第84話 荘香城会議
荘香城の主室での会議は大いに紛糾した。
それというのも武名轟くものの一地方領主であり、加えてタゥエンドリンの新設爵位保持者に過ぎない昌長が爆弾発言をしたからである。
昌長の発言はたった一言。
「他は何より、総大将を決めといた方がええで」
これだけで会議は紛糾した。
昌長としてはある程度自分の指揮権は確保したい所であるし、もっと言えばタゥエンドリン王の指揮権からは独立したい。
しかしながら敵が余りに大敵である上に、寄せ集め感の全くぬぐえない連合軍がこのまま無方策に敵とぶつかっては色々な意味で収拾が付かなくなると判断したのだ。
昌長はここに来るまではそれでも国家の序列や王や将の年功序列で、自然な形かはっきりしない形でも、総指揮官が決まると思っていたのだ。
しかし会議が始まるやいなや、話し合われたのは戦後の候担国の処遇や、戦利品の取り分についてであって、陣構えや作戦、担当部署に関するものはほとんど出なかった。
アスライルスは呆れ、フィリーシアも余りの事態に溜息をつく他ない状態で、他に同じような表情で会議の行く末を見守っている者達がかなりいるものの、会議を主導している王達が自分達の面子や意地を通すべく張り合うので、明確に本来あるべき軍事会議の方向性を持たせることも出来ないまま時間だけが経過していったのである。
そこへ全く発言していなかった昌長は割って入り、先程の発言をしたのだ。
総大将に名乗りを上げたのはゴルデリアのネルガド王、タゥエンドリンのフェレアルネン王、更には豪藩国のテオハンと聖教の大神官グレゴリウス。
他の王達は模様眺めに徹している。
また獣人の族長達は指揮権というものに興味がないのか一切関わってきていない。
立候補者の中で言うならば指揮能力という面での実力的にはネルガド王、年功的にはフェレアルネン王と言ったところであろうか。
「ドワーフや平原人如きに我らが従う謂われはなかろう?」
そう発言したのは、金髪の頭に緑色や白色の宝石を金の台座に填め込んだ王冠を載せ、豪奢な鎖帷子を身に付け、その上からタゥエンドリンの王衣である深緑色の長衣を着ているフェレアルネン王。
そして即座に反発したのは黒や青、茶色の宝玉を黒い鋼の兜にあしらい、厳めしい板金鎧を身に付けたネルガド王。
その髭だらけの顔を怒りの赤に染めて言う。
「その発言は取り消せいっフェレアルネン王よ!わしらとてお前のような傲慢なエルフには従いたくないわい!」
「それこそ何故エルフ如きに従わねばならん。我ら平原人が一番兵数が多いのだ、平原人のわしが指揮を執るのが当然ではないか!」
次いで発言したのは平原人国家の雄、豪藩国王テオハンで、彼は天頂に槍の穂先が付いた鉄製の丸い兜を被り、大柄な身体に鎖帷子と鉄板を繋いだ鎧を身に付けている。
「それこそ、わざわざ貴様らに理由を説明せねばならんのか?」
「貴様!」
「愚弄するか!」
フェレアルネンの嘲笑と共に放たれた台詞に、ネルガドとテオハンがすかさず反発する。
エルフとドワーフ、平原人の実力者がにらみ合うその横で、聖教やその他の平原人国家の兵を率いているグレゴリウスが、戦場に立つとも思えない程の軽装、つまりは白色の長衣に簡単な革製の胸甲を身に纏っただけの姿で、ゆっくり口を開いた。
「互いに人の命令は聞かぬとあれば、神の代弁者の1人たる私が、神の言葉で皆を率いましょうぞ」
「……貴様の神は獣人は人ではないそうじゃねえか。人じゃねえ俺たちを、どうやってその神は指揮するんだよ」
「戦場に立ったことも無い者が発言をするな」
グレゴリウスはドゥリオとガウロンから相次いですごまれ、うさん臭い笑顔を引きつらせて口をつぐむ。
ドゥリオは赤いたてがみを逆立てて、今にも噛み付かんばかりの様子で鼻の頭に皺を寄せてグレゴリウスに顔を近づけた。
一方のガウロンは灰色の毛が生えた顔で無表情のままグレゴリウスを見ているが、頭にある三角の耳は不機嫌そうにぴくぴくと動いている。
2人とも胴体に分厚い皮の鎧を装備しているが、太い腕や足はむき出しのままである。
その後も相次いで互いを誹謗中傷する発言が続き、会議は一切のまとまりを失った。
額に手を遣りつつその様子を苦い顔でしばらく眺めていたカランドリンのメウネウェーナ女王は、堪りかねたように銀色の髪を束ねただけの頭を左右に振って立ち上がる。
彼女はこの王達の中でアスライルスに次いで長寿の女王。
見かけは美しい妙齢の女性だが、100年前に王位継承問題で混乱の渦中にあったカランドリンを再び纏め直した人物でもあり、見かけどおりのたおやかな人物ではない。
メウネウェーナは布製の下地に金属板を縫い付けた長衣形の防具を着用し、髪と同じ銀色の頭鐶、そして灰色の手甲と臑当てを装備している。
メウネウェーナはその手甲に覆われた拳骨を目の前の卓に叩き付けた。
それまで口から泡を飛ばして罵り合い、相手を指さしては真っ赤な顔で怒鳴り合っていた王や諸侯達が驚いてメウネウェーナに注目する。
そんな王や諸侯達を静かに眺め回してから、メウネウェーナは浅黒い顔を歪めて発言した。
「小僧共、好い加減にしやがれ……くだらねえ言い合いをガタガタとしやがって」
「女王、いきなりなんじゃ」
「うるせえよ小僧」
「……こ、小僧とは」
いち早く立ち直ったフェレアルネン王の制止を一蹴し、メウネウェーナは口を開く。
「この大陸の存亡に関わる一戦が始まろうってのに、まとまろうって気がねえのかてめえらは!?」
さすがに気まずかったのか、それまで言い合いをしていた王や諸侯が下を向く。
それを確認してからメウネウェーナは言葉を継いだ。
「あんたらに任しちゃおけない。あたしがこの戦の総指揮を執る、どうだい?」
「構わんぞ、認めよう」
「わいも賛成や」
「従います」
アスライルス、昌長、フィリーシアが相次いで支持を表明すると、次いで宗真国のエンテン王が支持を表明した。
「女王の指揮なら信頼できる、私も支持する」
「……ならば私も女王の総指揮官就任を支持しよう」
エンテン王の女王支持を見て、黒い革鎧に口ひげを生やした、浅黒い肌の弘昌国王サルードも支持を表明した。
「偏見なくお願いしたい、支持する」
「戦士の力を削ぐような指揮は困るぞ、女王よ!」
それまで総指揮権を手にしようと争っていた4人は顔を歪めるが、ガウロンとドゥリオが女王の支持を表明したことで大勢は決した。
「ふん、軍指揮で差別するでないぞ!」
「……我々の特性を理解した指揮をして貰いたいものだ」
ネルガド王とテオハン王が矛を収め、最後、仕方なさそうにフェレアルネン王と大神官のグレゴリウスが折れた。
「やれやれ、分かったわい」
「神の御意志こそ至高にして最高と言うことをお忘れ無きようにお願い致しますぞ」
荘香城での会議後メウネウェーナの総指揮官就任が発表され、連合軍の布陣が以下の通り指示された。
先鋒、的場昌長。
中央前段、ネルガド王、テオハン王、サルード王。
左翼、エンテン王。
右翼、フェレアルネン王。
中央中段、メウネウェーナ女王。
中央後段、大神官グレゴリウス。
予備遊撃、ドゥリオ、ガウロン、傭兵隊長ガボン。
「あんたは本当にその少数の兵で先鋒を務めるつもりかい?」
「無論や」
さすがに剛胆なメウネウェーナも5500の兵で先鋒を申し出た昌長を心配したが、フェレアルネン王の同意やアスライルスの存在もあり、任せることにしたのだ。
しかしやはり心配は心配であるので一応声を掛けたのだが、昌長は些かも動じること無く兵達に指示を出し、また兵士達もおびえの色を一切見せていない。
ドワーフとエルフが一緒に木材を運び、獣人と平原人が馬の制御に当たる。
月霜兵達の動きは素早く無駄のないもので、そして指揮官の指示も明快で的確。
この軍は強い。
一目見てそう感じたメウネウェーナは、それ以上の忠告は無礼に当たると考え、いつもどおり艶やかな笑みを浮かべて昌長の肩にそっと手を乗せた。
「気に入った……!あんた大したもんだよ、アスライルスが惚れるわけだ!」
「そんな訳あるかいな」
分かっているのか分かっていないのか、うっすら笑みを浮かべてはぐらかすように応じる昌長に、メウネウェーナは笑みを深くすると、その肩をぐっと握って言う。
「陣立てが終わったら酒でもどうだい?」
「おう、そうやな。構わんで」
酒が嫌いではない昌長は相好を崩すが、義昌は渋面を浮かべて首を左右に振り、アスライルスとフィリーシアは青筋を立てて駆け寄ってきた。
「お主!妙な誘いは止めよ!」
「カランドリン女王、じょ、冗談が過ぎますよっ」
「冗談なものか、あたしはこのマサナガが気に入ったんだ。酒の誘いぐらいかけるさ」
2人の抗議にあっさりとした口調で言ってのけるメウネウェーナ。
絶句しているアスライルスとフィリーシアを前にして腰に手を当て、後ろで纏めた銀髪を勝ち誇ったようにかき上げるメウネウェーナだったが、後方から静かに声を掛けられてその動きが止まった。
「殿下……このような所で無駄話をしていては困ります。軍指揮にお戻り下さい」
「う、ヘンウェルメセナかい……分かったよ」
困ったような顔を後方に向けたメウネウェーナの視線の先に、銀髪に褐色の肌を持つカランドリンエルフの女戦士が立っているのが映る。
副官として連れてきた側近官のヘンウェルメセナだ。
彼女は無表情のまま昌長達に少し頭を下げると、メウネウェーナに言葉を継ぐ。
「移動準備は開始してよろしいですね?」
「ああ、早速始めな!……じゃあね、マサナガ」
厳しい眼差しで指示を出し手から、再び艶やかな笑顔をマサナガに向けて手を振るメウネウェーナに昌長は苦笑を返しつつ手を上げる。
それを嬉しそうに見て、メウネウェーナは今度こそ立ち去った。
「……マサナガよ、よもやあの女郎の言葉に応じる心算では有るまいな?」
やられた感を漂わせたアスライルスが暗い表情で言い、その後ろではフィリーシアがうんうんと頷いている様子を見て、昌長は微妙な笑顔で応じる。
「まあ、全員集めて祝勝会でええんとちゃうか?」
「……なるほどのう」
「わざとですか、マサナガ様?少しメウネウェーナ様が不憫ですが……」
昌長のわざとらしい鼻歌を聞きながら、アスライルスとフィリーシアは意気揚々と引き上げるメウネウェーナの後ろ姿を、可哀想なものを見る目で見つめるのだった。




