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魔導師組合の一夜

 質問攻めが回避されるのならと青髪の青年、クレメンテの息子に案内されて眠れる部屋に連れて行ってもらうことにした。

 やっぱり暗い廊下をランプの灯りを頼りに歩く。

 案内された部屋はベッドがひとつ置かれているだけの狭い部屋。

 窓ひとつない部屋は落ち着いてみれば圧迫感で息苦しいのだろうけど、疲労感に負けていた俺はそんなことに気を留めることなく眠りに落ちた。


 眠りは多分深かったんだと思う。

 目が覚めてもやっぱり室内は暗く自分の音しか聞こえなかった。

 ごそりと荷物を手繰り寄せる。

 通学鞄の中に残っているペットボトルを引っ張り出し、口に含む。

 薄い柑橘系の甘みが口に広がる。

 気持ち、残しておきたいような気もするが、最後まで飲み干す。

 他の鞄の中身を確認するには部屋が暗すぎる。


 ベッドの上で体を起こした状態で物思いに耽る。

 帰れる可能性を諦めるわけじゃない。

 だからといって希望に縋りすぎるのは自分で許せない。


『帰れない』前提で行動する。……遠縁の二人のように。


 俺が選ぶべき方向性はソレだと思う。希望は捨てたくない。それでも縋りたくもない。


 まわりの善意をあてにしたい。それなのに信用していいのかどうかよくわからない。

 だから、ソレに頼るのは不安が募る。

 警戒心を持つ。その忠告も貰った。……どこまでその警戒心をたもてるかは自信がない。きっと頼らず、縋らず、一人で生きていくことはできないと思うから。


 言葉。そして食。少なくとも一晩、屋根のあるところで眠れた。それだけでクレメンテに対する警戒心が薄れている自覚はある。


 積極的に知ろうとすることでまわりの反応はどうなるというのかがわからない。


 空のペットボトルをきゅっと締める。


 中身はもうない。

 これでココから先はこちらの世界の物を口にするしか選択肢がなくなった。何しろ他に食品はない。

 まずは食の未練を断つ。無い物ねだりは無意味だと自分に言い聞かせる。


 不安はないか?


 落ち着けば、不安しか見えない。

 意識を切り替える。

 食と言葉。あとは常識を知れば多分、何とかやっていける手段が見つかるかもしれない。

 異世界から迷い込む者は多いと言ってた気がするし。

 あと、シーファはなんと言っていた?

『呼んだ相手がいるならば帰ることができるかも知れない』『常識を知らなければ、容易く隷属契約を結ばされ、使い捨てられる』

 ん?

 隷属契約?

 それって、奴隷にされるってコト?

 奴隷制度あんの?

 この世界の人権ってどうなってんの?

 それ以前に異世界人って人権あんの!?

 やべぇ!!

 この世界怖いかもしれない!?


 ーーーコンコンーーー


 ささやかだが確かに響くノック音。

「おはようございます。朝食の時間です。開けますね」

 迎えに来たのは青髪のクレメンテの息子。

「おはようございます」

 彼はニコニコと笑う。

「よく、眠って疲れは取れましたか? 言葉は通じていますか?」

「はい。通じてます」

 何かを考える前にそう答えていた。

 できうる限り丁寧に。綺麗な言葉に触れるべきな気がするから。

「良かったです。不明点は聞いて下さいね。貴方の言語理解はあくまでシーファの言語知識と貴方の言語知識及び認識のすりあわせがおこなわれているだけであり、適応語彙が当てはまらない場合、不明語句となりますし、シーファの認識に語彙も限定されがちですから、誤差誤解は生じる前提で会話をしなくてはいけないんですよ」

 長いセリフ。それでも穏やかにゆっくり話してもらったから理解できなくもない。

 元の世界にそれを意味する単語がなければ、もしくは俺が知らなければ、わからない言語になる。つまりはそう言ってくれてるんだと思う。

 俺の知識量はそんなには多くないのに。

「気をつけます」

「食堂へ行きましょうか。昨夜の場所ですよ」

 昨日の食堂のような場所は食堂であっていたようだった。

 あいもかわらず暗い廊下をランプの灯りを頼りに歩く。

「暗い、のには何か理由があるんですか?」

 なれない言葉遣いにカミそうになりながら尋ねてみる。

「内容を理解出来ぬようにですよ。ルートの視認が出来なければいいんです。貴方は部外者ですからね」

「此処は、研究所のようなもので機密保持が必要だということですか?」

 少し、すり合わせの努力をしようと言葉を選ぶ。

「ケンキウジョ……」

 何かズレがある。

「えっと、開発。作ったりを此処でしているから、秘密なんですか?」

 原因はわからないながらも言葉を変えてみる。

「そうです。残さなくてはいけない理論や技術とはいえ、無闇に世に出すべきではないものも多いので管理しているのがこの組合の主な活動となっています。秘密と決められていることは守られるべきですから」

 何か少しズレている。それでも、そう告げられると確かに研究所とは少し違うのかと思う。

「知識というものは、伝達されないと続きませんが、ヒトの考える道筋はいつかは誰かが辿り着く可能性も高いのです。失われたものがいつまでも失われたままであるとは限らず、誰かが辿り着くとも限らない。奥深いことです」

 ええ。貴方のその思考が俺にはついていけそうにありません。

 切り替えて尋ねる。

「そう言えば、お名前を聞いていないのですが、尋ねるのは失礼になるのですか? 俺は、エンです」

 今更な気もするけれど、少しでも友好的に振る舞いたいのだ。自分を守る打算かも知れない。でも、終わるよりはいい。

「あまり、本名を軽々しく名乗るよりは呼称を使う方が良いとおもいますよ。ユークスと呼んでください」

 クレメンテの息子ユークスは忠告混じりに名前を教えてくれた。

 少し、心を落ち着かせる。動悸が高まり、手に汗をかく。それでも出来る限り平静を装って。

「俺は帰ることができるんでしょうか?」

 ユークスの歩みが止まる。

 ぁあ。厳しいのか?


「希望は常にあります。ですが、難しいことだと思います」




 そう呟いて、ユークスは振り返る。

 赤い瞳が困ったように細められる。暗くてもそれはわかる。赤い瞳は闇の中に浮くようにキラめいていたから。


「何は無くとも生きていくことを放棄すれば全て終わりますからね」


 ああ。呆然としている場合じゃないんだ。

 俺が言葉を理解するための時間は限られているんだから。


「薄くても可能性はあるんですか?」

「……高位種族に気に入られれば可能性はあります」

 渋々という印象が拭えない語りではあったけれど思わぬ希望に心が踊る。


「が!」


 ユークスが力を込めて注意を引く。

「母クレメンテをはじめとして、力の強さや知識の深さを誇る者というのは総じて気紛れです。無茶なテストを行うこともあるでしょう。信頼信用出来る相手でなければ、とても、そう、とても難しいことだと思います」

 続けられた言葉は希望を折るようなもの。

 それでも、そこに望みがあると思えた。


「ありがとう。教えてくれて」


「たいした助けにはなりませんよ。さぁ、食堂です。隙を見せれば質問攻めですよ」

 微苦笑のユークスが食堂への扉をスライドさせた。

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