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第28話 竜洞にて1

「青竜王様、黄竜王様の御遺体はいかが致しましょうか?」


 竜洞に戻り、アスライルスが自分の衣装櫃から、あれやこれやと服を取り出してはためつながめつしている姿を見ながら、手伝いを申し付けられたフィリーシアが問い掛けると、アスライルスは一瞬、服を持ち上げた手を止める。

 アスライルスが手に取ったその服は、三日月が意匠された青絹製の長衣。


 各国と交渉するに際し、人化した時に着る服と定めていた物だ。


 100年以上も着る事の無かった物だが、衣装櫃に刻まれた保管の竜術によって劣化する事も虫喰いに遭う事もなく、流れるような滑らかさを些かも失っていない。

 アスライルスは昌長から借りていた外套を脱いでフィリーシアに手渡すと、手に取った長衣をゆっくりと着用する。

 次いで緑青色の腰帯を同じ意匠櫃から取り出して身につけると、傍らに置いていた青銅製の竜杖と呼ばれる、竜頭を模した意匠を付けた杖を持った。

 最後にアスライルスは、壁から出た岩の突起に掛けてあった、これまた青銅製の頭鐶を頭に載せてから、溜息を吐きながら答える。


「彼奴に様など付けなくとも良い」

「ですが……七竜王の第三位にいたお方です」


 フィリーシアが預けられた外套を丁寧に畳みながら言うと、アスライルスはその手からすらりと外套を奪い、長衣の上から羽織って言う。


「其の位階は意味を失って久しい。それにあくまでもも便宜上の位階じゃ。今更拘る理由は有るまい……しかし、そうさな、其の黄竜の遺骸であったな?」

「はい」


 アスライルスからの問い掛けにフィリーシアが殊勝な態度で答える。

 もちろんフィリーシアにも魂胆があった。


 竜鱗や竜牙、竜爪など、下位竜の物であればごく僅かに流通する事もあるが、高位竜、しかも竜王を名乗る竜の物など出回る事はまず万が一にもあり得ない。

 それは高位の竜が今まで死んだ事も討たれた事もないからだ。

 ごくまれに竜王に気に入られた勇者や王がその1枚や1片を下賜される事があったとしても、与えられた者達が使用したり保管して終わりである。

 そういった意味では、黄竜王の死骸は万金に値するのだ。

 もし黄竜王の遺骸を自由に利用して良いというのであれば、月霜銃士隊の懐が潤うどころの話ではない。


 それこそ国家予算単位の金銭が得られるだろう。


 黄竜王の遺骸はレアンティアがフィリーシアに語る、エンデの地の復興と昌長の勢力成長策には是非とも獲得したい資源であった。

 それでなくとも昌長率いる月霜銃士隊の財政基盤は脆弱だ。

 今は王都からの援助と碧星乃里の税収があるのみ。

 その王都からの援助も今でこそ滞りなく行われているが、王の考え如何によっては簡単に打ち切られてしまうだろう。

 碧星乃里は蜥蜴人による打撃から回復しているとは言い難く、しかも税収が得られるのは来春以降だ。


 それに里の規模が大きいとは言え、わずか2割の税収のみでは月霜銃士隊の生活費込みの運営費だけで使い切ってしまうだろう。

 しかし黄竜王の遺骸があれば、そして十分に利用出来れば財政的な問題については解消されるだけでなく当分の間の運営資金を得る事も出来る。

 竜鱗と竜爪、竜牙から得られる収入だけで、カレントゥ城の城下町の構築やエンデの地の復興、碧星乃里の拡張や重要拠点を結ぶ街道の敷設や開発に掛かる費用をほぼまかなう事が出来るだろう。


 当然ながらそれらを守れる兵を十分に雇い、養い、そしてその武具の補充や新調をしっかり終えた上での話だ。

 もちろん討ち取った昌長が遺骸を自由にして良いのだが、昌長自身は竜の身体の値打ちがどの様な物か知らない様子で、今は黄竜王の遺骸を腐敗する前にどうやって埋葬するか義昌らと話し合っている。


 ユエンと獣人達が竜鱗や竜爪の価値や貴重さについて一生懸命説明しているようであるが、いまいち伝わりきっていない様子だ。

 一方のアスライルスは少し考える素振りを見せている。

 アスライルスも馬鹿ではない。

 人族にとって竜の身体がどの様な価値を持っているのかよく知っており、フィリーシアの暗に求めるとおりにすれば黄竜の遺骸が解体の憂き目にあうことも知っている。


 本来なら同族であり同輩でもある竜の遺骸を人族になど預ける事はしないだろう。

 しかしながら黄竜王はアスライルスからすれば心身を汚そうと戦いに疲れ果てていた自分の隙を突いて襲いかかり、あげくに自分を呪いによって石柱に封じたその元凶であり、恨み骨髄に徹してもいる。

 アスライルスに複雑な感情がある事を察したフィリーシアは小さく囁くように言う。


「……マサナガ様も、青竜王様に感謝致しますことでしょう」

「この……雌狐エルフめがっ」


 アスライルスは一瞬怒りの表情を浮かべた。

 アスライルスも丁度昌長の事を、自分の中にある判断の天秤に錘として加えようとしていたところであったのだが、先んじてフィリーシアから言われてしまったために入れ知恵されたような形になった事に不快感を覚えたのだ。

 もちろんフィリーシアが因縁浅からぬタゥエンドリン王の娘であるからこそ、不快感を覚えたのは言うまでもない。

 しかしアスライルスはそれで判断を曲げるつもりはなかった。

 アスライルスは衣服を整えつつ溜息を吐く。


「分かっている、竜鱗は何物にも代え難い価値を持って居るからな。妾に無体を働いた狼藉者の遺骸である、慣習通り討ち取ったマサナガの好きにすれば良い」

「……マサナガ様の自由にして良いのですね?」

「妾はそう申した」


 昌長の、と言う部分を強調するフィリーシアとアスライルス。

 その視線のぶつかるところで、目に見えない激しい火花が散る。


「……マサナガは剛勇にして深謀の統率者、其の方は彼の士に相応しく有らぬ。陰謀好きのエルフは身を退くが良いぞ」

「マサナガ様は人族です。青竜王様には番に相応しき竜王様がきっといらっしゃいます」


 目を怒らせたまま嘲りの笑みを浮かべたアスライルスが言うと、目を同じく怒らせたフィリーシアが負けじと言い返す。

 その後、ただただ静かににらみ合う2人。

 ちりちりとした空気が満ち、一触即発の雰囲気の中、竜洞の入り口付近からユエンののんきな声が聞こえてきた。


「あ、そうだマサナガ!頼みが有るんだ!」

「ん?ユエンが何の頼みや?」

「あれ、あれやって欲しいんだ、竜の王様にやった横に抱き上げるやつ!」

「あれて……ああ、あれなあ。構わんで?」

「やったあ!」


 喜んで飛び跳ねるユエンの様子が手に取るように分かる。

 それまでにらみ合っていた2人はあっさり対立に幕を引くと、慌ててアスライルスのプライベートエリアから飛び出した。


「ちょっと待てえい!」

「駄目ですユエンさん!」


 そして頬を紅潮させ、両手を握りしめて胸の前に引きつけるユエンを抱え上げるべくその膝裏に手を差し入れようとしていた昌長を制止する2人。

 その声に驚いた昌長とユエンの動きが止まり、後方で苦笑している義昌や吉次らとリエンティンが飛び出してきたアスライルスとフィリーシアを見る。

 昌長は動きを止めて立ち上がると、アスライルスの出で立ちを見て顎に手やり、うんうんと頷いてから言う。


「おう、着替え終わったんか、よう似合うちゃあらいして、ええ色合いや」

「そ、そうか?」


 その言葉に一瞬で笑み崩れるアスライルス。


「……青竜王様、悠長に照れている場合ではありません」


 もじもじと竜杖を抱えて身を捩っているのを見て、溜息を吐いたフィリーシアがそう言いつつユエンをにこやかに睨む。

 続いてアスライルスも威厳をただして言葉を発する。


「ん?おう、そうであった。其処な獣人の娘よ、妾の目前でマサナガを誘惑するでないわ。油断も隙も無いとはこのことよ」

「な、なんだフィリーシアっ、竜の王様も……邪魔するなよう」


 少し後ろ暗いところのあるユエンは、2人の言葉と視線にぎくっと身体を強張らせながらも抗議する。


「……ズルは許しませんよ?」

「ずるくないっ、ちゃんとお願いしたぞ!それで昌長がやってくれるって言ったんだ」

「それをズルというのですよ?」

「正しくは抜け駆けというのだ。まあズルだな」

「違うっ」


「やれやれ」


 今までの2人にアスライルスが加わって賑やかな事この上ない。

 昌長は苦笑を漏らし、宗右衛門と微妙な笑みを向けてくるリエンティンに近付いて口を開いた。


「首尾はどうかえ?」

「温泉がありまして……相当量のユノハナと言うのですか?黄色いそれが湯の中に出来ていました。尤も既に温泉自体は発見され、利用されている様子で、周辺の岩が綺麗に整えられていました。おそらく青竜王様の入浴場かと」

「こっちもあった。火口にはあらへんかったけど、途中にある湧出地からええ硫黄がようけ出てたわ」

「そうか!」


 リエンティンと宗右衛門の報告に相好を崩す昌長。

 これで月霜銃士隊の力の源、黒色火薬の原料で最後まで入手に悩んだ硫黄を安定して確保することが出来る。

 喜ぶ昌長を余所に、3つ巴の言い合いから抜けてきた青竜黄アスライルスが不穏な声を発した。


「妾の領で勝手に資源探査をしたのか?」

「おう、まあ最初からこっちが目的やったんや」


 悪びれずに言う昌長に、アスライルスは溜息をついて言う。


「……最初に言ってくれ。必要な資源があれば分ける、勿論正当な対価は求めるが」

「頼めるんか?」

「ああ、他ならぬ妾の命と名誉を救って呉れた昌長の言う事だからな、否やは無い。其れに元々妾は交易はして居たのだ……其れで、必要な物は何だ?」

「悪いんですが、試しに1つ拾って来さして貰うております」


 昌長の問いに微笑みと共に言うアスライルスに、宗右衛門が硫黄の張り付いた石ころを手に取って見せた。


「気にせぬで良い」


 それを宗右衛門から受け取り、手に取ったアスライルスは興味深げにしげしげと眺める。

 いつも温泉で見る臭気の強い黄色の粉末だ。

 燃える事は知っているが、以前交易していた人族達はこの硫黄を求める事はほとんど無く、特に今まで気にした事は無かったアスライルス。


「此が必要なのか?」

「そうや、それを探してわざわざここまで来たんやよ」


 昌長の返答に、感心した様子で頷くアスライルス。

 聞けばカレントゥからここまでやって来たのだという昌長達。

 エンデの地が蜥蜴人によって亡ぼされ、半ば占拠された状態であるという事にも驚いたが、その中の獣人の集落を奪回した昌長達の行動にも驚いた。

 あの強力な武力を持つ蜥蜴人が、今や四分五裂の状態だと言う。

 しかし昌長達月霜銃士隊の持つ魔道杖、通称雷杖にはいくつかの触媒が必要で、その触媒の1つを求めてこの青焔山まで来た事を説明されているアスライルス。

 一通り世界の情勢と併せて硫黄に関する説明をフィリーシアらから聞いたアスライルスは、ゆっくりと頷き言葉を発する。


「成程よく分かった、マサナガは此の黄色の結晶や粉末が必要か。良いだろう、妾の領内にある分に関しては幾らでも持って行ってくれて構わぬ」

「助かるわ」

「そうだな……他の物も併せて持って行って構わぬぞ?」

「嬉しい申し出やな、因みにここでは他に何が採れるんや?」


 アスライルスの申し出に昌長が逆に問うと、アスライルスは首を傾げてから答える。


「銅や錫、亜鉛、鉄が多いな……後は金や銀が少し、それに各種の宝石と言った所か?」

「全部ええんか?」

「うむ、構わぬぞ。だが先程言った通り対価は求める」


 余りに気前の良い申し出に、竜の悪癖を知るリエンティンとフィリーシアが驚く。

 普通、金銀宝石にかなり執着する癖を持つ竜族にしては珍しく、アスライルスは割と物欲には淡泊な性格のようだ。

 おそらくアスライルスに関しては、竜の執着が知識を貪欲に欲するという形で出てしまっているのだろう。


 その分物欲に関しては執着が薄いと見えた。


 硫黄の張り付いた石ころを宗右衛門に返すアスライルスを見てリエンティンが考えていると、アスライルスは竜杖を地面に突き立てた。

 その場所からぼこぼこと岩の形が変形し、驚いて飛び退く昌長と宗右衛門を余所に、その岩塊は次第にテーブルと椅子の形へと変わる。


「好い加減にして此方に来ては如何か?飲み物を用意するぞ」


 アスライルスはテーブルと椅子を作り終えると、昌長達に勧めつつ、未だ争っているフィリーシアとユエンにも声を掛ける。




「それで、採取に関してはこっちで人を用意してええんかいな?」

「ふむ、人手か……それならば」


 昌長が問うと、アスライルスはそう言ってから鈴の鳴るような声を咽から発した。

 すると中空から羽の生えた小さな人型の者達が一斉に現れる。

 アスライルスが身体から緑青の淡い光を放つと、その人型の物が周囲に群がった。


「おお!?」

「……面妖な」


 昌長が度肝を抜かれて仰け反るのを見たアスライルスが、悪戯っぽい笑みを浮かべてその中の1人差し招き、指に止まらせてから言葉を発した。


「マサナガは妖精族を知らぬのか?」

「知らんなあ、びっくりしたわえ」


 そのひょうきんな答えを聞き、軽やかな笑い声を上げるアスライルス。

 一方のフィリーシアとリエンティンはただただ驚いていた。


「青焔山が小妖精族の大集落だったとは……」

「知らぬのは当たり前だ、妾が隠して庇護して居たからな……幸いにも此奴らは身を隠す事だけは上手い、100年間無事だったようだが、ひもじい思いをさせたのでな。まずは食事を与える事を許してくれ」


 アスライルスの発している緑青色の光が食べ物なのだろう、小妖精達はその中を縦横に飛び回り、出て来ては満足そうな顔をしている。

 その中の1人、小さな少女の形をした小妖精が宗右衛門の鼻先にちょんと腰掛けて止まった。


 それを見た昌長が大笑いする。


「はははは、気に入られちゃあらいしょ!」

「……気に入られるような事は何もしてへんのですけど」


 顰め面となった宗右衛門の鼻の先で足をぷらぷらさせていた小妖精は、続いてその肩へと止まる。

 相変わらずの満面の笑みを浮かべたまま、小妖精の少女は楽しそうに困り顔の宗右衛門の肩の上で跳び跳ね始めた。


「くくく、ソウエモンとやら、其奴は其の方を本当に気に入ったようだぞ?」

「そうえもんさん、妖精に気に入られるというのは凄い事なんですよ!」

「そうだぞ、ましてや平原人のお前が気に入られるというのは滅多に無い事なんだ」


 それを見ていたアスライルスが堪りかねて笑いながら良い、笑いを堪えたフィリーシアとリエンティンも相次いで言う。

 因みに昌長は腹を抱えてまだ笑っている。


「あ、あの、青竜王殿、そ、そろそろ本題に入ってくれませんか?」


 ぺしぺしと兜のしころを叩いている小妖精を無視し、真面目な顔で言う宗右衛門に笑いが爆発した。


「的場様あ……」

「す、済まん済まん……くくく」

「青竜王殿……」

「わ、悪いなソウエモンよ……まあ、そう邪険にしてやって呉れるな」


 そう言うとアスライルスは再び鈴の鳴るような音を咽から発し、周囲に居た小妖精を集めて言葉を継いだ。


「件の硫黄集めはこの小妖精達にやって貰う事にするのでな」


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