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第22話 カレントゥ城での1泊

 カレントゥ城、城主執務室


 ここ、カレントゥ城の城主執務室に置かれた長方形の大きなテーブルには、城主である的場昌長が上座に座り、その左側には補佐役の佐武義昌、右側にはフィリーシアが座っている。

 フィリーシア側である右側の席には上席より、フィリーシアの母である王妃のレアンティア、家宰のホルフィク、剣兵長であるリエンティン、弓兵長であるミフィシアが席に着いている一方、左側には碧星乃里の領主となった里長代行のユエンが座っている。


 現在のカレントゥ城の構成員は、領主である昌長を頂点に、エンデの守備隊長であるフィリーシアとその母親であるレアンティア、更にはその部下達が主体となってカレントゥ城を統括している。

 家宰のホルフィクは見かけは白髪で細身の初老を迎えた森林人。

 レアンティアが王に輿入れした当時からレアンティア付きの執事として従っている、古参中の古参と言って良いほどの人物である。

 戦闘能力をほとんど持たないレアンティア付きの執事や侍女達は、カレントゥ城の復興が完了してから、カレントゥへ向かう補給隊の護衛と共にホルフィクの指揮でこの地へやって来たのだ。


 リエンティンはレアンティアと同じ年頃の女性だ。

 長い金髪を後ろで1つにまとめ、背筋をぴんと伸ばし美貌を厳しい表情で覆って座って居る姿は、如何にも剣士らしいすがすがしさで溢れている。

 弓兵長のミフィシアもレアンティアと同じ年頃の女性で、こちらは肩まで銀髪をそのままに、柔らかい笑みを浮かべて両手を机の上に置いて座っている。


「女が多いのう」

「それは仕方ありません。元々が全てエンデの民から私の世話役や護衛役として付けられた者達ですから」


 昌長の言葉にすかさずレアンティアが応じた。

 レアンティアが言ったとおり、彼らはエンデ族の族長の娘であるレアンティアが王の元へ嫁ぐに際して父である族長が付けた従者達。

 蜥蜴人の攻撃を王都にいたことから受けず、幸か不幸か滅亡から免れた言わばエンデの残党とも言うべき者達である。

 もちろん現在の王からは疎まれており、今回の件にかこつけて、王都で王宮に仕えていたエンデ縁の者達は王命でここカレントゥへと送り込まれて来たのだ。


 因みに、彼らの家族も全てこの地へと放逐されている。

 またそれ以外にも王のとるエンデ蔑視、放逐策によって居心地の悪さを感じていたエンデ族の民が、情報の早い王都からこの地へ逃れてきていることもあって、人口は急速に増えていたのだ。

 その結果、現在カレントゥには60名の兵以外にも執事や侍女が20名おり、人口はその家族や王都からやって来た者と合わせて400名ほどにまでなっていた。


「活気があると思うたら、そういう事か」

「はい、ですがエンデの民の動きはごく一部ですし、今はむしろ王宮からエンデ族を排除したい王が私付きの官吏や執事をここへ出していますから、すぐさま難癖を付けてくることはないと思います」


 昌長の感心した様子の言葉に、レアンティアは微笑を浮かべて応じるが、昌長は鋭く切り返した。


「それはエンデの民が集まり、この地の復興が果たされるまでの話やろう?」

「……そうですね」


 流石のレアンティアも先程のことがあるので、昌長の言葉を素直に認める。


「王がエンデの地の回復が成りそうだと考えた時、民が集まって氏族を復興させようとする動きがある事を知った時、一体どういう行動に出てくるのか、現時点で考えられるのは……」

「王命による停戦命令、領土召し上げ、転封、王軍の進駐と言った所でしょうか?」


 レアンティアの言葉を継いだのはフィリーシアだ。

 レアンティアも満足そうに娘の言葉に頷いた。


「まあ、そんなところでしょう」

「ふむ、まあそうか……尤も、わいらに従う義務は無いけどな」


 レアンティアとフィリーシアへ宣言するように言う昌長。

 元はどうあれ、エンデ族の地を自力で切り取って碧星乃里を支配下に置いたのは、昌長達月霜銃士隊である。

 王命は月霜銃士隊には届かない。

 昌長は領地の拝領はしたかもしれないが、それ以上タゥエンドリンに従う気は無い。

 そもそも与えられた領地を見れば、王の意図は昌長らを厄介者として放逐することであるのは明白で、後で返せ、従えと言うのは虫が良すぎるというものだろう。

 当然それはフィリーシアも承知しているので異論など有るはずも無く、彼女は昌長の言葉にただ頷いている。


「厄介なんは、軍が来た時やな」


 義昌が重々しく言うと、それまで黙って議論を聞いていた剣兵長のリエンティンが小さく手を上げ、フィリーシアの許可を得てから発言する。


「しかし王軍と言いましても王都と王の警護が主要任務です。今の時点で派遣軍として動かせる兵は500名ほどですから、すぐに進駐してくることはないでしょう。心配する必要は無いのではありませんか?」

「それを言うたら、わいらは森林人の剣兵30に弓兵30、犬人槍兵20に雑賀武者が7名の100にも届かん数や。いきなりここへ半分の250も来たらやられてまうぞ」


 昌長は現時点で弾薬の不足については言及せず、配置と兵数差を強調して言う。

 その言葉に剣兵長はううむと唸った。

 確かに昌長の言うとおり、ここカレントゥ城には剣兵と弓兵が30ずつの60名のみ。

 現在は雑賀武者が6名いるとは言え、余りにも心許ない戦力だ。

 これで250もの兵に囲まれてしまえば、ろくに抵抗など出来ないだろう。


「まあ当分は恭順の姿勢でいくしかないわ。視察でも矢銭でも、何でも受け入れるしかあらへん」

「何とか……上手くごまかせるようにしましょう。と言っても民がいない上に産業も無いので税は払えませんけどもね」


 どうしようも無いと言った様子で言う昌長に、フィリーシアはレアンティアを見ながら応じるのだった。



「ところで話は変わるけどよ……母御は青焔山の竜を知っとるかえ?」

「青焔山、青竜王アスライルスですね……知りたいのはどのような事でしょうか?」


 昌長の言葉に、レアンティアはちらりとカレントゥ城の窓から見える青焔山に目をやってから居住まいを正す。

 それまでの微笑を消し、昌長の真剣さに真剣さで対応するレアンティア。

 そんなレアンティアに、昌長は徐に話しかけた。


「……丙正ちゅう平原人の国が昔に戦仕掛けたやろ、なんで丙正国は竜になんぞ手だししたんか、その理由が知りたい。それにその時の丙正国の武具も知りたい」

「なぜ、その様な事をお知りになりたいのか承っても宜しいですか?」


 レアンティアは昌長の言葉を噛みしめつつ問い返す。

 緊張するレアンティアを余所に、昌長は淡々とその理由を語った。


「うん、青焔山にあるかもしれへん硫黄が欲しい。交渉が可能やったら、話し合うちゅう手もあるやろうし、対価が必要やったら当然話し合うてから然るべき物を用意するわ」

「交渉は可能かも知れませんが……そもそも話し合いを持つ所までいけるかどうか分かりません。アスライルスは平原人と森林人を憎んでいますから」

「平原人を憎むのは分かるんやが、なんで森林人も憎むんや?」


 レアンティアの言葉に、昌長が訝って問うと、レアンティアは小さなため息を吐いてから言葉を発する。


「平原人の国、丙正国にオリハルコンの鏃を大量に提供し、青竜王を攻めさせたのは、他ならない我がタゥエンドリン=エルフィンク王国だからです」



「どういうことや?」

「そのままの意味です。丙正国は当時平原人の国家の中で有力ではありましたが、頻発した領土紛争から孤立しており、鉱物を始めとする資源が枯渇寸前でした。そして我がタゥエンドリンは国土の北側で青竜王の影響力と武力を邪魔なものと考え、また青竜王自身がその身に宿し持つ竜玉を手に入れようと欲したのです」


 昌長が渋い顔で質問すると、レアンティアはため息を吐きながら一気にそう言い、更に肩を落として言葉を継いだ。


「愚かなことです……青竜王を排除し、竜玉を手に入れ、緩衝地帯である名も無き平原の開発を進めようと考えた王が坑道人ドワーフ都市スフィーラと取引し、竜の鱗をも貫くとされているオリハルコンという金属の鏃を大量に入手して提供し、行き詰まっていた丙正国をそそのかして戦端を開かせたのですが、結果は上手くいきませんでした」

「ほう……丙正国は滅んだんやな?」


 続いて昌長が問うと、レアンティアは少しためらいつつも口を開く。

 ミフィシアとリエンティンも余り良い顔をしていないと言う事は、この事実を知っていたのだろう。

 軍に籍を置いていれば当然とも言えるが、おそらく丙正国を戦わせ、疲弊した所に援軍として割り込むつもりだったのだろう。

 そのために王が軍へ出動命令を下していれば、部隊指揮官であるミフィシアとリエンティンは参加していたに違いない。


「はい、丙正国はオリハルコンの矢を装備した軍を戦いで全て失い、怒り狂った青竜王に王都や主要都市を焼き滅ぼされて国としての体を失いました。そしてその他の地域は他の平原人国家に併合されました」


 更に詳しくレアンティアが説明した所によれば、丙正国は南だけを平原人国家と接し、東側は名も無き平原、西に平原人の騎馬民族の土地があり、北には青焔山を控えていた。

 南側にあった有力国家宗真国との領土紛争で国境を封鎖されて窮地に立った丙正国。

 タゥエンドリンや騎馬民族に打開の道を探るが、騎馬民族からは弱体化を見越されて攻撃されてしまう事態となった。

 唯一、タゥエンドリンだけが名も無き平原を通じて援助をしたが、その援助はオリハルコンの鏃と若干の武器防具のみ。

 丙正国はこの時のタゥエンドリンの使者の口車に乗って青焔山を攻め取り、来るべき宗真国との戦いに必要な武器防具のための鉱物資源を得る事にしたのだ。


 そしてその結果は、無残な敗亡で、丙正国は全てを失った。


 幸いなことに、名も無き平原の反対側にあるタゥエンドリンにまで青竜王の怒りは向けられず、出動準備をしていただけの軍もすぐに解散し、平原人の国の滅亡という結果だけを残して事は終わったのだ。


「王さんもなかなかにえげつないコトするやんか」

「ちょっと見直したで、あくどいっちゅう方へな」


 昌長と義昌が口々に苦笑しつつ言い、レアンティアとフィリーシアは少し暗い顔で下を向いている。

 リエンティンとミフィシアは、苦い物を噛みしめたかのような顔で昌長らの言葉を聞いていた。


「まあ、経過はよう分かったで、竜とはまともな戦いにもならんかったんやな」

「そう聞いている」


 リエンティンが渋い顔で昌長の問いに応じる。

 その言葉に頷きながら、昌長は言葉を継いだ。


「鏃の形はどんな形をしてたか分かるか?」

「坑道人の貫通力を増した鏃は我々森林人も使っています。その形と同じであれば、円錐形ですが、高価なオリハルコン製ですので普通の鏃よりはおそらく小さいかと」


 今度の問いにミフィシアが応じた。

 円錐形で小型。

 その鏃の形状に思う所のあった昌長がミフィシアに依頼する。


「ほな後で坑道人から買うた円錐形の鏃をば見せてくれ」

「ここにありますよ?」


 昌長の求めに応じてミフィシアが腰の矢筒から取り出した円錐形の鏃を装着した矢。

 それを机越しで手に取り、昌長と義昌は横から縦から後ろからと眺め回す。

 大きさは申し分ない。

 形状も問題無いだろう。

 後は重さだが、これは実際やってみないと分からない部分もあるものの、まず大丈夫だろう。 

 その形状を確認し、昌長は密かにほくそ笑むと更に質問を重ねた。


「その戦いをした地に、まだ鏃は残ってるんか?高価な遺物を狙うて取りに行くような輩はおるのか?」

「オリハルコンは固いし錆びませんからおそらく戦場の跡に残っているでしょう。青竜王の怒りを恐れてその地に近寄る者はいませんから、持ち出されている事も無いと思います。ただ、何分100年前の話ですから、残っているかどうかは分かりません」


 何となく昌長の意図に気付いたレアンティアが答えるが、同時にレアンティアは、昌長に対して忠告の言葉を発した。


「鏃があっても矢柄と弓が無ければ役に立ちませんよ?射手もここの弓兵を全て連れて行っても僅か30名、これでは青竜王を討つのは不可能です」

「大丈夫や、別の方法で使うさけにな。まあ、最初から戦しようとは考えてへん。話し合いですむんやったらそれが一番や」

「それはそうですが……どうするのですか?」


 フィリーシアが昌長の言葉に同意しつつも、その意図が理解しきれずに首を傾げつつ言うものの、昌長もはっきりしたことを言わないまま曖昧に言う。


「まあ、最初に土掘りせなあかんけど、何とかなるやろ」

「オリハルコンは特殊な金属で、坑道人以外に加工する技術を持つ者はいませんが」

「ふうむ……そうか、まあ気遣い無いわ」


 続いてリエンティンが忠告するが、昌長は取り合わないで、ずっと黙っていたユエンに指示を出した。


「ユエン、悪いけど明日の準備にツルハシと笊、鋤を加えて入れといてくれ」

「分かった、マサナガの言うとおりにするぞ!」

「後はそうやな、布袋と桶を多めに用意してくれやんか」

「わかったぞ」


 次いで昌長は傍らのフィリーシアを見て言った。


「姫さん、取り敢えず王に対する態度はしばらくは恭順に徹する事、カレントゥの統治は母御に任せる事、我らは青焔山に明日出発致す事。以上で如何か?」

「もちろん、私も青焔山に同行します。良いですか?」


 フィリーシアが当然のように宣言すると、昌長もにっと笑みを浮かべて言う。


「おう、まあ気張って行こうらえ!」

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