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第53話 エンデ領域制圧戦1

誤字脱字報告、毎回どうもありがとう御座います。

本当に助かっております。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 月霜城への聖教使節受け入れより更に約1年の時が過ぎた。

 季節は冬を過ぎ、春から初夏。

 名も無き平原に水路で導入された水は広がる田畑を潤し、新緑の稲や粟、稗が勢い良く伸び始める頃。


 サイカの町は人口3万となり、いよいよ大きくなっている。


 その中心部にあるカレントゥ城もその威容を整えつつあり、火縄銃を抱えた各種人族の兵が多数行き交い、警備に就いていた。

 あれから月霜銃士爵領は更に大きくなり、既に支配下にあった碧星郡と北エンデ郡に加えて、西エンデ郡、東エンデ郡を蜥蜴人から奪い返し、それに加えてタゥエンドリン王から許可の出ていた名も無き平原の開拓が南端部で成功し、これを南荘郡として獣人達を入植させている。


 これでカレントゥ郡や青竜王領を除いた昌長の純粋な所領は約30万石相当。

 領域は広いがまだまだ農業生産が安定しないので、石高としてはこれからに期待だ。

 それと引きかえに交易は順調で、現在の昌長の収入は交易によるものが主体ではあるものの、軍兵を養い、開拓をする領主としては十分な財政規模である。

 しかし昌長はまだまだ満足していない。


「……まだまだこれからよ」


 眼下に広がるカレントゥの城郭、更にその外にはサイカの町並み。

 そしてその外側には、きらきら光る水路の水と、広い農地。

 しかし未だその外側には、広大で無限とも言える程の土地が残っている。

 土地を開拓し、戦いで領土を奪う。

 昌長の待ち望む戦乱の世が、いよいよ足音を間近にまで響かせて来ていた。



 しかし緊張は静かに高まりつつもグランドアース世界の各国間で大きな戦闘は勃発せず、皮肉にもそのお陰で月霜銃士爵領は順調な発展を続けることとなる。

 ここ数年で急速に高まり始めていた混乱と混沌はますます速度を増したが、それでも準備期間が足りず、各国は戦乱の時代を迎えるにあたり、不十分な体制でしかなかった。

 それ故に小競り合い程度で済んでいた国境争いや各国内での争乱。

 しかしこの束の間の平和はかえって各国に戦備の充実をもたらし、兵力動員の整備が進む結果となった。

 それまで数百単位であった兵力が、数千、そして国によっては万の動員が可能な態勢が整い始めたのである。


 月霜銃士爵領においても精々100から200程度であった兵力だが、人口の急速な増加もあって、既に1000名が動員できるまでになっていた。

 タゥエンドリン本国も体制の変換で本来の国力に相応しい動員兵力を持つに至ったが、それは各国も同様。

 国境で、関所で、あるいは同じ国内の権力者の領土の境目で、大規模な兵がにらみ合いを続け、お互いが越境しての小規模な攻撃が繰り返され始めた頃。

 戦乱の機運がいや増し、どこかで火の手が上がれば全てにおいて火の手が上がる。

 そういった雰囲気が醸成され始めていた。




 トゥエルンスレイウンの奥殿では、大神官グレゴリウスが自席にゆったりと腰掛けていた

 その机の前には呼び出された上神官カンナビスが立っている。


「分かっているな、カンナビス」

「大神官様!勿論ですっ!私めにお任下さい!」


 大神官グレゴリウスの言葉に、カンナビスは奇妙な笑みを浮かべながら答える。

 月霜銃士爵であるマトゥバ・マサナガとの交渉は残念ながら不首尾に終わった。

 交渉を含む穏便な手段はここまで、これからは実力行使を伴う。

 平原人の国家で聖教の影響下に無いものの存在は、許されない。

 マサナガが聖教を受け入れていればこのような措置はとらずに済んだのだが、平原人優位の教義を抱え、亜人と呼んで蔑む他人種排斥を唱える聖教にとって、他人種と融和的で混在を許す平原人の国家などは存在してはならない。

 それは教義の揺らぎを許し、果ては聖教の存在意義そのものを損ねる行いなのだ。

 故に、月霜銃士爵などと他人種である森林人の爵位を受けながら平原人を首長とする勢力となり、しかも急速にその勢力と影響を伸ばしている存在を聖教は許す事が出来ないのだ。

 

「私があの不信心者に鉄槌を下して見せましょう!大神官様っ、マトゥバ・マサナガを破門にして頂きたく!」

 

 わめき散らすカンナビスをちらりと見て、グレゴリウスは頭を抱えそうになった。

 そもそも信徒でもないマサナガをどうやって破門などにするのか。

 たとえ破門にしたところで彼の者には痛くもかゆくもない。

 マサナガに対する聖教の信徒の意識を悪いものへ変えることは出来るだろうが、マサナガの持つ領土は平原人の勢力圏からは隔絶した場所であり影響は皆無だ。

 そんなことも分からない者が、上神官の位に就いている現実。


 聖教の人材は、最早払底している。


 かつては大陸全土を股に掛け、説法や教義解説を通じて聖教徒を一挙に増やしたような力のある神官が居た。

 しかし、今やこの程度の見識しか持たないカンナビスですら上神官に就ける程に墜ちており、他の上神官たちもカンナビスと然程変わらない能力しか持っていない。

 能力の優劣より血筋や聖教に対する盲信ぶりこそが聖教の神官として求められる要素となってしまって久しい。

  大陸全土に号令を掛けた往事の力は、もはや聖教に存在しないのである。

 何とかしたいとは思うものの、その質の低下の実情は目を覆わんばかりだ。

 かく言うカンナビスも親が神官であるし、他ならぬグレゴリウス自身もそうである。

グレゴリウスはまだ為政者としての視点を持ち合わせているが、カンナビスはそうではない。

 精々いくつかの異形の者をその手中に収めて使役することが出来るくらいだ。

 聖教に対しては絶対的な忠誠を持っているので、汚れ仕事に最適であるが、逆に言えばそれ以上の存在ではない。

 グレゴリウスはため息を堪えようとして失敗するが、カンナビスは気づく様子もなくまくし立てていた。


「マトゥバこそが、月霜銃士爵こそが亜人共の協力者であり、悪の使いなのですぞ!」


 堪えることが出来ずしばらく額に手を当てていたグレゴリウスだったが、カンナビスの言葉に対して特に感銘を受けるはずもなく、また一向に気にした様子でもなく秘書官に命じる。


「……辞令を渡してやれ」

「はっ」


 秘書官は短く答えると、既に用意されていた辞令と一緒に不思議な羽根が収められた蓋の無い箱をカンナビスに手渡す。

 辞令にはマサナガを聖教の敵として討伐を命じるという趣旨の文面があるが、大ぶりな灰色と黒の交じった羽根には特に何の説明も無い。

 カンナビスは辞令を押し頂いた後、未だ下げられない箱を見て戸惑いの声を上げた。


「辞令は確かに……これは何でしょうか?」

「かつて我が聖教の上神官の1人が封じた異形の王の羽が、それだ。異形の王を復活させ、呼び出すことの出来る遺物だ」

「そ、そのような貴重なものを私めに?」


 グレゴリウスの言葉を聞いて感動を露わにするカンナビス。

 思わず手に取りそれを空かし見たカンナビス。

 その粗忽な振る舞いに秘書官が顔をしかめつつ、それでいて慌てて下がると、グレゴリウスは歪んだ笑みを浮かべた。


「んん?」


 カンナビスが違和感を感じると同時に、羽が一気に増えた。


「こ、これは一体っ!?」


 持った羽の根元からどんどん増える羽は、戸惑いの声を上げるカンナビスのその手からこぼれ落ち、その身を覆い始める。


「あ、つ、ああああっっ!?」

「……気分はどうだ、カンナビス上神官?」


 手を上げた姿勢のまま羽に全身を覆われて悲鳴を上げるカンナビスに、グレゴリウスは歪んだ笑みを向けたまま声を掛ける。


「あぐっ、うぐうううううっ、後生ですう!大神官様!どうか助けて下さいっ!」


 その後に続くのは言葉ではなく、悲鳴のみ。

 しばらく聞くに堪えない情けのない悲鳴と繰り言が続き、息も絶え絶えになったカンナビスが力なくグレゴリウスを見る。

 そこには貧相ながらも上神官としての振る舞いを一応していた人の姿は既に無く、大きな陸走鳥の身体を持つ異形の存在があった。

 カンナビスに渡した羽は、かつて大陸の平原地帯を荒らし回り、人族に甚大な被害をもたらした熱走王という異形の王の物。

 古代に聖教の上神官の地位にあった封魔士が術を使って封じたものだが、グレゴリウスが命じて開封させたのだ。

 人材は有効に使わなければならない、それがどうしようも無い者だとしても、馬鹿は馬鹿なりに使い道があるものだ。


「月霜銃士爵に詰問官を送り込む……貴様が詰問官だ」

「は、はひ……わ、わかりまひた……」


 それだけを答えると、カンナビスはがっくりと気を失う。


「マトゥバの背教姿勢が明らかとなった以上、勢力伸長を見逃すわけにはいかん……各国にも動員を働き掛けるか」


 グレゴリウスの視線の先には、失神したままのカンナビスがその異形の姿に縄を打たれて運ばれていく光景があった。




 カレントゥ城の城門前。


 そこには新たに編制されたエンデ方面軍団が勢揃いしていた。

 馬揃えと呼ばれる閲兵式がこれから開催されるのだ。

 軍団長は岡吉次。

 カレントゥ城から出たエンデ方面軍団は岡吉次を先頭にサイカの町を行進し、そのまま旧エンデ族領を切り取りに向かう事になっている。

 シントニアから移住してきたドワーフの鍛冶師達が製造した火縄銃を装備する、エルフやドワーフの銃兵に、獣人の槍兵。

 銃兵の持つ胴乱の中の弾薬は、青焔山で採取された硝石と硫黄、それから碧星乃里で焼かれた木炭を元に製造された火薬、更には大河水族を仲介しての交易で手に入れた鉛を使って造られたものだ。

 純粋にこのグランドアース世界において造られた火縄銃に弾薬、そして兵士達。


 緑色の鉢金に同じ色で縁取りされた革鎧、緑の肩布に銃身の長い狙撃用の火縄銃を装備したエルフ長銃兵100。

 鈍色の雑賀鉢に鉄製の軽鎧を身に着け、短銃身の抱大筒を装備したドワーフ大筒兵100。

 柿色の雑賀鉢と同じ色の革鎧に6匁筒を装備した獣人銃兵100。

 鉄で造られた丸い柿色の兜に同じく鉄で造られた柿色の鎧を身に付け、短めの槍を担ぐ獣人槍兵200。

 同じ形ではあるが、紺色の装備にやはり短めの槍を装備した平原人歩兵200。

 緑色の鉢金に緑色で縁取られた金属鎧を身に付け、左肘に丸盾、右手に直剣を装備したエルフ剣兵100。

 エルフ剣兵と同じ防具に長弓を装備したエルフ弓兵100。

 灰色の大盾と灰色の鎧兜で身を固め、直剣や戦槌、弩を装備したドワーフ重装歩兵200。


 この総勢1100名で構成されるのが、新設されたエンデ方面軍団だ。

 マーラバントのリザードマン達との戦いは湿地帯で行われるため、あえて騎馬兵は編制しておらず、馬は伝令や後方との連絡用として使い番役の兵士が数頭保持しているのみで、大将である岡吉次も行進は徒歩でする事になっている。

 設えられた貴賓席には、青竜王アスライルスにエルフからフィリーシア王女とレアンティア王妃、ドワーフはバイデンにナルデン、獣人族からユエンとタォル、大河水族のヘンリッカ、そして雑賀衆の昌長、義昌、照算、宗右衛門が揃っていた。


 聖教のエウセビウスも招待はしたが、亜人族と同席出来ないと出席を断ってきた。とは言え、昌長の軍事力を見る機会である。

 侍らせている女間者共を民衆に紛れ込ませ、のぞき見させていることだろう。

 岡吉次の号令で火縄銃が一斉に発砲され、白煙と閃光、撃発の轟音がカレントゥ城からサイカの町中に響き渡り、兵達の喊声が上がった。

 見物に集まっていたサイカの町の住民達が一斉に拍手と歓声を送る中、エンデ方面軍団が武具と足並みを揃えて行進を始める。

 揃った足音に武具の打ち鳴らされる音が重なり、更に適宜岡吉次の号令で発せられる鬨の声が民衆の歓声に弾みを付ける。





 ラークシッタとフラーブフの2人の戦士長はいきなりの窮地に色を失う。

 それまでも小規模なリザードマン居留地に攻撃を仕掛けてきていた月霜銃士爵軍だったが、それとは比ぶべくもない攻勢が掛けられた。

 いよいよ本格的な侵攻が開始されたのだ。


「フラーブフよ、過去の遺恨はあろうが、ここは曲げて協力して貰いたい」

「それはこちらとて同じ事だ、ラークシッタよ……しかしこのままでは負けは必定。援軍を頼む他ないと思うが、どうか?」


 ポーロシスが討たれて以降も何かと主導権を巡って諍いを継続し、月霜銃士爵の攻撃に押されっぱなしであった2人の戦士長。

 敗亡の危機を感じ、ようやく事の重大性に気付いて協力態勢を構築したが、それは如何にも遅きに失した。

 2人の戦士長が協力したことで動員力は増えたが、それでも600程度のリザードマン戦士を集めるのがやっとの状況であり、碧星乃里により近いラークシッタの居留地の前に布陣している月霜銃士爵軍の半分程度に過ぎない。

 形振り構っていられなくなった2人の戦士長が出した答えは、かつて自分達を放逐したリザードマン国家のマーラバントへの援軍要請だった。


 元々大戦士長であったカッラーフがマーラバント王であるレッサディーンに反目し、新たな土地を求めてタゥエンドリンのエンデ族を攻めたのが始まりだ。

 カッラーフは死んでしまったが、その配下であったラークシッタとフラーブフにもマーラバント王には不満の念が未だにある。


 それはマーラバント王としても同様であるだろう。


 しかし事ここに至っては座して滅亡を待つよりもかつての遺恨を水に流し、あるいは反目と離脱を謝罪して助けを乞う方がよいと、2人の戦士長は判断した。

 レッサディーンとしても既に離脱を主導したカッラーフが死んでいることで溜飲は下がっているだろうし、何より豊穣なエンデの地を自身の新たな支配下に収めることが出来る好機。

 きっとこの話には乗ってくるはずだ。


「……では、使者を双方の戦士から1名ずつ選んで出すことにしよう」

「同意した。それと同時に戦支度を始めねばなるまい」


 未だ月霜銃士爵軍は湿地帯にまで至っていない。

 しかしその縁までは到達しており、戦端は何時開かれてもおかしくない状態だ。

 リザードマンの居留地は湿地帯の中に作られた一段高い場所であるものの、防御設備は低い土塁ぐらいであり、その機能は高いとは言い難い。

 基本的に攻められることが歴史的になかったが故に、防御というものについては疎いだけでなく軽視しているリザードマン達。


 大陸北東部の大湿地を発祥とし、人口の拡大と共に生息域を広げ、各地の人族を追い払って領域を拡大してきた彼らに守りの姿勢はない。

 攻め込んだ挙げ句に敗れて全滅することはあっても、リザードマンの領域である湿地に攻め込もうという人族はいなかったからである。

 しかし、今正にこの時をもってその長いグランドアースの歴史が変わる。

 初めて劣勢に立たされ、防御戦闘を余儀なくされたリザードマン達。


「おのれ、マサナガめ……我が乾坤の一撃を持ってヤツを食い破ってくれるわ!」


 ラークシッタの声にポーロシスを始めとしたリザードマン達が意気盛んな喊声と共に応じるのだった。

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