表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/107

第45話 シントニア攻防戦1

「しかし聞きたい事がある、おまんらわいらが外の兵共をば追い払った後はどうするんや?」

「そ、それは……」


 ナルデンが昌長の質問に言葉を詰まらせた。

 現状、ネルガド王に降伏するしか道は無いが、交渉を持ち掛けただけで兵を派してきた英傑王がシントニアの首脳陣を許すとは思えない。

 ましてや現在の苛烈な都市攻撃を見れば、都市の民の命や財産が保証されるとも考えられなかった。

 ネルガド王はシントニアの完全征服と、自国への完全編入を狙っているのだろう。

 同時に攻撃を受けている都市を合わせれば、ネルガド王は本拠地である南部山塊から大陸南岸に至る広大な地を安定的に支配する事が出来る。


 加えてシントニアを手に入れれば大河の河口を制する事も可能だ。


 ネルガド王がどの程度までの領土を欲しているのか今は分からないが、自由都市7つを攻め落として得られる財貨や領土、奴隷は莫大なものになるはず。

 一旦兵を休めてから新たな征服戦争に乗り出さないとも限らない。

 より広大な領域の支配をネルガド王が狙っているのならばそうするだろうし、そうなった時にシントニアが一時的に兵を撃退した所で無駄な事である。


 倍加したネルガド王軍が押し寄せるだけだろう。


 女子供は奴隷として連れ去られ、職人や工人、衛兵は奴隷労働、首脳陣は全員処刑されるのは目に見えている。

 バイデンは顔を上げると、目の前に傲然とも見える態度で立っている昌長を見た。


「……月霜銃士爵殿、我らに逃げ場所を与えて下さらぬか?」

「ほう?」

「ここでネルガド王に降ったとしても、一度抵抗した都市が許される事はあるまい。間違い無く住人全員に過酷な仕打ちが待っているだろう……それならば思い切って都市を遠方へ移すしかない」

「そ、それは……」

「ううむ」


 ナルデンが驚き、リンデンは腕を組んで口をへの字に曲げる。

 3世代に渡って築いてきた都市を捨て、窮地に救いの手を差し延べてくれたとは言え、得体の知れない平原人の支配する遙か北の地へ向かうというのだ。

 戸惑い、躊躇しない方がおかしいのだが、他に手が無いのも事実。

 衛兵達も一様に項垂れてバイデンの発した言葉の重みを実感する。

 周囲の様子を眺め、自分と同じくこの都市の発展に尽力してきた、兵や官吏、民達が自分と同じ思いである事を嬉しく思うバイデン。

 しかしながら、それだからこそ自分が都市の放棄を宣言しなければならない。

 バイデンは自分の手元にある戦槌を撫でながら口を開いた。


「都市を失えば交易の道をも失う事になろう。しかし我らには坑道人ドワーフの技術がある。鉱山を見つけ出し、採鉱し、鉱石を選別し、金属を打ち鍛え、鋳て、細工を施して、美麗で優雅、且つ実用的で頑丈な金属器を作る術がある」

「も、もちろんですとも」


 職長のナルデンがバイデン言葉に頷く。

 バイデンはナルデンに頷き返しつつ、言葉を継いだ。


「シントニアは都市としての命脈は尽きたとは言え我らはまだ生きている、我らの技術もまた生きている。そうであれば何処に行こうとも我らは我らシントニアの坑道人だ。私は生き残った民人を全て月霜銃士爵の下へ逃がす」


 シントニアはここに都市の放棄を決定した。

 バイデンが朗々と発した決断の言葉に頷き、昌長は口を開く。


「その意気や良し、民をば全て我が領へ受け入れようやないか!」

「ほやけど、見たところ1万からの民をどうやって逃がす?」


 昌長の言葉に義昌が真顔で尋ねると、昌長は笑みを浮かべて応じる。


「気遣い無い、手立ては考えちゃある」


 昌長はバイデンに不敵な笑みを浮かべ直して問う。


「執政官殿、この都市の船舶はいかほど残りよるか?」

「……わしが代わって答えましょうぞ。戦艦は10艘、しかし全て民を乗せて現在は沖合で停泊中ですわい。商船や輸送船は小さな物も合わせて10艘」

「海港を持つ交易都市にしては少ないやないか」


 リンデンの回答に重賢が渋い顔で言うと、リンデンも渋い顔で応じる。


「各地へ派遣しておる船舶も多数あるのじゃが、これは直ぐに戻せぬ。それに攻撃が始まってからシントニアに船が寄りつかんのじゃ」

「ふうむ、道理やな……ヘンリッカよ」

「何?」


 リンデンの説明に納得した昌長は、傍らのヘンリッカに話しかけた。


「この周辺の水族に頼んで、水の確保ができる、人が1万程居てられる場所を貸して貰うように渡りを付けてくれやんか」

「それならばこのシントニアの直ぐ外側に島が1つあるよ。大丈夫、島には誰も住んでいないし、水族は島の上でいるだけなら何も気にしない」


 ヘンリッカの答えに満足した様子で頷くと、昌長は彼女を示しつつバイデンに向き直って言う。


「取り敢えず今ある戦船を使うてそこへ民共を避難させよ、案内は水族の者がする。戦のけりが付いたらゆっくり領へ運ばせたらええ。ヘンリッカ頼むわ」

「分かった」

「わ、分かった。ナルデン、手配をしてくれ」


 昌長の依頼に快く応じるヘンリッカ。

 一方のバイデンは直ぐに指示を出し、それを聞いた職長のナルデンがヘンリッカやその護衛と共に慌ただしく出て行くと、昌長はリンデンに顔を向ける。


「兵はどのくらいいてる?得物は?」

「最初150名いた都市衛兵は残り73名だ。武器は戦斧と槍、戦槌に機械弓が5張ある」

「前々から思うてたが、人の住み暮らす数に比べて兵の数が少ないな?」


 昌長の言葉にバイデンとリンデンが顔を見合わせる。

 昌長の常識、つまり戦国期の日の本であれば1万の人がいれば200から500は兵が動員出来る。

 危急存亡の秋ともなれば総動員を掛けるのだから、軽く1000名は兵を確保できるはずだが、この世界では概ね1万人に比して100名前後の兵しか持たない場合が多い。

 今も都市が滅びるかどうかと言う瀬戸際ながら、僅か150余りの兵しか用意していない。

 不意を打たれたとはいえ、兵の数が少なすぎると昌長は感じたのだ。


「戦乱の世が続いていたわけではないからな、武器防具の備えはそれ程無い。衛兵は平時であれば80名程しかおらぬ」

「慌てて作っては見たものの、武器防具は50組を製造するのがやっとだった。後は戦闘になってしまって悠長に武具製造をするどころではなかったのでな」


 リンデンとバイデンの答えに昌長は溜息を吐く。

 要するに、グランドアース世界はまだ平和な時代にあるという事だ。

 未だ戦備がどの勢力においても整っていないと言う事だろう。

 武器防具、矢玉などの戦時品の大量生産や売買は平和な世界では振るわない。

 使われない物は廃れ、儲からない物が造られないのは当然であろう。

 グランドアースは正に平和から混乱への過渡期にあるのだ。


「南岸諸都市連合では盛んに武器防具を生産し、来たる戦乱の世を見据えて商売に繋げようとしておるようだがな」

「ネルガド王といえどもこれ程の兵と戦備を整えるのは、相当無理をしただろう」


 昌長の溜息にリンデンとバイデンが反応して言葉を継ぐ。

 ネルガド王の治めるゴルデリア坑道王国は南部山塊の高山地帯を本拠と為し、南部山塊の山麓や南洋沿岸に至る平原人の住む平野部を支配下に治めた広大な領土を持つ。

 屈強な坑道人ドワーフの重装歩兵や重兵器兵を主体とし、平原人の弓兵や軽装歩兵、騎兵を擁する軍事国家としても有名である。

 現時点で7つの都市にそれぞれ500ずつ兵を派遣している事を見ても、相当な国力を有していることが分かる。


「敵の兵力と武具、それから将は分かるか?」

「重装備のドワーフ兵500、投石機5基に機械弓50機、弩が200丁もある。これを率いる将は……指揮はともかく乱暴な事で有名なゲルトンだ」

「将は乱暴者か、わざとか本物かまだよう分からんが、兵は多いなあ……」


 感心したように漏らす鈴木重之。

 昌長達も、こちらの世界に来てから大型の攻城兵器である投石機や機械弓、弩の構造や攻撃力、射程からその一般的な運用方法までをフィリーシアから学んでいる。


「投石機は外門を越せてへんかったからな、気にせんでもええやろ。注意せなあかんのは弩と機械弓やな」


 機械弓はその名の通り、バネと歯車を組み込んだ強力な弩で、長い射程と強い威力を誇る反面、命中精度と連射性に難がある。

 弩も鎧や薄い装甲なら貫通してしまう威力を持つものの、射程とやはり連射性に難がある。

 弩の運用方法は鉄砲に近いが、射程が遥かに短く、また音も威力も鉄砲の方が遥かに大きく、その戦場における威嚇効果は比較にならない。


「義昌」

「おう」


 昌長の呼び出しに、佐武義昌が目つきを鋭くし、低い声で応じる。

 前に進み出た義昌が持つのは、愛用の火縄銃。

 石山合戦にいたる以前から紀伊雑賀郷で武名を轟かせた、義昌常用にして愛用の逸品。


「敵将は乱暴者らしいわ。うまいこと前へおびき出しちゃるさけに、でこちんち抜いちゃれ」



 昌長以下の雑賀武者4名、ユエン率いる獣人兵5名、フィリーシアとリエンティン率いる森林人兵10名、鈴木重之が臨時で率いる都市衛兵73名の総勢93名のシントニア臨時軍は、内門前に集合した。

 因みに湊惣左右衛門高秀と水手頭のワゥンは、ヘンリッカや水族の協力を得てシントニアの住人が都市を脱出する手助けをしている。

 昌長はどんと足を踏みならすと気合いの入った声を発する。


「ええか!無理に押し出す必要は無い!敵を引きつけるんが目的や!分かったか?分かったら手筈どおりにかかれい!」


 昌長の号令で、内門の胸壁から一斉に身を乗り出す各人種の兵士達。

 雑賀武者は火縄銃を構えて引き金に指を入れ、獣人兵は投げ槍を肩に担ぎ上げる。

 森林人エルフ兵は強弓を引き絞り、坑道人ドワーフの都市衛兵は手斧や弩、機械弓を操作して狙いを定めた。



 一方その直前、ゲルトン将軍率いるネルガド軍は、それまでシントニア側の抵抗らしい抵抗も受けずに内門まで迫っていたことから完全に油断していた。

 自分達は500人もの大軍であり、しかもその所属は近隣に並び立つ者が無い程の英傑王ネルガド軍である。

 シントニアという身の程を知らない田舎小都市は、少しばかり中継貿易で利を上げている事を鼻にかけ、自由都市などと名乗っているばかりか今回生意気にも貢納金の増額でネルガド王の穏健な支配を免れんとした。

 他の7都市も似たり寄ったりの対応、つまりはネルガド王の庇護下に入ることを断るなどという実に愚かな選択をした都市ばかりだ。

 最初から懲罰、見せしめ攻撃の意味合いが大きく、しかも相手が寡勢で弱い上、油断しているだけでなく絶対に援軍が無いことが分かっているとあっては、侮らない方がおかしい。

 指揮官であるゲルトン将軍だけでなく、兵士達も既にこの戦いにおいては勝った気分でいたのである。


 この部隊を率いるゲルトン将軍は勇猛さと残虐さで知らぬ者は無いほどであったが、典型的な猪突猛進型の将軍であることも同時に知られていた。

 剛毛を顔中に生やした坑道人ドワーフ将軍ゲルトン。

 鉄色の角張った鎧を身に付け、肘に鉄製の丸盾を装備し、手には大きな鉄製の棘付き棍棒がある。

 兜には大きな牛の角をあしらった衝角を付け、鼻息も荒く割れ鐘のような声で言葉を発した。


「ふふん、我ら勇猛なるネルガド王配下の軍。田舎都市など一撃よ!」

「敵の抵抗は微弱です、将軍」


 追従するかのような副官の言葉に更に機嫌を良くしたゲルトンは、右手の分厚い棍棒を振り上げて号令を下す。


「何時までぐずぐずと薄い門に手こずっている!一気に噛み破れいっ!」


 散発的に行われる弓矢の攻撃を避けるべく、置き盾を前面に出しながら攻城槌を前に出し、シントニアの内門を攻撃していた兵士達だったが、ゲルトンの発したその号令で一気呵成に攻めかかる。

 用意されていた雲梯が持ち出され、鈎縄が胸壁に向かって投じられると同時に、弩と機械弓による攻撃が門扉へと集中して行われた。

 頑丈な青銅製の門扉は機械弓や弩の矢玉に乱打され、みるみる打ちにひしゃげ、その上から攻城槌によって打撃を加えられて打ち込んである鋲や捻子釘が弾け飛んだ。


「うわははははああっ、もう一息じゃい!」


 大笑するゲルトンの目の前で雲梯に坑道人の重装歩兵が群がり昇り、鈎縄を平原人の傭兵が昇り始め、攻城槌によって内門には更なる打撃が加えられていく。


「進め進めい!勝利は目前ぞ!」


 本陣を前に進め更に追加の兵を攻撃に投入するゲルトン。

 シントニアが正に陥落寸前の危機に陥ったその時、突如として城壁の上にシントニアの兵が居並ぶ。


「うぬっ?この期に及んで無駄な抵抗をするかっ、愚か者共め!」


 そうゲルトンが言葉を発したその瞬間、城壁の上から火縄銃の激発する轟音が轟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=221566141&size=300
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ