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第67話 ハーオンシア河畔の戦い1

タゥエンドリン=エルフィンク王国、王都オルクリア


「何!月霜銃士爵めがハーオンシアへ軍を進めただと!?」


 臣下からの報告を受けたフェレアルネン王が即座に激昂する。


「どういうことだっ、奴にタゥエンドリン内での軍事行使権は認めておらぬはず!?」

「無視したものと思います」


 自分の放った言葉にあっさりとした見解を示されたフェレアルネンは絶句する。


「な、何を言うか……あやつは我が国の臣下のはず……」

「大して論功行賞もしておりませんしな、何度か支援の要請が来ていましたが王の命で追い返しております故に、もう従う気は無いと言うことでしょう」

「少なくとも2度は支援の要請が来ていました。2回の支援を約束していましたが、両方とも途中で打ち切っておりますからな」


 驚き狼狽える王に、臣下らが淡々と言う。

 何度も支援を餌にしておきながら、簡単に反故にする王の方針に臣下もさすがにやり過ぎだと感じていたのか、珍しく王に辛辣な雰囲気となっている。

 臣下達からすれば、昌長などフィリーシアを宛がって北の守りを任せておけば全て穏当に運んだという思いがある。


 現に昌長はマーラバントと激しく衝突し、エンデの地の解放と支配のみならず、攻め込んで来たマーラバントの大軍を撃破した上で逆にその国土へと侵攻している。

 タゥエンドリンから見れば、青竜王と同盟を結んで脅威を低減させたばかりか北の脅威を1つ取り除かんとしている昌長を疎んじるのは、得策ではない。

 マーラバントを滅ぼしたとしても、まだコーランドとシンランドという2つのリザードマン国家が北に控えているのだ。


 月霜銃士爵の性格からすれば、力を蓄えてから北へ侵攻するのは明らかで、敵に回すような策を弄する必要はなかったのである。

 それに王は昌長のハーオンシアへの出兵を問題視しているが、ハーオンシアに住まう小人族や平原人、森林人の民達やリンヴェティ族のニレイシンカ族長からは聖教軍に対する援軍や支援要請が続々と届いている。


 聖教と月霜銃士爵領に対する密約を結んでこれらを無視し続けるフェレアルネン政権に対して、自衛戦争を掲げてハーオンシアへ進駐した昌長の方が民人や地方有力者からの受けは良い。

 ハーオンシアの民人や有力者は昌長の軍事行動を拒むどころか、むしろ歓迎しているのである。


「すぐに軍を戻すよう使者を出せ!」

「王、使者は既に出しておりますが、返答は否の一言だけです」

「うぬぬぬっ……これは反逆だっ!」


 そうは言ってもその反逆を実力で押し止める訳にはいかない。

 本来は自分が軍を出して聖教軍を押し返さなければならないのだが、それを昌長は王に代わってという名分で軍を進めている。

 王が軍を出せば昌長を討って聖教軍を迎えるような形に成りかねず、密約は容易に暴かれることになるだろうし、そもそも昌長に軍事力で勝てる見込みがない。


「放置するほかないと思いますが……」


 レウンデルが王に進言すると、王は極めて不機嫌そうに鼻を鳴らしつつも無言で椅子に座り直すのだった。







 一方の昌長は率いてきた3000の兵に加えて、自ら徴募したハーオンシア川流域に住む小人族や平原人の兵2000あまりを併せた総勢5000の兵力でハーオンシア川を渡河し、灌三丈将軍が進む沼沢地の一角に陣を構えていた。


「何とか先んじられたみたいやな?」

「おう、池やら沼やらは湿気るよってにあんまり好かんが、しゃあないわえ」


 佐武義昌の言葉に、昌長は然程気にした様子もなく応じる。

 火縄銃に使用される黒色火薬は、湿気を吸い易い。

 それ故に、沼沢地や霧の多い森林などでは湿気って不発や遅発が多くなる傾向にある。

 成分配合を調整して暴発事故を防ぐ知恵を雑賀衆は持っているが、それをすぐに他の兵達が会得するのは難しく、また湿気の多い場所に合わせて配合した火薬は普通の場所で使用すると早発や暴発が多くなるので、貴重な火薬を無駄にしないためにも今回は昌長や義昌、宗右衛門に照算といった面々が総出で火薬の調合を行った。


「まあ、少々(ちっとかい)湿気しけっても気遣い無いやろ」

「それ用に火薬をば合わせたさけにな」


 そんな雑談をかわしている義昌と昌長の下へ、猫獣人の斥候が戻ってきた。

 相変わらずの身のこなしで、水たまりやぬかるみを巧みに避け、昌長らが陣取る小さな丘の上に駆け上がってきた。

 そして、息を切らした様子もなく跪くと報告を始める。


「マサナガ様、敵は騎兵を先頭にこの先の沼地の一本道を進んで来ます」

「ほう……」

「まだわいらに気付いてへんのじょ」


 感嘆の声を漏らす昌長に義昌が応じるが、斥候役を見事務めた猫獣人の若者は、焦った様子で首を左右に振る。


「でも騎兵の斥候をたくさん出していました。見つかるのは時間の問題です」

「それこそ気遣い無いわえ」


 そう言うと昌長は茂みにしゃがみ込むと、弾込を始めた。


「皆も込めやれや……気遣い無い、見つかれへんって」

「……そうやな、騎兵で斥候出してるんやったら、まず見つかれへんな」


 昌長の言葉に続いて義昌も弾込を始めた。

 昌長らの様子を見て銃兵達は戸惑いながらも弾込を始める。

 昌長はようやく決心して弾を込め始めた配下の銃兵達を苦笑して見つつ、自分の火縄銃に弾を早くも込め終えて言った。


「騎兵は道しか通れやん、ほやさけぬかるみの先にあるわいらの場所までは来られやんさけ、よう見つけやんのよ」

「おまんは悪いけど他の土塁にも報せちゃってくれやんか?」

「わ、分かりました」


 昌長の説明で得心した銃兵達の手が早まり、義昌の依頼を聞いて猫獣人の若者も納得して湿地帯の中へと走り去る。

 昌長は刀槍兵と銃兵を細かく分散し、ハーオンシア川の渡渉地点に向かう一本道の左右に伏せさせたのである。

 茂みや藪が多く、時折エルフ族の植えた大木もあるハーオンシア川南岸の一体は、騎兵の行動には向かない一方で伏兵には実に適した場所なのだ。

 湿地帯で湿気が豊富にあり火縄銃の運用に不安もあるが、それも雑賀衆の知恵で乗り切ることが出来る。


 昌長は猫獣人の先遣隊を派遣し、乾いた丘や藪を幾つも選定させておいた上で、満を持して川を渡った。

 当然、相手に知られることを避けるために昼間用意した小舟を使い、夜の内に密かに渡河したのである。

 蚕興国軍は未だ月霜銃士爵軍が出陣したという情報を得ていなかったため、まさか既に迎撃の態勢が整っているとは夢にも思っていない。


 昌長とてサリカの町の聖教の連中が情報を送っていることは承知している。

 そのため兵を密かに集めた上で夜間にカレントゥ城を出発し、併せて目くらましのためにカレントゥ城へ兵を集めているように装っている。

 勿論、本隊が夜に出陣してしまったので兵はまばらで、素人目には少数の兵が散発的にカレントゥ城へやって来るようにしか見えないので、エウセビウスらも昌長がカレントゥ城へ必死に兵をかき集めていると思っているはずだ。

 当然、昌長の本当の動向など把握しておらず、聖教から蚕興国軍への使者は派遣されていなかったのだ。

 そんなことを考えながら蚕興国軍の騎馬斥候が道を前後に行き来する様子を、昌長は潜んだ茂みから笑みを浮かべて見つめる。


「よおしよおし、ええで、ええでえ~」


 昌長の思った通り、周辺の索敵と言うよりは一本道の状態を確かめる程度の斥候だ。

 敵が待ち伏せているとは考えていないことや、騎兵で湿地帯に踏み込むのが難しいためだろう。

 それこそ昌長の思う壺である。


 やがて本隊と思しき騎兵が見えてきた。

 その後方から歩兵が追随して来るのも見える。

 攻撃の合図は、昌長の直卒する部隊の発砲。 

 一本道の膨らんだ場所で指揮官と思われる騎兵が後方の歩兵を急かし、伸びきった軍の中程までやって来たところで昌長はすかさず愛用の銃を構えて火蓋を開いた。

 そして、静かに、密やかに引き金に置いた指に力をじわじわと込めていく。


 月夜に霜の降りるが如く。


 密やかに落とされた引き金は、火縄を落とし込み、過たず火皿を叩く。

 昌長の火縄銃の銃口から、藪を焼き焦がす勢いで真っ赤な閃光と白煙が噴き上がった。




 昌長に続いて藪に隠れた土塁に折り敷く銃兵達が思い思いの形で火縄銃の引き金を絞り落とした。

 五月雨式に50丁の火縄銃が轟発する。

 エルフ銃兵の構えた長鉄砲が、ドワーフ銃兵の抱え込んだ抱大筒が、新設された小人族銃兵の短筒が、そして平原人の六匁筒が次々と閃光をきらめかせながら、凄まじい黒色火薬が劇的に燃焼する轟発音を沼地に轟かせた。

 飛来する鉛弾に先行する騎兵が鎧を貫かれて真っ逆さまに落馬し、次いで進んでいた騎兵が頭を吹き飛ばされる。

 別の騎兵は首筋を撃ち砕かれて力なく馬にのしかかり、またある騎兵は馬を撃たれて落馬した。

 慌てて馬首を返そうとした騎兵は脇腹を撃ち抜かれて口から血液を高々と噴き上げ、味方をかき分けて敵を見極めようとした者はその右目ごと頭部を鉛弾で吹き飛ばされる。


 鉛弾は蚕興国騎兵の革と布で出来た鎧など薄皮を破るように易々と貫き、その中身である兵の身体をえぐり、食い破っていく。

 たちまち蚕興国の誇る騎兵で構成された戦闘部隊は阿鼻叫喚の地獄絵図を描いた。


「よっしゃ!ええぞ!混乱しちゃあらいしょ!」


 昌長は自分の奇襲が十分以上に効果を上げたことを確認して満面の笑顔で言うと、撃ち終えた銃兵達にすかさず指示を飛ばした。


「次も弾込めちゃれ!近寄ってきたらちかませえ!」


 昌長自身も指示を出しながら、早速早合と呼ばれる弾薬包を胴乱から取り出して白煙を薄く引いている銃口へ落とし込み、槊状で浅く突き込める。

 そして、火皿へ点火薬を盛って火蓋を閉じた。


「次は一斉で歩兵狙うちゃるろ」


 未だ一生懸命弾込をしている配下の兵達にそう告げると、昌長は静かに狙いを定める。

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