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第58話 カレントゥ城籠城戦4

 紀州から持参した竹製の水筒を改造し、火縄入れとしている雑賀武者。

 水筒の底を抜き、火を付けた火縄を差し込めば周囲から火口が見えることも無い。

 昌長らは鎮火しつつあるサイカの町を駆け抜けた。

 物陰から物陰に身を走らせ、残り火には周囲の土砂を振りかけて自分達の陰を消す。

 リザードマンが夜目が利くかどうか分からないが、用心に越したことは無い。

 この世界の平原人は騎馬民族はともかくあまり夜目が利かないようだが、雑賀武者達は非常に夜目が利く。


 鉄砲を正確に撃つには目が良くなければならない事が第一にあるだろうが、それでも的場衆は特に目の良い者が揃っており、いち早く周囲の状況を把握できるという有利さが隠密行動を可能にしていた。

 時折リザードマン戦士の巡回に出くわすが、先にそれらを発見することの出来る昌長達は家屋の燃え残りに身を潜ませてこれらをやり過ごしてゆく。

 身振りや手振りで互いの意思を疎通し合い、肩や身体の一部を叩いたり触れたりすることで周囲の情報を伝える雑賀武者達。


 彼らは次第にリザードマンの包囲陣深く入り込み、そしてその輪を抜けていく。

 サイカの町の郊外にある小さな森。

 一旦マーラバント軍の陣を抜け出した昌長達は、その場所で闇に紛れて小休止を取った。

 獣や動物たちもマーラバント軍の軍気を恐れたのか、姿を見せない。

 輪になった雑賀武者達の前に出た昌長が、無言で装具や火縄銃の点検を始めた雑賀衆を見回してから口を開いた。


「……ええ所まで来たわい。あとは後方から襲いかかっちゃりゃええんじょ」


 小さな声で発せられた昌長の言葉に、同じく無言で頷く雑賀武者達。

 本陣の目星は付いている。

 マーラバントの軍陣の中でも一際厚みのある場所、それがサイカの町の東側に形作られているのがカレントゥ城から見て分かっていた。

 リザードマンは布をあまり利用しないため旗指物や旌旗の類いを使用しない。

 闇の勢力と共にあった時はそれでも他種族が用意した物を利用したりしていたようだが、基本的にリザードマン戦士で敵方にいる者はいないので目印は必要ないのだ。


 リザードマンは味方、それ以外は敵という分かり易い区別が付いているからである。

 昌長は最初しばらく本陣を探って、マーラバントの王がいる確実な場所を確認してからの襲撃を考えていたが、リザードマンの群れの中に間者を放つ余地も無く、大体の場所を城から観察して把握すると出撃することにしたのだ。

 闇に紛れてリザードマンの軍陣を探っていた佐武義昌が戻ってくる。


「昌長よ、おまんのあたり付けたとおりや。この先がおそらく本陣やわ」


 佐武義昌の押し殺した声色で発せられた言葉を聞き、昌長は力強く頷く。


「もうちょっとしたら撃ちかけちゃる、構えて火種の灯りをば外へ漏らすなえ。ばれたらわいらしかいてへんさけに、いっぺんでナマスにされてまうで」


 その言葉にが顔をしかめて芝辻宗右衛門が応じる。


「……洒落になりませんよ統領、蜥蜴人はほんまに人を食いますやんか」

「ほやさけな、そうならへんようにせなあかんのよ」


 昌長はそう嘯くと火縄銃の最終点検と弾込を始める。

 それを見ていた他の雑賀武者達も、次々と自分の火縄銃へ火薬と弾を込め始めた。

 静かに、しかし熟練者の手つきで弾込め作業を行う雑賀武者達。

 まれにわずかな音がするのみ。

 竹筒に入れられた火種は一切出ず、また当然外から見られるようなへまもしない。


 やがて全ての作業が終了し、物の動く気配が絶えた。


「……行くで」


 その昌長の号令で、雑賀武者達は無言のまま立ち上がり、背を低くして歩み始める。

 目指すのはマーラバント軍の本陣だ。




 そのマーラバント軍の本陣では、レッサディーンが首を傾げていた。


 既にサイカの町は灰となり、あちこちに未だ残り火がぽつぽつとあるものの戦士達の進撃に支障はないまでに鎮火している。

 そんな赤い炎がちらちらと残る闇夜に浮かび上がるようにそびえるのはカレントゥ城。

 城の威容はリザードマン戦士を圧倒するが、自分達はそれを今完全に包囲しようとしているのだ。

 威力ある、そして勇猛なリザードマン戦士達に恐怖心をかき立てる雷杖も今は完全になりを潜めており、最初に攻撃を受けた時は大混乱を生じた彼らリザードマン達も落ち着きを取り戻していた。


 そんな戦士達を率いるのは、本陣から闇夜を見通すべくカレントゥ城の主郭を遠望しているマーラバント王レッサディーンである。




「町を焼かれたのに、出てこないとはどう言うことか?」

「……確かに、緒戦であれ程激しい抵抗を見せた者達とは思えませぬ」


 レッサディーンの言葉に側近の戦士長が応じると、他の戦士長達も口々に疑問の言葉を吐き始める。


「人の気配はしますが、討って出るような様子もありませぬな?」

「エルフの矢も、ドワーフの手斧も飛んできませんし、ましてや雷杖の攻撃は後にも先にも最初の1回だけでしたな……」

「雷杖とは如何なる武具なのでしょうな。連続して撃つことは出来ないのですかな?」

「罠の可能性も否定できません」


 レッサディーンは戦士長達の考えや意見、疑問を聞きつつ自分の考えをまとめる。

 ここまで発展した町を放棄し、焼き討ちされてまで罠を張る価値が戦略的にあるだろうかと問われれば、ないだろう。

 苦労して築き上げた町を焼け野原にされては到底釣り合わないからだ。

 むしろその町を守るために戦うべきなのであって、町を犠牲にしてまで罠を張らなければならないようなら、もっと最初の段階で抵抗するだろう。

 そうすると見えてくるのは、城に籠もったのはそれ以外に方法が無かったからと言うことだ。

 おそらく雷杖はそう連続して使える物ではないのだろう。

 もしくは何らかの障害が発生して、使いたくとも使えない状態にあるのかも知れない。


 しかし自分の肉体に過信とも言える程の自信を持つリザードマン戦士。

 その気質は戦士に限らず、その他のリザードマンや、その指導者達も共有する意識である。

 それはもちろん、レッサディーンも例外ではない。

 いずれにしても、雷杖を気にはしなければならないが、ことさら恐れて攻撃を控えるようなものではない。

 ましてや攻撃中止など思いもよらないことだ。

 レッサディーンはそう結論付け、カレントゥ城を見上げてから大声を放つ。


「決戦は明日だ!……明朝に総攻撃を仕掛けることにする!」


 それまで口々に意見を述べ、激しく議論を戦わせていたマーラバント軍の戦士長達だったが、レッサディーンの言葉を聞いて一斉に頭を垂れる。

 そして傍らに置いてある自分の武器を取り出し、それを一斉に天へと掲げた。


「王の御心のままに!我らは闇の輩!而して闇と別てし者達なり!我らの進撃を留める者無し!」




 気勢の上がった場所を見つけた昌長はほくそ笑む。

 その会話の内容も、全て聞こえた。


「やっぱり後ろは気にしてへんなあ、今こそや、やるでえっ」


 小さく、しかし気迫のこもった声を発する昌長に雑賀武者達が即座に応じる。

 周囲にリザードマン戦士達が立哨しているのが見えるが、彼らが巡回していないのは先程から観察して分かっている。

 おそらく明日の総攻撃に備えて警戒も極力控え、兵を休めているのだろう。

 また天幕や小屋らしいものも無く、ただただ雑魚寝するのがリザードマンの軍陣での休息方法らしいと分かった。


 王や将軍の居る場所も似たような感じなのだろう。


 少し見つけるのに手こずるかも知れないが、設備が無いのであれば余計陣の中心以外安全な場所が無いと言うことなので、昌長は中心部に行けば分かるだろうとたかをくくっているのだ。

 とにかく本陣に達せれば良いのだ。


「重之、照算、歩哨をば倒しちゃらんか?」

「任せえ」

「……分かったわ」


 昌長の言葉で3人は近くにいた別の雑賀武者へ自分の鉄砲を預けると、草むらに飛び込む。

 そしてそのまま這いずるようにしてリザードマンの歩哨へと近付いた。

 リザードマン戦士も素人ではない。

 何らかの気配を感じているのかしきりに周囲を気にはしているが、その気配は自分達の背後、つまりはカレントゥ城からのものと勘違いしているようで、度々振り返っては首を傾げている。


「……裏手に回り込まれちゃあるとは思わんやろう」


 重幸がつぶやいている内に草むらから鎧通しを手に津田照算と鈴木重之が歩哨へと無言で襲いかかった。

 重之は最初のリザードマンの首を裸締めでへし折り、その横で慌てて剣を構えようとした戦士の胸元へ飛び込んでその首筋を深く突く。

 そして訝しげに振り返った別のリザードマンの口の中へ鎧通しを突っ込んでその脳髄をえぐり抜いて絶命させた。


 びくびくと身体を震わせながら崩れ落ちていくリザードマン戦士を、草原へと投げ出して隠す鈴木重之。

 津田照算も普段どおりの静かな様子で鎧通しを使い、リザードマンの首筋を掻き切り、突き殺してたちまち本陣後方を無防備な状態へと変えた。


「よっしゃ……」


 2人の働きを隠れて見ていた昌長が小さく快哉を挙げる。

 しばらくして重之と照算が戻ってきた。


「……今のところ他はけえへんみたいや」

「ご苦労やで、ほないっちょやるかいっ」


 預けていた鉄砲を返して貰いながら鈴木重之が報告すると昌長はそう応じ、すぐに雑賀武者を率いて本陣へと近付いた。

 今度はごく普通に本陣のあると思しき奥へと向かって歩いていく。

 歩哨をくぐり抜けていることもあって時折遠くでリザードマン戦士の集団と行き交うが、彼らから誰何を受けることも無く昌長達は本陣まで達した。


 歩哨もいる上に敵は城に籠もって出て来ない、そう思い込んでしまっているリザードマン戦士達はまさかすれ違った者達がその敵だとは思わないのだろう。

 暗いこともあって人影の形や大きさもぼやけてしまっているのが幸いしたようだ。

 しばらく進んだ場所で大勢のリザードマンが集まっているのが、その場から発せられる赤い光で分かった。


 採光用の松明が焚かれるその場は、他の場所と異なり大柄なリザードマン戦士が列を作っている。

 そしてその中央には一際体格の良いリザードマンが大きな石の上に腰掛けていた。

 昌長はそのリザードマンが発する気配を正確に王者のものと読み取り、火縄銃を構えて狙いを定めた。

 昌長の行動を見て一斉に火縄銃を構える雑賀武者達。

 5名が一列になってしゃがみ込み、膝撃ちの態勢を取る。

 そこでようやく居並んでいたリザードマンの戦士長の1人が誰何の声を上げた。


「何事だ!?」

「蜥蜴人の王をば撃ち殺しに来たのよっ」

「な、何っ?」


 返答を聞いて驚く戦士長を余所に、昌長は自身も鉄砲を構えたまま叫ぶ。


「今やっ!ぶちかましちゃれっ!」


 その号令と共に、7丁の火縄銃から轟音と閃光が迸り出た。


 火縄銃が構えられたのを見て取ったレッサディーンは、はっと気付いて座っていた石からずり落ちるような形で地へと伏せようと試みる。

 それでも間に合わず肩と足、脇腹に焼けるような痛みを感じてうめき声を上げてしまうレッサディーン。

 白煙が周囲を覆い、混乱をいや増す戦士長達を余所にレッサディーンは失策を悟った。

 まさか少人数での本陣奇襲を許すとは!

 しかしそれで済んだのは幸いと言えるだろう。


 素早く装填を終えた昌長達は、再度発砲する。

 闇夜に閃光がきらめき、轟音の中に白煙が重なっていく。


 レッサーディーンの周囲に居並んでいた大半の戦士長は、何が起こったのかも分からない内に火縄銃から発射された鉛弾によって物言わぬ骸へと姿を変えられた。

 本陣の中には7人のリザードマンの戦士長の物言わぬ骸が転がり、どす黒い血液があたりを濡らす凄惨な光景となった。

 夜である事と照明が松明である事から色合いは若干弱いが、すぐ周囲に血液特有のカナサビに似た臭いが充満し始める。

 凄まじい轟発音はそれだけで留まらず、3度目の轟発音がマーラバントの軍陣に響き渡り、周囲の天幕や兵士達の悲鳴や怒号が次いで飛び交った。


「ら、雷杖かっ?くそっ……」


 言うことを聞かない身体を引き摺り、レッサディーンは必死に得体の知れない人影から逃れようと後ずさる。

 難を免れた戦士長達も、凄まじい轟音と目を焼く閃光に一時的に感覚器官を麻痺させられて右往左往するばかり。

 兵達もようやく集まってきたが、最初に集まった目端の利く、それでいて勇気ある兵達は4度目の雷杖の轟音で散らされた。

 しばらく混乱が続き、ようやく周辺から兵や戦士長が集まって来たが本陣の悲惨な有様を見て戸惑い、何が起こったのかも分からず、また指示を出す者がいないことからこれもまた右往左往している。

 その内に曲者達の姿はすっかり消えてしまった。


「敵が忍び込んだっ!探せっ、探して殺せえっ!」


 左肩と左足、更に左脇腹を押さえて血止めを施しながらレッサディーンが叫ぶと、ようやく兵や戦士長が動き始める。

 しかし既に曲者の姿は付近に無く、リザードマン達が周辺を右往左往する様子は変わらなかった。


 そして、再びの轟発音が轟く。


「ぬがあっ!?」

「ぐうええっ」

「見たかあああ!我ら月霜銃士隊、マーラバント本陣に参上じゃあ!」


 逃走したと思われる方向の正に真横から、再び6発の弾が本陣付近に撃ち込まれた。

名乗りが上がり、集まっていた兵士や指揮を執っていた戦士長が撃ち倒され、混乱に拍車が掛かる。


「あっちだ!追え追えっ、絶対に逃がすのではないっ!」


 再度の射撃で銃弾の破片を浴び、更には本陣内で敵の名乗りを上げられた上に顔を傷付けられ、レッサディーンが怒り狂って叫ぶ。

 ようやく指揮者の決まった兵が、たった今射撃が行われた方向に向かって追撃を開始すると、レッサディーンの周囲にも護衛兵や戦士長が集まってきた。


「王!ご無事ですかっ?」

「傷は負ったが無事だ。くっ……まさか背後から現れるとはっ」


 肩と顔、それに足と脇腹から血を流すレッサディーンが駆けつけた前線指揮の戦士長に問われて答える。

 そしてその口から興奮した様子で息が漏れる。


「八つ裂きにしても足りぬっ、絶対にここへ生かして連れて来いっ」

「はっ!」


 レッサディーンの怒りをもろに当てられてしまった戦士長が青くなり、配下の兵士達を指揮して追撃に移る。


「絶対に殺すっ!殺してやるぞおおおおおおおっっ!!」


 それを眺めながら、側近の行う応急手当に身を任せつつレッサディーンは、怒りに身を焦がして再度叫び声を上げるのだった。

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