第106話 王都攻撃3
「おう、ようやくやな」
城壁や城門の本体にやっと大筒から放たれた鉛弾が着弾し始めるのを見て取り、昌長が感嘆の声を上げると、何やらや怪しげなつぶやきを繰り返していたアスライルスが大杖を地面に付けてから胸を張って言う。
「ふん……まあこんなもんじゃろうの」
「い、一体何をなさったのですか?」
王都オルクリアの防護術式が破られたことに驚愕していたフィリーシアが何とか気持ちを建て直して問うと、アスライルスは自慢げな笑みを浮かべて言う。
「吾の術式を防護術式とやらの隙間にこじ入れて緩めて開いてやったのよ。闇の術式などが入っておれば龍である吾にはかえって雑作もないことじゃ」
事も無げなその言動に絶句するフィリーシアを余所に、昌長は満面の笑みと共にアスライルスを賞賛する。
「流石は竜王殿やな」
「わはははっ、マサナガにそう褒められると悪い気はせぬな」
大笑して応じるアスライルスを見てうんうんと頷きながら、昌長は正面の軍陣を見る。
そこには先程までの動揺を激励で抑えこみ、各部隊長が兵達に発破を掛けている様子があった。
砲弾が届き始めたことに安堵し、兵達も安心して弾込や発射作業をこなしている。
熱を持ち始めた砲身を濡れた布で冷やし、砲口や砲の中を清掃している者もちらほら現れていることから、発射の間隔は開き始めているが、全く効果を見せていなかった初期に比べれば兵達の士気は高い。
そうしている内に10貫弾が城壁の一角に連続して命中し、その場所を崩落に追い込んだ。
昌長の陣営から歓声が上がり、反対に王都側からは怒号と悲鳴が上がる。
そして昌長側からの侵入を防ごうと兵達が集まり始めた。
「まだ突入する気はないんやけどな、折角集まってくれたんやったら、ちっとかい馳走くれてやろうかえ」
昌長はそうつぶやくと伝令に命じる。
「長筒をば撃ち込んじゃれ」
王都オルクリアの守備兵達が、一時的に主となったカフィル王子の招集を受けて北城門に集まっていたが、その集まりは決して良いとは言えず、士気も低い。
それというのもフェレアルネン政権の時代から続いてきたエルフ至上主義と平和ぼけが相まって、兵達の間に危機感というものが醸成されていないからである。
共通の危機感を持たないが故に勢いも士気も上がらない兵達。
そしてカランドリンに占拠されたという重大な政変に遭いながら、大した被害や損害を受けないまま解放された王都。
それが弛緩した雰囲気を更に強固なものとした。
一度も使ったことの無い強弓を手に、ぴかぴかの矢を詰めた矢筒を背負い、これまた新品の革鎧を着込んだエルフ兵達。
カフィル王子直卒の兵はこの場におらず、そうした弛緩した雰囲気を纏った王都守備隊の兵達のみが、昌長らと直接対峙することになったのだ。
しかしさすがの平和呆けしていた彼らも、防護術式が破られ、砲弾が城壁や城門に突き刺さり、あまつさえその一角を崩すに至ってようやく慌て始める。
「急げ!城壁を越えさせるな!」
隊長の指揮を受けて兵達が慌てた様子で瓦礫と化した城壁に向かう。
形が辛うじて残った胸壁や城壁の残骸に陣取り、緊張も露わな震える手で弓に矢を番えるエルフ兵達であったが、昌長の兵達は大砲を撃ち込むばかりで、破れた城壁を目掛けて突撃してくる気配が無い。
常道であれば破れた城壁があればすかさずそこに兵を投入し、城壁や城門の衛兵達に圧力を掛けるのだが、昌長はそれをしてこない。
「ど、どういうつもりだ?あの蛮族は……」
思わずこぼす隊長であったが、それは兵達のほぼ全員が抱いた思いだ。
昌長としては撃ち合いにはなっておらず、こちらに被害が出ない状態で一方的に城壁や王都を攻撃出来るので、敢えて突撃を行う必要性を認めていないだけなのだが、王都守備隊側からすればまるで嬲られているような心持ちになっている。
近付いてこないのであれば、反撃も出来ない。
いくら長大な射程を誇るエルフィンボウでも、大筒の射程には及ばない。
隊長以下エルフ兵達が歯がみしていると、大筒の脇に敵の兵達が移動してきた。
見れば雷杖を担ぎ、異相の鎧を身に付けてはいるが、同じタゥエンドリンエルフの様子。
「ふん、裏切り者が雷杖なぞ手にしおって……何だ?」
エルフ銃兵が大筒陣地の左右に居並び、その前に短躯の小人族兵やドワーフ兵が盾を持って片膝をつく。
そしてエルフ銃兵は前に並んだ彼らの右肩に雷杖の銃身を置いた。
「何だあ?ドワーフに小人共が一緒に並んでるぞ?」
「嘆かわしい、ドワーフや小人共と肩を並べるなんてよ。誇り高きタゥエンドリンエルフの名が泣くぜ……」
「何だってあんな奴らと一緒に並んでるんだ?」
兵達が続く砲声に怯えながらも余裕の表情で月霜銃士爵軍の動きを馬鹿にする。
砲撃は未だ続くが目標は城門側に移っており、崩れた城壁には時たま着弾する程度にまで数が減っており、余裕が出来たのだ。
それに加えてカランドリンやタゥエンドリンは昌長の持つ雷杖の調査や研究も行っており、その射程や威力を大まかに掴んでもいた。
研究の結果については兵達に伝達しており、雷杖では昌長の陣から城壁まで弾丸を飛ばせないことを知っているし、城壁を打ち貫けるほどの威力は無いことも知っている。
それ故に余計に月霜銃士爵軍の組んだ戦列が何を意図しての戦列なのか図りかねていた。
「おかしい、あの月霜銃士爵が無意味な行動を取るとは思えない……」
隊長がつぶやくが、兵達は誰もその戦列の意味や脅威について思考を巡らせていない。
兵が戦列を馬鹿にし、隊長がその意図を考えて訝しむ間にエルフ銃兵の火蓋が開かれる。
そして慎重に狙いを定め始めたエルフ銃兵の姿を見て取り、兵達がざわついた。
「まさか、こっちを狙ってるのか?」
「ああ、射程外だぞ」
「しかし……明らかに様子がおかしいぞ?」
「どういうことだ?」
「……おい、どうするよ?」
身体を覗かせている兵達が訝しむその次の瞬間。
小人族やドワーフ族の肩に銃身を載せられ、エルフ銃兵の構える火縄銃の砲口が相次いで煌めいた。
時を置かずに轟く轟発音と共に、タゥエンドリン側の守備兵達は次々と血まみれになって倒れ伏していく。
ものも言わずに倒れた守備兵達の身体には弾丸による貫通創が穿たれている。
それはオーク王戦役に参加していた守備隊長も見たことのある、雷杖による傷だった。
「なっ、何っ!?どういうことだっ!?」
驚き慌てふためく隊長と同時に、守備兵達は恐慌状態に陥っている。
「静まれ!物陰に隠れよ!」
慌てながらも身を隠すよう指示を出す隊長だったが、たった一撃で多数の味方兵を撃ち殺された守備兵達の恐慌振りは凄まじく、早くも敗走の気配を示している。
声を涸らして呼び掛ける隊長を余所に、兵達は及び腰で物陰に隠れ、更にはそこから町中に向かって次々と逃走を始めた。
「おいっ!」
怒声を上げる隊長を振り切り、今まで帝都で安穏として暮らしてきた忍耐力の無い兵達は一斉に逃走し始めてしまったのである。
そこに再装填の終わった銃弾が再び降り注ぐ。
逃げ惑う兵達の背中に穴を穿ち、居残っていた兵士や隊長の身体を砕く鉛弾の驟雨に耐えきれず、破られた城壁を塞ぐために配置された兵達は潰走に移る。
そしてそれを見ていた城壁の兵達も敗走に移り、北城門からタゥエンドリンの兵はあっという間にいなくなってしまった。
長射程の雷杖による攻撃を受け、城壁の破れ目に配置された兵士達が潰走したのを見て取ったフェレアルネン政権の高官達は我先にと逃げ始めた。
それを咎めるでもなく放置したカフィル王子だったが、城壁の衛兵達までもが退却を始めてしまうに至って唸り声を上げる。
「うむむむっ」
「カフィル王子!ここは危険ですっ、すぐに王城へ退却して下さいっ」
側近の兵達が退避を促す中、カフィル王子は素早く胸中で算用を始める。
このまま昌長に敗北して王都から排除されてしまえば、王都を失陥してしまうという事実以上に自分の影響力が著しく低下する事態は避けられない。
ただでさえカランドリンの退却に合わせて王都に入ったことで火事場泥棒的な評価が付いているのに、ここで昌長によって実力を以て排除されれば評価が地に落ちてしまうのみならず、再起を図ったところで民人が付いて来てくれないだろう。
降伏するなり講和するなりして王都に居残らなければ、影響力を一気に失ってしまうのは明らかだ。
しかし無理難題どころか昌長を下に見ての交渉を試みてしまった体になっているため、昌長がすんなりと講和に応じてくれる目は薄い。
それどころか、降伏した末に王都から放逐されるかも知れないのだ。
放逐されるだけならまだしも、幽閉されるか処刑されるという可能性も高い。
改めてフェレアルネン政権の愚昧さが腹立たしいが、それを利用した自分の愚かさが今となっては際立ってしまうだけだ。
そして処刑されずとも、幽閉の憂き目に遭えば力を完全に失ってしまうだろう。
カフィルはそこまで考えてから、側近達に口を開いた。
「王都支配は失敗した、直ちに南へ落ち延びる……フィンボルアで臨時王府を開く。カウテ州から兵や官吏を移して守りを固めよう」
「はっ、承知致しました……しかし、王府と言うことは、いよいよ王を名乗られるのですか?」
カフィル王子の指示を受けた側近の1人がそう言うと、カフィルは苦笑いを浮かべ、ほっと息を吐きだしてから言う。
「フィリーシアも王を名乗っている以上、躊躇していられん。恐らく早晩カンナルフィンも王を名乗るだろうからな、良い機会だ」
「兵が退いたようじゃの」
「ふうむ、ほんまやな」
アスライルスがおやっといった風情で言うと、昌長も首を傾げながら言う。
まだ城壁の一角が破れただけであり、北の城門もかなりの打撃を受けているとは言え、破壊できたわけではない。
確かに城壁を破った場所に集まった兵士達は、長銃の一斉射撃で壊滅させられたようだが、オーク王との戦いでいくら兵を失ったと雖も、曲がり形にも王都の守備に兵がいないなどと言うことはありえない。
「大分士気が低いのとちゃうか?ちっと燻べちゃったらよ、さっきも崩し目からあっちゅう間に逃げだしよったしの」
義昌の言葉に頷くと、昌長は伝令に重々しく命じた。
「大筒の砲撃をばとめよ。崩し目から中へ入るで、全員用意せえ」




