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第91話 候担平原決戦

 連合軍から警戒の目を向けられている中、昌長達は再びの戦いに備えていた。


「今度はさっきと違うてそう簡単に勝たせてはくれやんで……」

「そんなん分かっちゃあら、仕込みはもう終わってるさけに気遣いはいらん」


 義昌の発した心配の言葉を、昌長は鼻で笑って言う。

 確かに既に仕込みは終わっている。

 後方にずらりと用意されたその仕込み終えた物を見て、勢太夫はふんと鼻を鳴らした。

 周囲に付いているのは、エルフにドワーフ、それから獣人の兵達だ。

 彼らは4人一組となってその物の側に付いているが、全員が緊張しているのが分かる。

 まあ、初めて使う物とも成ればそれも仕方の無いことだろう。


「棟梁、ほんまにあれが必要になるんかえ?」

「おう、間違い無いわ。ユエンらがけったいな者共を見たちゅうちゃあるし、きっとあれは必要になるわ」

「わいはあんまり好かんわ、玉薬をば余分に使うてまうさけなあ」


 愚痴めいた義昌の言葉を否定はせず、昌長は言う。


「ほいでも威力はあるで」

「まあ、それは……」


 その威力は義昌も大いに認めるところなのか、それ以上の文句は言わない。


「棟梁!」


 その時、櫓にいたマルメーシアが鋭く警告を発した。

 マルメーシアの発した警告と共に、丘陵地の木々が激しく揺れた。

 そして注目する昌長達の目の前に姿を現したのは、緑色の肌をした巨体。


「トロルだ!」


 悲鳴に似た叫び声と同時に、現れ出たトロルの咆哮が周囲を振るわせるのだった。



 平原人の2倍から3倍はあろうかという巨体を揺すって迫るトロル。

 無骨で分厚い鉄製の鎧兜を身につけ、攻城槌かと見紛うばかりに巨大な戦槌を手にして吠えたぐるその姿は、平原人やエルフ、ドワーフ、獣人を問わず兵士達を戦慄させる。

 トロルの進軍に合わせてオーク王バルバローセンの野太鼓が打ち鳴らされ、それと同時に姿を現した本隊のオーク達による喊声が上がる。


「て、敵襲ですっ!」

「慌てやんでええ!2組下がれ!後方へ使い番をば送れ、砦の構築はここまでや!ぶちかますで!」


 肝を潰して叫ぶマルメーシアの言葉を制して昌長は悠然と指示を出して、銃口を銃眼から突き出していた2組の銃兵達を下げる。

 それから後方で緊張して待っていた件の兵器の担当兵らを振り返って号令を掛けた。


「十貫砲をば前へ出せえ!」

「うおう!」


 力強い返事と共に、木製の車輪が付いた台車に載せられている大砲が、がらがらとけたたましい音を発して移動を開始する。

 覆い布を取り払われて現れたのは特殊鋼鉄製の前装式大砲で、全部で15門。

 南蛮仕様の薬室分離式、青銅製でしかも鋳造方式で製造される仏郎機フランキ砲ではなく、火縄銃と同じ鍛鉄巻き付け法による大筒だ。

 もっとも材質はただの鉄ではなく、ドワーフの秘法によりオリハルコンを混ぜた特別な鋼であるため、日の本では実現できなかった大口径砲を作ることが出来た。


 担当するのは2名の獣人兵に1名のドワーフ兵、更に1名のエルフ兵。

 獣人兵が大砲の進退を操り、ドワーフ兵が気候や射程に応じて火薬量を調節し、弾と火薬の装填を行う。

 そして最後にエルフ兵が狙いを定めて火を入れるのだ。

 いくつかの銃眼が羽目板ごと取り外され、十貫砲が据えられた。


「待ってください!敵の術攻撃がきます!」


 その時フィリーシアは敵オーク軍の陣に術力の流れを感じ取って警告を発した。

 砲はその砲口の狙いをトロルに定めるが、フィリーシアが警告を発した為に射撃は中止される。


「稚拙な術士共を大勢集めおって、オークは実に小賢しいのう……妾が居る事をバルバローセンは知らぬと見えるわ」


 カウンターマジックを仕掛けようとしたフィリーシアが、エルフ弓兵を集めて神術の詠唱と集中に入るべく準備していると、無造作に前へ出たアスライルスが竜杖をどんと地面に突き立てた。

 時を同じくして、トロルの後方に控えていたオーク術兵から一斉に火炎と冷気が吹き出す。

 暗い色の煙をまとった闇の者達の忌むべき術が砦の前面に殺到してきた。


「お、おお?何よ何よ?」


 さしもの昌長もこの攻撃には為す術が無く、焦りの色を見せる。

 しかし次の瞬間、アスライルスに不思議な力が集中した。


「はあっ!」


 気合い一閃、アスライルスが緑青色の瞳を光らせつつ竜杖に両手をかざして腰を落とすと、集められた力は不可視の緩い衝撃波となり、砦の前面に放たれる。

 その衝撃波はゆっくりと半円状に広がると、オーク術兵から放たれた火炎術や冷気術を相殺していく。

 オーク術兵は間髪入れずに第二弾を放つ。

 再び吹き上がる火炎と冷気の嵐。


「させません!」


 しかしそれは、神術の準備が間に合ったフィリーシアらエルフ弓兵がカウンターマジックを成功させて相殺した。

 フィリーシアらから放たれた薄い緑色の風が、中空で火炎と冷気を包み込んで消える。

 アスライルスはその光景を見て満足そうに頷くと、突き立てていた竜杖を抜き取り、肩に担いで昌長へ笑みを向けた。


「エルフの術も捨てた物ではないの……マサナガよ、煩わしい暗黒術は妾とフィリーシアに任せておくが良い」

「おう、助かるで……兵共!狙いはええかあっ」


 アスライルスに笑みを返し、昌長は再び号令を下す。

 その命でドワーフ兵が既に弾と火薬の装填を終えたそれぞれの割り当て砲の台車を、獣人兵がぐっと前へ押し出した。

 狙いを定めるエルフ兵の指示で、獣人兵が台車を微調整する。

 エルフ兵が手を上げると、獣人兵は車輪の後ろに車輪止めを置き、ドワーフ兵が固定釘を台車の穴から地面に打ち込んで砲を固定する。

 その間にオーク軍は術兵の攻撃を継続させつつ、トロルを前面に押し出して砦の傾斜を昇り始めた。


 オーク術兵による術攻撃は相変わらずアスライルスとフィリーシアが中心となって防御しているが、オーク術兵は先程の一斉攻撃がほぼ全力であったようで、その後はそれ程威力のある攻撃は行われていない。

 やがて各砲から照準が終わった事を示す合図、小旗が振られた。


「よっしゃ!撃てえい!」


 昌長の号令でエルフ兵とドワーフ兵が一緒に火口ほくちに火縄を差し込んだ。

 どかあんと凄まじい轟発音が真っ赤な閃光を発しつつ、15門の十貫砲から一斉に鳴り響き、その砲声のものすごさに連合軍の兵達は肝を潰す。

 それと同時にもうもうと立ち上る白煙。

 しかし連合軍の兵士よりも肝を潰したのは、その正面にいたオーク軍である。

 十貫砲からすさまじい大音や白煙、閃光とともに放たれた重量のある鉄製の弾は、トロルの手足を千切り飛ばし、その胴体に大穴を空けて飛び去ったのだ。


 周囲にいたオーク兵達も無事ではすまず、十貫砲の弾道上にいた者は身体の一部を失って事切れており、撃ち下ろされる形になった砲弾は着地した後もオークの軍陣内を跳ね回って周囲にいたオーク兵たちを殺傷する。

 巨体は体のあちこちを失って倒れ伏し、あるいは気味の悪い鳴き声を上げている。

 緑色の血液があたりに肉片とともにばらまかれ、この世の物とも思えない得体のしれない臭気が鼻をつく。


 あれほどの威容を誇ったトロル兵は壊滅状態に陥った。


「よっしゃ効いたで!十貫砲はいっぺん下げて弾込めよ!1組!石火矢をば用意せえ!2組は銃眼へ就け!」


 昌長の号令で砲兵達は素早く台車を固定していた車輪止めを取り、固定釘を抜く。

 そしてまだ砲口から白煙を引く十貫砲の台車を、獣人兵とドワーフ兵、エルフ兵が一緒に押し下げた。

 ガラガラとけたたましい音を立てて下がる十貫砲の後、再び羽目板が戻される。

 そして後方へと下がった十貫砲を停止させると、獣人兵は湿らせた布を先につけた洗桿を砲口に突っ込み、火薬滓を拭い取った。

 そこへドワーフ兵が火薬樽と丸い鉄弾の入った弾丸箱を持ち込み、黙々と砲口から装填作業を始める。

 エルフ兵はそのお手伝いだ。

 そうして十貫砲が射撃準備をしている間にも、戦いは進む。


「2組は術をば使う敵を狙えや!……撃て!」


 昌長の号令で轟発する1組の銃兵達。

 白煙と閃光を銃口から噴き上げての一斉射撃で、混乱しているオーク軍の術兵を狙い撃ちする。

 アスライルスやフィリーシア達のカウンターマジックで術の効果を得られず、術力を使い果たした上に、十貫砲の攻撃で混乱していたオーク術兵が散らし弾を受けてばたばたと倒れる。


「3組銃眼へ就け!1組は上の段へ上がるんや!3組に対する号令と同時に石火矢をば森の中へ撃ち込んじゃれ」


 敵はまだまだ兵を保持しており、混乱しているのは昌長の籠もる砦の前面にいる僅かな敵兵だけだ。

 昌長としてはここで敵全体に混乱を広げたいところである。

 そこで石火矢の出番だ。

 火縄銃の口径に合わせて作られた矢の先端付近には、火薬を詰めた箱が取り付けられており、導火線がその横から覗いている。


 発射の火薬を減らし、弧を描くようにして火縄銃から撃ち出される石火矢。

 導火線の長さによって破裂する時間を調整できるが、飛翔中に火が消えてしまう事もあるので集中して使用した方が良い。

 もちろん直線で撃ち込む事も出来るし、鏃が付いているので敵の城の壁や城門を火薬の爆発力で破損させたい時にも重宝する。

 ただ火を付けるだけの火矢よりも、威力や汎用性に優れているのだ。


 昌長がオーク軍に混乱を起こすべく画策している間に、バルバローセンは戦線の立て直しを図っていた。

 術兵などの混乱した前線の兵を下げ、重装歩兵を前に出してきたのである。

 しかし昌長はそれを見ても動揺しない。


「密集隊形はわいらの餌食やでえ!撃て!」


 3組が轟轟たる轟発音と閃光を生じさせ、ばたばたとオーク重装歩兵を撃ち倒す。

 それと同時に2階へ上がっていた1組の兵達が石火矢をオーク軍の中陣があると思われる森の中へ撃ち込んだ。

 放物線を描いて飛ぶ石火矢は、狙いを誤る事なくオーク軍の中陣に炸裂し、爆発する。

 オーク軍の中陣のあちこちで木々と共にオーク兵が吹き飛ばされ、火災が発生した。

 悲鳴と怒号が交錯し始めたオーク軍に向け、装填を終えた15門の十貫砲が再びその凶悪な威力を発揮する。

 凄まじい轟発音が轟き、十貫の丸弾がオーク重装歩兵の誇る密集隊形をぶち破る。

 それまで何とか統制を保っていたオーク軍だったが、とうとう前線から中陣に掛けてが崩壊し始めた。


「よっしゃ頃合いや!」


 昌長の命で大きな旗が振られると、後方の砦の前門が開かれた。


「ようやく出番かい!行くよ!月霜伯軍に後れを取るんじゃないよ!」

「ほう、ここで我らを出すとは、マサナガは戦をよく分かっておるな!突撃じゃい!」


 一斉に飛び出した兵達を整えつつ、メウネウェーナとネルガドが言う。

 そして昌長の砦の左右に分かれると、混乱著しいオーク軍の前線へ襲いかかった。

 昌長率いる月霜銃士爵軍の鉄砲攻撃で混乱していたオークの重装歩兵達は、左側からカランドリン=エルフの軽装歩兵と術兵に攻め立てられ、右側からドワーフ重装歩兵の密集方陣による突貫を受けて崩れる。


「わいらも行くでえ!」


 そして昌長自身もアスライルスとフィリーシアを伴って砦から討って出る。

 率いるのは銃兵達に併せ、敗残兵を再編成した新たな兵達だ。

 砦の壁が外側に倒され、火縄銃による射撃を交えながら一気に討って出た昌長達の勢いと、左右から攻めてくる連合軍に圧されたオーク軍が潰走する。

 それを見た昌長は、オーク軍にとどめを刺すべく命令を出した。


「今じゃ!森の中に潜んじゃある、ドゥリオ殿とガウロン殿へ合図を出せ!」

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