かに的場昌長は得体が知れないが、直接会って話をしたことのあるカフィルには気骨のある武人という印象が強く、策謀を巡らしたり影から人を操るようなことを企図するようには思えなかった。

 しばし考えたカフィルは、昌長とフィリーシアの武功を認める発言をした側近に顔を向けた。

 彼は元々カウテ州の守備軍司令官だったが、その才覚を見込んだカフィルが側近に抜擢したという経緯がある。

 それ故に古参の多い側近の中では何かと使われてしまうのだが、本人は全く気にしておらず、また期待以上の成果を上げるので重宝されていた。


「サインスティル。フィリーシアの所へ行って欲しい」

「承知しました。対カランドリンへの共闘と言うことで、条件はよろしいか?」

「ああ、宜しく頼む」


 自分の言葉にそう返す新進気鋭の側近サインスティルに、カフィルは満足そうに頷いた。




 月霜銃士爵領・カレントゥ城


 レアンティアは拘束こそされなかったが子供達と引き離され、兵の見張りを付けられてカレントゥ城の政庁に事実上軟禁された。

 政庁舎に居住区画を宛がわれ、そこから同じ政庁舎内の執務室に向かうだけの日々が続いているが、レアンティアは民のためを思って倦むことなく政務に励んでいる。

 彼女に付けられた兵や侍女はドワーフや平原人ばかりでエルフはいない。

 彼女に同情的なエルフやエンデに連なる者達は遠ざけられており、これも昌長らの意向かと脱出は早々に諦めたが、フィリーシアはきっと自分を助けてくれると信じ、あるいはそのフィリーシアがマサナガの意向に添わずに覇権争いから外されることを願って日々の政務に励む。

 しかしそんな祈りの毎日は唐突に終わることになる。


「お母様」

「……フィリーシア、あなた、まさか……」

 タゥエンドリンの王位を示す深緑の長衣を纏い、緑葉を象った頭鐶サークレット型の王冠を頂いたフィリーシアの姿を見てレアンティアは、続いた昌長の言葉に絶望した。

「母御殿、姫さんはタゥエンドリン王になることを承知したで」

 突然、昌長が件の格好をしたフィリーシアを伴ってレアンティアの元を訪れたのだ。

「な、なぜ……?」


 すがるような母の言葉を聞き、フィリーシアは辛そうな表情を一瞬見せたが、それを振り切るように目に力を入れてから口を開く。


「お母様、エンデの民を見捨てたフェレアルネン王のような王を2度と出してはなりません。タゥエンドリンを……エンデ主体のものに変えます」

「あなたは愚かではないと信じていましたが、違うのですか?」

「違いません、分かっています」

「いいえ、分かっていません。それがマサナガの甘言だと何故気付かないのですか?この男はあなたを利用してタゥエンドリンの覇権を握り、果てはこの大陸全土の支配を企図しているのです。その過程でどれ程の人の命が奪われるか、あなたが分かっているとは思えません」

「……分かっています。相応の犠牲は出るでしょう」

「いいえ、相応ではありません。不必要な犠牲です。この大陸に的場昌長という男がいなければ、一切生じることのなかった犠牲です」

「では、闇の勢力の侵攻は誰が退けたのですか?エンデの地の再興は誰が?黄竜を破り、アスライルス様を解放したのは誰?マーラバントを破り、滅ぼし、民を平穏に導いたのは誰なのですか、お母様?」

「そ、それは……」


 フィリーシアの畳みかけるような言葉に、そしてその言葉の中身にレアンティアは圧倒される。

 フィリーシアの言うとおり、タゥエンドリン北部の平和と発展は昌長がもたらしたものであることは間違い無い。

 それは政務を執っていたレアンティア自身が一番良く分かっている。

 公平な法と課税が行われ、治安が維持されたことで商取引や人の移動が盛んになって経済が活性化し、人口が移民を含めて激増した。


 そしてタゥエンドリン東部のサラリエルと北西部のリンヴェティ、更には中北部のハーオンシアが北の名も無き平原や北東部のエンデ、更にその北にあるマーラバントの地と結びついたことで大きな商業圏が生まれた。

 カレントゥ城は正にそれらの地域の中心に存在し、日々の税収や交易による収支は右肩上がりに黒字化し続けている。

 人々は豊かになり、平和を享受し、人口が益々増えることで消費が激増して経済が更に活性化していく。

 そうした好循環を繰り返した結果、月霜銃士爵領は未曾有の好景気と人口爆発で強大化する一方なのだ。


 このまま特に何の施策も行わずに放っておいたとしても、恐らく5年から10年で全盛期であった頃のタゥエンドリン以上の国力を蓄えることだろう。

 しかし、厳しい眼差しを向けてくる娘のとなりで薄ら笑いを浮かべているこの男、的場昌長はそれだけで満足なぞするはずも無い。

 何より証拠に、この今の時点において大きく動こうとしている。

 レアンティアの思案や懸念を余所に、フィリーシアはきらりと光る眼差しを母に向けて宣言した。


「私は王になります」

「そう、そうですか……」


 がっくりと項垂れるフィリーシア。

 娘であるフィリーシアが昌長に無理矢理王に押し上げられようとしている訳ではなく、あくまでも自分の意思で王位を目指そうとしていることが分かったのだ。


「……そうとあなたが決めたのなら、私はもう何も言いません。大いにやりなさい」


 レアンティアは娘の成長を喜び、茨の道を選択してしまった事を危ぶみつつも、その背中を押す事を決意した。

 その決意の表れた言葉に昌長の眉が上がり、フィリーシアが驚きで目を見張る。


「お母様、良いのですか?」


 まるで反対して欲しかったと言わんばかりのフィリーシアの言葉に、苦笑を漏らしつつレアンティアは口を開いた。


「あなたが言い出したことでしょう。頑張りなさい」


 母からの言葉に感極まるフィリーシアを余所に、レアンティアはその後ろに立つ昌長へ言葉を発した。


「マサナガ様、この子の事を宜しくお願い致します」

「おう、任されたで」


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