禁忌6 *
時の神クロニクルとの取引通り、ミドリアは俺の記憶を失っていた。
怪訝な表情で俺を見つめるミドリアに俺が話し掛ける。
「ミドリア! 俺だ! 俺を覚えてないか?」
「お前など知らぬ!」
「お前の旦那だ!」
「だ、旦那だと!?」
思いっきりうろたえた表情をするミドリア。
でも、一瞬で真顔に戻る。
「ほほう、お前が旦那か。ならば私とキスした事が有るのだな?」
「もちろんあるさ」
「ならばキスをしてみろ。出来ないとは言わせぬぞ」
するとミドリアは宙を滑る様に移動して俺の前に現れる。
そして両手で俺の頬を持ち、ミドリアの濡れた唇を俺に近づける。
なんだい、ミドリアの記憶が消えるって言ってたけど俺大好きっ娘で全然変わってねーじゃねーか。
キスをしたらミドリアが何か思い出すかもしれないから、少し頑張って熱いキスをしてあいつをメロメロにしてやろう。
そんな事を考えていたら俺の首があらぬ方向を向いてゴキリ!と鳴った。
そして首に走る激痛。
ミドリアは俺の首を捻って本気で殺りに来た。
危うく死ぬとこだったぜ。
「いててててて! いきなり何すんだよ!」
「あら、随分とお丈夫なんですね。私の本気の首狩りを喰らって生きている人間を初めて見ましたよ」
「あいにく頑丈なもんでね。そうでなければ元魔王の娘だったミドリアを嫁になんて出来ないからな」
「またふざけた事を言うのですね。でも、私、あなたの事に少し興味を持ちましたよ。魔王の娘と知っておきながら、嫁などとふざけた事を平然と言う人間。この世から完全に消し去りたくなりましたわ」
「それは困るな。記憶を失う前のお前と約束したんだ。きっと記憶を取り戻すとな」
「記憶を失った? そんな訳ないですわ」
「お前の中の俺の記憶を対価に運命線収束を行ったんだ」
「お前が私の旦那と言うのならば、わたしよりも強かったはずだ。ならば私と戦って倒してみろ!」
「いいだろう! それで今まで通り俺の事を好いてくれると言うのならばお前を倒してやる」
「ふん! 大口叩くその口から黙らせてやる」
ミドリアは黒い霧を纏うと姿を消す。
そして消えた瞬間に俺の横に再び現れて、俺の顔面に向かって全体重を乗せた強烈な踵落としを落とした。
「ふん!」
さすがにそんな攻撃を受けたら痛いので腕をクロスさせ受け身を取り避けたが、ミドリアの攻撃が予想以上に素早く、俺は受けきれずに肩にその衝撃をまともに受けてしまった。
ミドリアの蹴りは俺の肩口から強烈な衝撃となって迸ると、俺の左腕をごっそり持って行った!
俺の肩口から血が噴き出す!
やべぇ!
やられた!
スキルをセットするのを忘れてたぜ!
俺は慌ててシステムちゃんを呼び出す。
『システム!』
『はい! なんでしょうか?』
『スキルスロットの設定を頼む! 1番完全回避、2番完全防御、3番魔防防壁、4番状態異常無効、5番迅速』
『はい、出来ました。生命維持は魔力コスト無視で全開で行いますので、戦闘時間は一〇分以内で収めてください』
『わかった』
『あの、勇者様……』
『なんだ?』
『いえ、何でもありません。頑張ってください』
『おう! ミドリアを絶対に取り戻してやるさ!』
『はい! 頑張ってください!』
俺は回復魔法を使い、失った腕を回復。
既に大量のカニ狩りでスキルレベルが上がっていたので、回復魔法で腕の一本や二本を生やす事ぐらい容易い事だった。
でも、強烈なミドリアの攻撃を食らい続けるのは魔力残量的に厳しい。
俺は迅速で回避しつつミドリアの隙を狙う。
俺に攻撃が当たらない事でミドリアはイライラし通しだった。
「人間の分際でちょこまかちょこまか逃げ回って! 私とまともに戦う気は無いのですか?」
「俺には好きな女を殴る趣味は無いんでな。殴るにしても一撃で仕留めるさ」
「本当は私の攻撃に恐れをなして逃げ回ってるだけなのは解っています! 正々堂々勝負しなさい」
高コストの生命維持を行っている俺はこのまま戦いを長引かせるわけにはいかない。
俺はミドリアとの勝負を一気に決める事にした。
「いいだろう。だが、女相手の勝負で俺が一方的に殴るわけにもいかない。そこで提案だ。ガチの殴り合いで勝負をしないか? 攻撃はお前が先攻でお前と俺とで一回ずつ交互に行う。ただし受ける側は絶対に避けない事! それでどうだ?」
「いいでしょう。その勝負受けますわ!」
「受けてくれるか」
「最初の一撃で倒せばいいだけの事。さあ! 全力で私の攻撃を受けてみなさい!」
「お前もどんな攻撃でも避けるなよ。どんな攻撃でもな」
俺とミドリアは一メトルほど離れて向かい合う。
ミドリアは俺の脇腹に渾身の蹴りを決めてきた!
凄まじい重い蹴りだった。
まるで戦車の主砲を食らった様な衝撃!
俺の腕と腹が持って行かれ、俺は遥か彼方の縦穴の壁に叩き付けられた。
「くくく! いきなり勝負がついてしまいましたね」
「それはどうかな?」
ボロ雑巾のようになった俺は立ち上がり、回復魔法を掛けて回復。
するとミドリアは俺を見て怯えた。
「な! なんで人間如きが私の渾身の一撃を受けて死なないんです!?」
「あいにく頑丈なもんでね。それに好きな女に蹴られるってのはご褒美だ! さてと次は俺の攻撃の番だな。俺の攻撃を受けた後立っていられればいいんだがな」
その言葉を聞いて足をガクガク揺らして怯えるミドリア。
ひ弱な人間だと思っていたら、とんでもない化け物を相手にしていた事を気が付いて激しく後悔するミドリア。
今逃げたとしても生きて逃げられないと悟り、この化け物の攻撃を全力で防御することにした。
再び1メトルの距離を空けて向かい合う俺とミドリア。
ミドリアは俺の攻撃を身構え体を強張らせていた。
俺の攻撃は決まっている。
ミドリアに一番効く一撃だ!
俺は攻撃を放った!
「くらえ!」
俺の熱い口づけがミドリアを襲う!
ミドリアの唇に俺の唇が重なった。
目を見開くミドリア!
「うぐっ! いきなり、な、何するんです!」
「どうだ? 俺の攻撃は!」
「あなたは馬鹿ですか? 貴重な攻撃のチャンスを潰してキスをするなんて!」
「あいにく俺は好きな女は殴れないんでね。こんないい女が目の前に居たら放って置けるわけがないだろ」
「ふふふ、まあいいでしょう。じゃあ次は私の攻撃といきますよ」
「でも逆に考えてみろ。お前は俺を倒すまで好きでも何でもない男に延々とキスされるんだ。最高の攻撃じゃないか!」
「ぐぬぬ! でも、次で終わりですわ!」
歯をギリギリと食いしばったミドリアが体に力を込める。
すると体が何周りも大きくなる。
物理戦闘モードのゴリラミドリアとなった。
「どりゃー!」
攻撃力を大幅に増したミドリアの蹴りが俺を襲う。
その攻撃は戦車の砲撃なんて物じゃなく、戦艦の主砲並みの威力だった。
暴力的な破壊力で体がバラバラに散りそうになるのを何とか耐えた。
システムちゃんの生命維持が無ければまじヤバかった!
「今のはキツかったが何とか耐えたぜ!」
「この体の私の本気の蹴りを耐えただと!」
今迄出会った事のない強さの男に、ミドリアは明らかに狼狽していた。
そしてその男のする攻撃は『キス』だけだった。
「すまないが、お前の背が高すぎるんで座ってくれないか?」
ミドリアは言われた通りに座ると相手の男は優しくキスをして来た。
とても優しい口づけで思わず顔が赤らんでしまうミドリア。
「こ、こんな大女の私にキスをして楽しいのか?」
「大女でも中身はかわいいミドリアだろ? それにミドリアにキスするんだから楽しいに決まってるだろ」
「なっ!」
さらにミドリアは顔を真っ赤にした。
ミドリアがその男を蹴り殴り続けても死なず、男はキスを繰り返してきた。
見た事のない強さの男だった。
そんな強い男に興味を持った。
こんな男の嫁になって体を預けてしまいたいと思うほどに。
「なかなかしぶといな。こんな男は初めて見たぞ! では最後の攻撃だ!」
ミドリアはそっと両手で高山の両頬を持つと唇を重ねた。
そしてつぶやくように言った。
「好きです! 結婚してください!」
「それは無理だ」
「なんでなんです!」
「お前は既に俺の嫁だからさ!」
熱い口づけを交わす二人。
するとミドリアの頭の中に今までの記憶が一気に流れ込んでくる!
「我が君! 我が君! 我が君!」
「どうしたんだミドリア?」
「また、わたくしを嫁として選んでくれたのですね!」
「おう」
「我が君ごめんなさい!」
「どうしたミドリア」
「我が君がわたくしの事を嫌っているんじゃないかと思って、試すような事をしてしまいました。ごめんなさい」
「どういう事だ? クロニクルに対価として記憶をすべて奪われたんだろ?」
「ええ、確かにすべての我が君の記憶を奪われました。でも事前にシステムちゃんに記憶のバックアップを取って貰ったんですよ。わたくしが我が君にデレさせられたら記憶を書き戻すようにお願いしていました」
『そうなのか?』
『実は……そうなのです』
『なんで話してくれなかったんだよ? 今迄のミドリアが居なくなるかと思って心配したんだぞ!』
『言おうかと思ったんですが、ミドリアさんに「バラしたらあなたを消す!」と脅されてたので言うに言えなかったのです』
『そうなんですわ。我が君』
『うわ! ミドリア、どうやって俺の心の中に!』
『それは愛する二人ですもの。一心同体ですわ』
『でもよかった。みんな無事で』
『ええ。そうですね』
『本当に良かった』
俺は失ったと思ったミドリアが戻って来てくれたことで、目からとめどもなく涙が流れた。




