第92話 候担平原決戦2
新たに指揮官となったマルメーシアが頷き、合図となる石火矢を右と左に相次いで放った。
その石火矢の落ちる先、森の中から獣人兵の勇壮な雄叫びが響き渡る。
「これでほぼ仕舞いやな」
「少しあっけない気もするが……」
昌長の言葉を受けてアスライルスが言うと、昌長は言う。
「まあ、緒戦と同じ失敗しよったんじょ。わいらの武器の威力をば読み違えたんとちゃうか……あのトロルとかいう巨人と、術ちゅうやつの攻撃が要やったんやけど、それがわいらに通用せえへんかったんで、策が瓦解したんじょよ」
昌長の言うとおり、バルバローセンは緒戦で使わなかったトロルと術兵での攻撃を併せて使用する事で昌長の砦を押さえ込もうとしたのだ。
しかし予想外の武器、十貫砲とアスライルス、それにフィリーシアらがいた事でその要となる攻撃が防ぎ止められてしまい、打つ手を無くしたのである。
素早く重装歩兵を押し出して退却、そして偽装退却戦法を展開しようとしたバルバロ-センだったが、それも昌長が討って出た事で失敗した。
しかもオークと遜色ない力と身体の強靱さを持つ獣人戦士団の挟撃を左右から受け、バルバローセンは進退窮まっている。
今は巧みに近衛兵と思われる精鋭兵を使って退却戦を展開しているが、間もなくそれも終わる。
「ふむ、なるほどな……おお、丘陵地の切れ目が見えてきたぞ」
アスライルスの言葉で顔を上げると、丘陵地の切れ目が確かに見えてきた。
前線で火縄銃の一斉射撃の音が響き、オークの悲鳴が響いた直後に連合軍に参加する人族の兵士達の上げる喊声が轟く。
剣戟の音と、巨大なオークの倒れ伏す音があちこちから聞こえるが、それも次第に少なくなり、戦の終わりが近付いていることが知れた。
「……死体がたくさん放置されていますね」
フィリーシアの声で傍らを見れば、あちこちにエルフやドワーフ、平原人の死体が放置されていた。
追撃に出た連合軍は、この地点で待ち伏せに遭って壊滅したのだろう。
血泥はまだ乾ききっておらず、死体は激しく損壊している。
おそらくオークが食ってしまったのだろう、歯形や部位を切り取った後のある死体も多数存在する。
戦場の習いとはいえ、多数の兵士がむごたらしく殺戮された現場というのは、いつ見ても気分の良い光景では無い。
ましてや敵は異質中の異質、人を食い物としか見ていないオーク族だ。
戦場稼業に長年身を置いてきた昌長にとっても、このような酷い戦場は初めてである。
「無残なこっちゃな」
何としてもこのまま押し切って勝たなければならない。
そうつぶやきつつ前を見た昌長の視界に、バルバローセンが敗残兵を何とかまとめて方陣を作り上げている様子が入ってきた。
「此の期に及んでも統制を失わぬか……流石はオーク王と言った所じゃな」
「まあ、それもじきに終わるけどなあ」
アスライルスの言葉に応じる昌長の目に、オーク軍の後方からエンテン王率いる宗真国の軽装騎兵が現れて、雨あられのように弓射を浴びせつつ、猛烈な勢いで襲いかかるのが見えた。
「……何とか勝ったかえ、なかなかしんどい戦やったわ」
バルバローセン率いる最後のオーク軍団が、宗真国の軽装騎兵による猛烈な弓射攻撃で数を減らしつつも頑強に抵抗を繰り広げる。
打ち破られたとは言え、数の多いオーク軍。
メウネウェーナやネルガドも慎重に、しかし苛烈に追撃を継続し、その数を減らしていくが、それでもオーク兵はまだ4万弱は残っている。
緒戦とフェレアルネン王らの追撃で1万から2万程度の損害を与え、今また丘陵地の戦いで2万から3万の兵を倒した。
相当な打撃を与えている事は間違い無いが、元の兵数が10万余りと多い事もあって、敗残兵を吸収してなんとか5万に達している連合軍にとって、オーク軍はまだまだ油断できない兵数を維持しているのである。
そして候担国の首府である旬府を包囲している部隊も1万余りいる。
攻城兵器を主体とするこの部隊はどうやら身動きがとれないようで、今のところ動きを見せていないが、合流されれば少々厄介だ。
「ほな、止めさしちゃろうかえ……射撃は1組に任せえ、2組と3組は装填役じゃ」
昌長は指示を出しつつ銃兵を中心に据え、左右に敗残兵から再編した歩兵を配置してバルバローセンの陣へと進む。
昌長の指示で1組の銃兵が鉄砲に火薬と弾を込め、火縄に点火して前に出ると、2組と3組の銃兵は自分の鉄砲に火薬と弾だけを込める。
これは雑賀において広く行われている、射撃役1名に2名の装填役が就く形の野戦射撃術である。
この戦法は城や砦など狭い場所での射撃と違い、野戦で鉄砲の取り回しが比較的自由に出来るので、鉄砲を交換して射撃の上手な者が連続して射撃が出来るという利点と、射撃における兵の出し入れで生じる陣形の乱れを防ぐ意味合いがある。
その銃兵の後方には、フィリーシアの率いるエルフ弓兵が続き、更にその後方には平原人の軽装歩兵とエルフ剣兵がそれぞれ隊を組んで続いていた。
左翼と右翼ではカランドリン軍とゴルデリア軍が盛んに攻撃を仕掛けているものの、厚いオークの戦列を攻めあぐねているのが見えた。
追撃で疲れている事もあるのだろう、両軍の勢いは少し落ちているようだ。
そこへ昌長率いる月霜銃士爵軍が三日月霜の旗を押し立てて接近すると、オーク軍の動きがにわかに活発になる。
野太鼓が打ち鳴らされ、オーク重装歩兵の密集隊形第一列が昌長の持つ旗印目掛けて突撃を掛けた。
大盾を前面に差し出し、土を踏みしめて迫るオーク重装歩兵。
目を血走らせ、何事かをわめき散らしながらがんがんと剣や槌を大盾に打ち付けて敵兵である昌長達を威嚇するオーク兵達。
他軍と対峙した時とは明らかに気合いの入り方が違うオーク軍。
「ははは、がいに怨み買うたみたいじょよ……撃て!」
射程に入ったところで昌長が短く命じ、それに応じた1組の銃兵達が立ち止まって折り敷くと、火縄銃の引き金を絞り落とす。
轟発音が鳴り響き、閃光が銃口からほとばしる。
五月雨式に開始された射撃によって生じた白煙の噴き上がる中、先頭のオーク達が鉛弾を受けてばたばたと為す術無く撃ち倒されていく。
射撃を終えた1組の銃兵は、素早く後方の2組の銃兵から火縄銃を受け取ると火縄を火縄挟みに付け替える。
そして撃ち終えた火縄銃を受け取った2組の兵は、槊杖を取り外して直ちに装填作業を始めた。
1つの陣形は1組を頂点とした三角形、その底角にあたる地点には2組と3組の銃兵がいる。
白煙が風で晴れ、オーク兵が火縄銃の一斉射撃にもあきらめず、突撃を継続しようとしているのを見て取った昌長が命じる。
「……撃て!」
再びわき起こる轟音と白煙、今度は散弾による攻撃だ。
近接していたオークの重装歩兵が身体のあちこちにバラ玉をくらって転倒する。
そして3組めから鉄砲を受け取る1組の銃兵。
「撃て!」
三度、昌長の号令で発砲音が轟き、銃口からオーク兵に向かって鉛弾が放たれる。
今度は陣内で戦列を組んでいるオーク兵が目標だ。
「よっしゃ、突撃せえ!」
混乱したオーク軍の戦列をこじ開けるべく、昌長が命じると、フィリーシアと元タウエンドリン軍のナーフェンがエルフ弓兵を率いて前面に出ると、一斉射撃を開始する。
そしてその間に突撃を開始したリエンティンとシルラ、ガンドンに率いられた兵が喊声を上げてオークの戦列へと食い込んだ。
その時、突如オーク軍から短矢が発射される。
戦列に食い込んでいた平原人の軽装歩兵とドワーフの重装歩兵が撃ち倒され、形勢が一瞬で逆転する。
「やっぱりまだ敗残兵やな……粘りがたらんわ」
そう嘆息した昌長の正面、オーク重装歩兵の後方から、一際大きな体つきのオークが姿を現した。
他のオークと同種ではあるが、分厚く黒光りしている鎧を身に付け、真っ黒なマントを背にたなびかせている。
頭には鉄製のトゲをあしらった冠。
「んんっ、大将かえ?」
「マサナガ、あれがオーク王バルバローセンじゃ」
その威厳たっぷりの姿に連合軍が注目していると、傍らのアスライルスがマサナガの耳元にそっと言葉を入れる。
「ほう、なかなかの威厳やないか」
既に勝敗は定まっているはずだが、バルバローセンの態度に卑屈さは一切無い。
むしろその態度はオーク側が勝者だと言わんばかりのものだ。
そしてバルバローセンは咆哮とも聞こえる大喝を放つと、周囲の兵士達を落ち着かせ、鼓舞してから昌長を睨み付ける。
「おう、なんや知らんけど、えらい怒っちゃあらいしょ」
「あれ程手酷く痛め付けたのだ、当然ではないか」
昌長の揶揄するような言葉にアスライルスが呆れる。
そのバルバローセンは手にした丸太のような棍棒を振り上げ、なぎ払う。
周囲に集まって大将首を取ろうと画策していた平原人やドワーフの兵士達が、一撃で吹き飛ばされた。
バルバローセンはそれで満足せず更に棍棒を振り回し、周囲に集まってくる人族の兵を蹂躙する。
しかしバルバローセンが前へ出た事で、左右と後方はかえって兵数が薄くなり、各国の軍はここぞとばかりに切り崩しに掛かっている。
それでも前に出るバルバローセン、その視線は一点より動かない。
狙いは昌長ただ1人。
「まあええわい、いっちょ勝負しちゃろか」
「気を付けろマサナガ。彼奴は嘗て闇の勢力でも一、二を争う程の強力の持ち主で在った剛の者じゃ」
「ほう、それは楽しみやで」
アスライルスの忠告を受け、昌長は火縄銃を背負うと従兵となっている犬獣人兵から短槍を受け取って前に出る。
銃兵を率いて前線に出た昌長は、大暴れするバルバローセンの前へ立つと大声を放つ。
「我こそは紀伊国雑賀荘の国人、的場源四郎昌長じゃ!」
『闇の王国の藩王、オークを統べる者バルバローセンだ……貴様のような得体の知れぬ人族ごときに後れを取るとは……わしともあろう者が不覚であったことよ!』
昌長の呼びかけに対し、手を止めて向き直り、ごろごろと地を這うような声を発するバルバローセン。
昌長は短槍を構えて巨体に相対すると言葉を継ぐ。
「兵を引いて自国へ戻らば後追いはせえへん!それが出来やんと言うんやったら、容赦せえへんでえ!」
『ふははははははっ、撤兵要求とは片腹痛し!わしらがそんなものに応じるわけが無かろう!事ここに至って小細工は無用よ、勝負じゃマサナガとやら!』
太い風切り音を立てて振るわれる棍棒をかいくぐり、昌長は鋭く槍を突いた。
「くらえや!」
『小癪な!』
鎧の隙間、右足の付け根に潜り込んだ短槍は深い傷を付けるが、意に介さず再び棍棒を振り上げるバルバローセン。
そして地響きがするほどの威力で叩き付けた。
昌長は素早く槍を引くと棍棒を躱し、土煙が上がる中、今度はバルバローセンの胸元を素早く数回突き刺してから離れる。
「せえい!」
胸を押さえて苦しむバルバローセンの隙を突き、昌長は再度肩口を槍で突いた。
『ぐぐぐ……貴様、その素早さは一体?』
「知らん、おまはんが遅いだけやろう?」
『ぬううう!ぐおあ!』
横殴りに襲い来る棍棒を短槍の柄で弾き反らし、昌長は隙の出来たバルバローセンの丸太と見紛う右太腕に槍を突き入れ、そして縦に槍を滑らせて切り裂いた。
『うぐっ、ぬがっ!』
棍棒を取り落としたバルバローセンの手首を打ち据え、更に左足首を槍で切り裂いて右膝を槍で突き通した昌長は、流れるように背負っていた火縄銃を片手で取ると、がくりと膝を付いたバルバローセンの額にぴたりと据えた。
そして槍を地面に突き立てると、腰の火縄筒から点火してあった火縄の切れ端を火縄挟みに手挟む。
「降参せんか?」
『ふははっ!下らん冗談だっ!』
がばりと顔を上げて昌長に掴みかかろうとするバルバローセンの額が轟音と共に後ろへ弾け、その巨体が白煙の中、反動でゆっくり倒れていく。
倒れたバルバローセンへ無造作に近付くと、昌長は火縄銃を背負い、刀を抜いてから一息にバルバローセンの太い首を切り落とす。
すかさず駆け寄ってきた犬獣人の従兵が、昌長の槍の穂先にバルバローセンの首を掲げて上げた。
周囲のオーク兵が息を呑む中、昌長は高らかに宣言する。
「オーク王バルバローセン!月霜銃士爵的場昌長が討ち取った!」
連合軍の兵士達が喊声を上げる中、オーク兵は悲鳴を上げて逃走にかかる。
しかし既に包囲されており、彼らには逃げ道などどこにもなかった。
抵抗する者も、逃げ惑う者も、そして何とか降伏しようとする者も連合軍は容赦なくその命を刈り取っていく。
闇の者達とは決して相容れないことを、グランドアース大陸の人族達は全員がよく知っている。
その為、オークに相対した時の人族兵に、容赦という言葉が生まれる余地はなかった。




