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第三十二話 病欠はサボりになりますか?

 翌朝。いつも通りに、俺は智里を迎えに来た。昨日の天気が嘘のように、本日は秋晴れが広がっている。自転車でここまで来るのも快適だった。


「はーい。あら、大翔くん、おはよう」

 智里のお母さんは普段と変わらない笑顔で迎えてくれた。

「おはようございます、おばさん」

「仲直りしたのね、あの子と」

「え、ええ、まあ……」


 実際には仲直りなんていうレベルじゃないけれど。しかしそれをこの人に告げるわけにはいかず、曖昧に笑って目を逸らした。


「とにかく、上がって。智里、まだ寝てるけど」

「……やっぱりですか」


 はあ。すぐにあの寝坊癖は治らないらしい。昨日のあの一言は嘘じゃなかったのか。まあ、いいか。気長に付き合っていくと決めているから。


 とりあえず中に入って、彼女の部屋の前へ。こんこんと、優しくノックしてみる。返事はない。


「とも――智里! 迎えに来たぞ!」


 おばさんが近くにいたから呼び方を変えようと思ったが、まあいいかと考え直して止めた。タイミングよく、リビングの方に消えていったのは幸いだった。


「うぅ、ひ、大翔くん……とりあえず、入っていいよー」


 とても具合の悪そうな智里の声が扉の向こう側から聞こえてきた。かなりのガラガラ声……嫌な予感がする。俺は自分の顔がどんどん曇っていくのを押さえられなかった。

 別れる時、俺もそうだったが、彼女もまたずぶ濡れだったからな。家に帰ったら、ユウに見つかって馬鹿にされ続けたのは言うまでもないことだ。

 

 とりあえず、扉を開けた。相変わらず物がごちゃごちゃしている。いつか、これも何とかしてやらないと。流石にここまでだらしないのはちょっと……。

 足の踏み場に気を付けながら、ベッドの側へ。カーテンが開いてないせいで、少し室内は暗い。それでも、布団をしっかり被っている姿は見えた。


「大丈夫か?」

「ゴホッゴホッ。ええとね、その、風邪ひいちゃったみたいで……」


 亀みたいに、彼女は布団から首を突き出してきた。薄暗さでよくわからないものの、確かにどことなく顔が青白い気はする。とりあえず咳が出て、しんどそうなのは確かだ。


「そうか、とりあえずおばさんに伝えてくるな。お大事に」

「ちょっと冷たくない? あたし、きみの彼女なんだけどなー」

「い、いや、彼女って……」

「なあに? 昨日のあれは告白じゃなかったとでも言うつもり? 智里、傷ついちゃうなー」

 彼女はわざとらしくいじけてみせた。


 今のは不意打ち気味だったから、ちょっと照れただけというか……。確かにそれは事実だ。俺たちの初恋は昨日実を結んだ。でも、その、やっぱり、ねえ。


「とにかく、じゃあどうしろと?」

「看病、して!」

「いやあの、俺学校……」

「大翔くんの頭の良さなら一日くらいなんともないでしょう?」

「母さんに何も言ってきてないんだけど」

「サボりとはそういうものよ、ダーリン!」

「謎の先輩面。そしてダーリンってなんだよ……」


 畳みかけてくる智里に、俺はただただ困惑するばかり。昨日までの、あの真剣な感じはすっかりと消えている。これが彼女の素ということか。……可愛いけど。


「あなた、とかの方がよかった? それともご主人様とか」

「冗談を言う元気があるなら大丈夫だな。それじゃ、お大事に」

「ああ! 待って、待って。冗談だから! とりあえず、体温計を持ってきて欲しいな」

「熱、あるのか?」

「うん、たぶん……あ、そうだ。おでこのやつやって?」


 俺はまたしても、言葉に詰まる。意味がわからなかったわけじゃない。自分の額を彼女の額に当てる姿を想像して恥ずかしくなってしまった。


「うふふ、冗談だよ。がっかりした?」

「お前なぁ……!」


 ちょっとわざとらしく怒りながら、俺は部屋を出た。そして、リビングにいる彼女の母の元へ。手早く、娘が風邪を引いたことと、体温計を欲しがってることを伝える。


「あら、そうなの? まさか昨日の雨の中、ずっと外に出ていたとかじゃああるまいし……」

 眉間に皺を寄せて、困った表情をしながらもおばさんは探し物を出してくれた。


 そのまさかなんですよねー、と内心思いつつ、礼を言って、俺は再び彼女の部屋に戻った。またしても、布団は膨れ上がっている。


「ほら、持ってきたよ」

「ありがとー」


 今度は手を差し出してきた。その上に例のブツを載せてやる。すると、すぐに引っ込んだ。なんなんでしょう、このシステムは。


 ――そのまま手持ち無沙汰に待っていると、ピピピと電子音が鳴った。


「何度?」

「はちどごぶ」

 差し出された体温計を受け取って、俺も表示を確認した。

「結構あるね。これは今日休んだ方がいいな。おばさんに言ってくるよ」

「うん、よろしくおねがい」


 なぜ俺はこうも人の家を好き勝手に行き来してるんだろうか……。自分の不思議な行動に疑問を感じつつ、またしても母親の元へ。


「あらら大丈夫かしら、あの子。とりあえず、学校には連絡しておくわね。ありがとう、大翔くん」

「いえ、自分は大したことしてないので」

「ううん、仕事休んだ方がいいかしらね……」


 とりあえず、事の顛末を伝えに今度は娘の方へ。なんかゲームやってる気分になってきたぞ、段々と。


「ええっ! そんなこと言ってたの? ちょっとママのとこ行ってくるから。ベッドに潜りこんだりしないでね?」

「あの智里さんは俺のことを何だと思ってるんですかね……」

「大事な恋人」

 平然とした顔で言い退ける。


 そうですか。なんとも言えなくなって、たちまち閉口した。本当は元気なんじゃないか、この人……のろのろと立ち上がる姿を見ながら、そんなことを思う。


「肩、貸そうか?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 とりあえず、そのまま智里がしんどそうに部屋を出て行くのを見守った。頭を押さえているから、頭痛もしているのかもしれない。


「ママいいよ、別に、あたしは大丈夫」

「でも、あなた。相当具合悪そうよ?」

「薬飲んで寝たら治るって。ほら仕事行って。どうせ、そんな簡単に休めないでしょ」

「そ、そんなことないわよぉ~」


 扉が開いているせいか、リビングの会話は筒抜けだった。親子の会話って感じがして、なんとなく心がほっこりした。

 その後二言三言会話が続いて、やがて智里が帰ってきた。心なしか嬉しそうに見えるのは、どうしてだろうか。頬が赤らんでるのは熱のせいだと思いたい。


「本当に大丈夫なのか?」

「うん。あたしには大翔くんがいるもの」

「はい?」

「だって、今日一日看病してくれるのでしょう?」

 

 そのどこか抑えが利いた控えめな笑い方は、いつもとは違うどこまでもお淑やかなものだった。ついドキリとさせられる。


「いやいや、さすがに……」

「なによ? もとはと言えば、大翔くんのせいだよ」


 悪戯っぽく笑うと、彼女は俺のわきを抜けた。そのままベッドに潜り込む。ふーっと長い息を吐きだした。

 その姿を見て、俺も覚悟を固める。――まあ、一日くらいいいか。


「わかったよ、お付き合いさせていただきます」

「そうそう、わかればいいのよ。じゃ、よろしくねー」


 彼女を真面目に学校に連れて行くどころか、今日は俺が悪の道に堕ちる羽目になるのだった――

ということで、こういう路線で続けていこうと思います。

そんなに長く、ではないですが。

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