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第30話「訪れた好機」

 櫻井さんとハグをしたその夜、「頑張れよ」と言うかのように郵便物が到着した。中身は……TOEICに向けた参考書だ!


 購入した参考書は4冊、単語帳に文法書に長文の問題が収録されている者にリスニング教材だ!


「まずは長文とリスニングを確認するか」


 何故最初に単語ではないのか、これには理由があった。高校3年生のとき、10時間かけて1冊の単語帳を1日で覚えようとしたのだけれど次の日にはほとんど忘れていたことから単語というのは1日で覚えるのは不可能だと経験済みだからだ! 文法もその類でまずは長文とリスニングからどれくらいの難易度かを図ろうという訳だ!


 長文の問題をパラパラと見る。過去問ではないとはいえTOEIC対策の参考書なのだから問題も難易度がそこまでかけ離れているなんてことはないだろう。


「え……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 」


 問題分を見て驚きの声をあげる。


 まさに僥倖…………なんとこの問題、ほとんどどれも高校生の時に覚えた単語までで文章が構築されている! !


 基礎だから当然なのかもしれないがほとんどの単語が高校時代に見たことがあるもので文が構成されていた。


 更には……


「読めるぞ! オレにも長文が読める! 」


 何と分からない単語はあれど基礎の動詞が記憶に残っていたからか分からない単語はあれど意味は読み取ることが出来た。


「これは、600点は余裕かもしれないな! 」


 意外なことに問題の難しさに打ちひしがれるかと思いきや自身がつくという結果で難易度の確認は終わった。


「さてと次は……」


 リスニングの参考書に目を向ける。正直、センター試験ではリスニングでかなりの点数を稼いだことに加え長文の問題の難易度が予想よりも低かったことからかなりの自信がある。


「これはいきなり990点満点中700……いや750は行くかもしれないぞ! 」


 鼻歌を歌いながら付属のCDを取り出しCDラジカセへとセットしスイッチを入れる。


 更に自信をつけるためにも一番難関と言われているパート4から聞くとしよう!


 と考えてパート4の始まりの番号を調べてラジカセを調整し再生する。


「放送された会話を聞いて各設問の問題と選択肢を読んで答えをマークするのか……センターと同じだ! 」


 オレがガッツポーズをするや否やCDが勢いよく回る音がして会話が再生される。


「グリーティングスアンドセンキューフォー~~~~~」


「え? 」


 …………速くない?


 オレが呆然としている間にもペラペラとCDの再生は続いていく。


「ウェイト! CDウェイト! 」


 咄嗟に叫ぶも止まるわけがない。慌てて停止ボタンを押そうとするも思いとどまった。


「待てよ……センターは2回聞けたから慣れるためにもこのまま聴いてリピートされるのを待てばいいんだ! 」


 あまりにも速くて聞き取れない英語が流れていく。やがて、数秒の間の後に「クエスチョン1」というのが聞き取れた。どうやら問題文の再生に移ったようだ。


「この設問を読み終わったらまた設問か……」


 オレは今度こそは一言一句たりとも聴き逃すまいと参考書を持つ手に力を込める。


 しかし、問題のリピートはなく次の問題へと移行した。


「どういう……ことだ……? 」


 驚きながらもCDを止める。余りに昔のことで記憶にないのだけれどセンター試験のリスニング対策のCDもこういう仕様だったのだろうか? それともまさか…………


「まさかこの速さでリピート無しってことはないよな」


 そう楽観的に口にしながらも急いでTOEICのルールをスマホで確認する。


 ……そして、オレは絶望のどん底へと叩き落される。


「リピート……なし…………だと! ? しかも、メモ禁止! ? 」


 なんということだろう、センター試験のリスニングではあったリピートはおろかリスニングをする上では頼もしい行為であったメモすらも禁止とは……


「待てよ、メモ全般ってことは……やっぱりだ! 長文問題のキーワードらしき単語に線を引くのも禁止だ! ! 」


 頭を抱える。どうしてこういう時だけ嫌な予感というのは当たってしまうのだろうか? オレをセンター英語でそこそこの得点に導いてくれたであろう行為はすべて禁止されている!


「うわあ~」


 すっかりと魂の抜けた声を出しドサッと布団に倒れこむ。


「I don't understand English! 」


 最後の力を振り絞り言う。高校の先生曰くcanは可能性を秘めてるから理解すると合わせるとこれからも可能性感じないという意味になるからこうなるらしい。


オレがそんなことをしていると


「修三? ちょっといい? 」


 障子越しに母の160㎝のシルエットが写される。布団から起き上がり「良いよ」と答えると母は障子を開かずに話始めた。


「実はね、来週の金曜日お父さん東京に出張らしいのよ。それでお母さんはお休み貰ってついていくことにしたのだけれど修三はどうする? 帰りは土曜日になるっていうけれど……」


 相変わらずお熱いことだ。しかし、ここで夫婦水入らずとさせるほどの気遣いはできない! 久しぶりの東京だ! オレも行きたい! !


 その想いをそのまま伝えようとしたとき、重要なことを思い出した


「オレ、土日ケイビの仕事あるからいけないや」


 母はそれを聞くと「わかった。じゃあ悪いけど家のことお願いね」と去って行った。


「なんてことだ! せっかくの東京旅行のチャンスが……」


 再び頭を抱える。せっかくのチャンスを無駄にしてしまうとは……こうなったら家にオレ以外誰もいないことだし1人で豪華なものでも食べてやる!


 歯を食いしばり拳をワナワナと震わせ豪遊を誓ったその時だった、あることに気が付いた。


「ん? 家に誰もいない? しかも夜に……」


 そうだ、夜に家にオレ以外誰もいない…………ピンチはチャンスとはいったもので、これは紛れもなく櫻井さんと距離をグーンと縮めるチャンスだ!


「フハハ! フハハ! フハハハハハハハハハハハハハハ! ! 」


 余りの嬉しさに大声で笑っているとスマホが「パイン」となった。みると母からのメッセージだった。


『東京今回は残念だったね。修三がそんなに楽しみにしていたなんて知らなかったよ。元気出して! 』


 …………どうやら、オレの笑い声は母のところまで響いていたようだ。


 オレは途端に恥ずかしくなり布団に勢いよく飛び込み毛布に包ってそのまま眠りについた。

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