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第60話 カレントゥ城籠城戦6

 夜が明け、再び朝が来る。


 翌朝からの攻めは、それまでとは一線を画していた。

 マーラバント軍はそれまでの包囲重視の消極的な城攻めから、積極的な攻勢に出たのである。

 それもこれも昨夜の本陣奇襲があってのことだろう。

 本陣奇襲の混乱に乗じて、カレントゥ城から打って出た月霜銃士爵軍はマーラバントの前陣を相次いで打ち破り、多数のリザードマン戦士を討ち取った。

 昌長からくれぐれも一撃に留めるよう言い含められていたため追討ちはしなかったが、それでも相応の打撃を与えることに成功したのだ。


 少数の籠城側に多数の攻囲側が散々に打ち破られるという、グランドアースの戦史においてもまれに見る失態を見せたレッサディーンは、朝になってから被害の報告を受け、烈火の如く怒り散らした。

 しかし時既に遅く、その頃には月霜銃士爵軍の全部隊がカレントゥ城に引き上げており、本陣襲撃を果たした昌長達も無事に帰り着いた後だった。


「おのれえええ、月霜銃士爵め、我らを侮り嘲るかっ!」


 しかも朝になってからカレントゥ城の城壁に掲げられたのは、リザードマン戦士から奪い取った大剣。

 それをあろうことか数珠繋ぎにしてレッサディーンのいる本陣側の城壁に連ねて縄でぶら下げたのだ。

 リザードマン戦士の魂とも言うべき大剣を奪われて見せしめにされたばかりか、挙げ句の果てには獣人兵が槍で突いて奇妙な音楽を奏でる始末。

 笑声がカレントゥ城から聞こえるにいたり、レッサディーンは更に怒りを募らせた。


「赦さぬ!何としても今日中にあの月霜銃士爵の肝を喰らってくれるわ!本陣を前に出せ!総攻めだ!」







「おおう、来たで来たで、頭から湯気立っちゃあら」


 総攻めに掛かろうと燃え尽きたサイカの町を踏みしだいて前に出るリザードマン戦士を見て取り、昌長が手を叩いて喜ぶ。

 その様子を見たレアンティアとミフィシア、リエンティン、カルフィルスらエルフ達が呆れている。

 バイデン、ナルデン、リンデンのドワーフ達は気勢を上げて武器を掲げ、迫り来るリザードマン達の様子を見て武者震いし、キミンやタォルら獣人達はその怒気を感じ取って毛を立てて怯えていた。

 しかし昌長の傍らにある雑賀武者らとフィリーシア、ユエンは落ち着き払っており、当の昌長は喜色を全面に出して小躍りしている。


「あ、あの、これは結構な窮地なのではありませんか?」


 レアンティアが青い顔で遠慮がちに問うと、昌長はさも愉快そうに大笑いしてから言う。


「いやいや、母御殿よ。これこそわいが目論見がとおりなんや……照算、頼んだで」

「……うむ。宗右衛門、補助を……頼む」


 昌長の言葉を受け、津田照算が愛用の長鉄砲を肩に担いでのっそりと立ち去る。

 芝辻宗右衛門がその後に続いた。

 これから大櫓の更に上、屋根の上に登って狙撃の機会を待つのだ。

 照算を頼もしそうに見送った昌長は、集まっている配下の将達に真面目な顔に戻って命じる。


「各々配置に就けや!遠慮はいらんで、撃ち頃に入ったら遠慮無しに矢弾くれちゃれ!」


 その命令に応じ、それぞれが持ち場に散っていくのを見送り、昌長もレッサディーンのいる本陣に一番近い城門へと向かうのだった。




 早朝からカレントゥ城に対してリザードマンによる一斉攻撃が始まった。


 喊声と共に魔法の水弾や土弾が当たり、城壁を揺らす。

 リザードマン戦士達が丸太で出来た攻城槌を縄で掲げて迫り、粗末な梯子が城壁に掛けるべく走り込んでくる。


「撃てえい!」


 北側の城壁に詰めたシントニアからの移住組によるドワーフ銃兵が、ナルデンの号令で抱大筒を一斉に放ち、梯子と攻城槌を破砕した。

 周囲に居たリザードマン戦士も大きな弾丸の破片を受け、あるいは弾丸そのものを身体に受け止めて命を散らす。


「そりゃ!お次は弩じゃ!」


 抱大筒を持った銃兵が弾丸を装填するべく下がると、その合間を縫うようにして弩を持った兵が胸壁に集まり、混乱するリザードマン戦士達に短矢を射込み始めた。

 直線にしか飛ばないが威力のある弩の短矢を受け、さしものリザードマン戦士達も分厚い皮を射貫かれてばたばたと倒れていく。

 それぞれの兵器の効果が十分に発揮され、敵を寄せ付けない様子を見たナルデンが機嫌良く声を上げた。


「よおし、雷杖さえあればリザードマンなどものの数ではない。このまま凌ぐぞ!」






 南側の城壁に詰めているのは、カルフィルス率いるエンデ族のエルフ兵達。

 筋力の問題もあって小口径の火縄銃を多数装備している彼らは、胸壁の合間や櫓にしっかりと身を隠し、気勢を上げて迫り来るリザードマンにも焦らず狙撃に徹している。

 梯子を掲げたリザードマン戦士が目を撃ち抜かれ、また縄を持って城壁を登ろうとしたリザードマン戦士の手が撃ち砕かれる。

 墜落する同僚戦士を尻目に丸太製の攻城槌を城壁に叩き付けようと試みたリザードマン戦士達は、次々に目や口の中、あるいは心臓を銃弾で撃ち抜かればたばたと倒れ伏す。

 やがて力なく倒れた戦士達の死体の間から、破城槌にしていた丸太が転がり出た。


「うむ、これは心強い武器だ……」


 カルフィルスは弾込の間をエルフ弓兵の弓射で凌ぎながらつぶやくのだった。




 西側はマーラバントから反対側である事から敵の数が最も少ない。

 ここを守るのは獣人族のカンだ。

 かつては埋め火の爆発で肝を潰していた獣人の青年も、厳しい調練を受けて今は立派な兵士となっていた。

 獣人の銃兵が装備しているのは、一般的な火縄銃であるところの6匁筒である。

 命中精度も射程もそこそこで威力もそこそこという中庸の銃だ。


「いいかあ~まだ撃つなよ。ぎりぎりまで引き寄せるんだ~」


 カンの命令で引き金に指を掛けつつもじっと我慢する獣人銃兵達。

 銃眼や胸壁に乗せた銃身はぴたりと狙いが据えられており、迫り来るリザードマン戦士の分厚い胸板が銃兵達の目に入っている。

 リザードマン達が奇声を上げて剣を振りかざし、一斉に城壁目掛けて走り始めた。

 後方から大量の梯子がリザードマン戦士の手で運ばれており、あの梯子が一斉に城壁に掛かってしまえば苦戦は免れない。

 しかし十分訓練を積み、エンデの地でマーラバントの残党相手に小戦とは言え実戦を重ねてきたカン達には余裕がある。


「まだまだ~」


 カンが配下の銃兵の逸る気持ちを察して注意を入れ、発砲を思いとどまらせる。

 やがてリザードマン達が梯子を城壁に掛けるべく準備に入ろうと足を止めた。

 その直後、間髪容れずにカンが叫ぶ。


「今だ!撃て!!」


 城壁の銃眼や狭間、胸壁から閃光がきらめき、白煙が伸びる。

 轟音がリザードマン達を押し包み、白煙が一瞬でその姿を覆い隠してしまった。

 しばらくして、次弾装填に勤しむ獣人銃兵達の視界が微風で晴れると西の城壁に取り付こうとしていた少数のリザードマン戦士団は全滅していた。

 次の攻撃に備えていた戦士達も、弾込を終えた獣人銃兵の個別狙撃にあってばたばたと撃ち倒され、呆気なく士気が崩壊して潰走する。

 元々カレントゥ城の背後に当たる場所で、マーラバントも力を入れて攻めようとはしていなかったせいか、その攻撃は緩いものであったために一撃で戦士団は瓦解した。


「ふう~これでマサナガ様に褒めて頂ける」


 額に手を当てつつも余裕の笑みを浮かべてつぶやくカンに、周囲の獣人銃兵達も笑みで応じるのだった。








「さてさて、こっちはきっついのう」


 マーラバント軍正面の攻め口となった東側城門前は、連続して水弾が炸裂し、城壁や城門を揺さぶる。

 土弾が炸裂して城壁の石垣が破損し、城門の外に張った銅板が歪む。

 マーラバントの怒りを具現化したかのような猛烈な魔法攻撃に、昌長達も首をすくめてやり過ごす他ない。

 妨害魔術マジックキャンセルを使える術士が少なく、マーラバントの攻撃魔術師の数が多いので、妨害が間に合わないのだ。

 恐らくこの正面に敵の攻撃魔術師が集中しているに違いなく、逆を言えば他の攻め口に魔術師の配置は少ないと言うことだ。

 翻って月霜銃士爵側の配置はここ東側に狙撃に就いた津田照算と芝辻宗右衛門以外の雑賀武者5人全員が配置されているから、決して脆弱な布陣ではない。

 時折悲鳴が上がり、胸壁を魔術攻撃で打ち破られ、その影に隠れていた兵士達を吹き飛ばしているのが分かる。


「ちっと目算狂ったわ」


 昌長はそう言いつつ再び上がる味方の悲鳴に顔をしかめつつ耳を傾ける。

 今度はどうやら櫓に魔術弾が炸裂してしまったようだ。


「ふむ、そろそろか……」


 胸壁が魔術攻撃で破壊され、城壁も崩れきってはいないもののあちこちで破壊されている状況が城門の楼閣からも見て取れる。

 やがて魔術攻撃が止み、リザードマンの喊声が聞こえて来た。

 ようやく昌長の待ち望んだ直接攻撃が始まるのだ。

 攻城梯子を掲げ、攻城槌を持ったリザードマン戦士達がのそりのそりと城門へと近付いてくる。


「撃ちかましちゃれ!」


 昌長の号令でそれまで我慢に我慢を重ねて身を潜めていた銃兵達が胸壁の後や銃眼から銃口を差し出し、一斉に引き金を絞り落した。

 つんざくような撃発音が東側の壁中から大河に至るまで轟き渡り、伸びた白煙を突いて閃光がきらめく。

 しかもそれは一斉射だけでは終わらない。


「ぶちかませい!」

「おりゃ喰らわせ喰らわせ!」


 鈴木重之や湊高秀が兵達を鼓舞して廻り、次々と射撃音が重なってゆく。

 カレントゥ城の東側城壁はもうもうたる白煙で埋め尽くされ、赤い閃光がきらめく度にリザードマン達の野太い悲鳴が上がる。

 瞬く間に攻め寄せて来た戦士達は命を奪われ、大怪我をして地に倒れ伏す。

 その合間を縫って生き残った戦士達は後方へと逃走を開始した。


「お、おのれっ、惰弱共めが!こうなればわし自らが出てくれるわ!」


 本陣でその光景を目の当たりにしたレッサディーンは、一瞬自分が襲われた時のことを思い出して身を震わせたが、周囲に満ちた悲鳴と哀訴の声を聞き怒りをたぎらせた。

 そして自分の身の丈程もある大剣を掴むと、本陣の戦士達を引き連れてカレントゥ城の東城門へと向かう。

 東城門前に到着したレッサディーンは、数多のリザードマン戦士達が打ち倒されているのを見て更に怒りを高ぶらせて雄叫びを上げた。


「おのれえええ!マサナガめええエエ!この怒りはお主の肝だけでは足りぬわ!全身を喰ろうてくれる、いやまだ足りぬ!お主の妻子供は愚か親類縁者知人に至るまで喰らい尽くしてくれるわ!!」


 そう吼えたレッサディーンの耳に、遠い銃声が届いた。


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