尋問。か?
尋問を始めると言って食堂らしき場所に連れてこられて向かい合っている。
そこはがらんと広がり、四人用の机と椅子がいくつも並んでいる。それぞれの置かれている位置は距離がある。個人スペースが大事にされているのだろうか?
カウンターのような場所があるが、そこは暗くて奥はよく見えない。壁は艶のある赤茶色。
意識をいろいろ逸らしていると、尋問は始まっているんだろうかと疑問に思う。
すると、クレメンテが発言した。
「名前は『エン』であっているな?」
俺が頷くと満足そうにクレメンテも頷いた。
そして筆記具で何かを書き記していく。
時々かざしているアレは『魔力わかるん』だろうか? それとも類似の何か計測器?
「お疲れでしょう? どうか飲んでみてください」
背後に立つ青年にそっと囁かれた。
言われて俺は置かれている白い湯飲みを見つめる。
中の液体は黄色くてどろりと粘りがありそうで、嗅いだことのない匂い。それでも、どこか甘い、果物系の匂いに似ていた。
ちらりと青年に視線を向けた時に気がついたのだが、この食堂(多分)に人が増えていた。
しかも明らかに俺の一挙一動に注目しているのだ。
正直、びびる!
しかも中にはクレメンテと同じように筆記具を持っているのも何人かいたし、ちらちらこっちを見ながら何かを書き付けているのもいた。(目が合ったんだよ!)
きっとコレを飲まなければ次の質問はなく、尋問が終わらないような気がした。
湯飲みを持ち上げると小さなどよめきが聞こえた気がした。えーっと、俺今動物園の珍獣?
気合を入れて外野を無視する。
湯飲みに入った液体をひとくち口に含む。
見た目に反さず口の中に感触がネバリッと広がる。
甘かった。
それは自然な果物のような甘みで嫌なものではなく、むしろ美味しかった。
難を言うなら粘る食感ぐらいだろう。
「バリドルを一息で飲み干すとは!」
外野からの声が聞こえた。
飲み干してやばいような物だったのかよ!? やめてくれよ。
「ではエン、その飲み物はどうだったかな?」
「甘くて飲みやすかった」
クレメンテがニヤニヤしながら感想を問うてくる。もちろん、正直に答える。
環境は不満だが、現状俺に逆らうという選択肢は多分ない。思いつかないし。
何もわからない状況でどうこうするには俺はしらなすぎるから。
「ふんふん」と満足そうに書き付けていく。
「エンはエンの世界においてどのような立場にいたのかな?」
「学生だよ。高校に通っていた」
少し、クレメンテが動きを止める。
「高等学校に通っていたということは、何らかの専門学習をしていたというわけだな?」
俺も動きを止める。
何か、ズレを感じた。専門学習?
「いや、そんな大げさなものじゃなくて、俺くらいの子供が行く学校なんだ。俺のところでは学校に子供が通っているのは普通なんだよ」
言っていて思う、この世界はいくつまでが子供で、いくつからが大人なんだろうかと。
クレメンテが納得したように頷く。
「こちらでは学校とは選ばれた優秀者か、金に適度な余裕のある家の子弟が行く。本気に高度学習を受けることのできるものは師匠となる魔導師・魔法使い・賢者・神官が直接見出して弟子に取るという手法が主流だ。人によっては誘拐と罵られることもあるが、知識の伝達が重要な責務だと知る良識ある者たちからは資金援助すら受けられるぐらいに歓迎される出来事だ。未開地であるほど人攫いと混同されるのは嘆かわしいところではある」
つまり学校に通う学生とは準エリート認識か。俺はそんないいもんじゃないな。
あれ? っと思う。軽く聞き流しかけたけど、この世界における、価値観のひとつを提示されてないか?
「まぁ、魔力の高い子供は集落においても特別とされてることも多いからソレを連れ去る我々は疎ましいだろうけどねぇ」
外野の人が補足を入れている。
マジ人攫いなんですかい!?
「一週間だ」
クレメンテがいきなり言う。
「一週間?」
「一週間、赤黒く見える食品は食べてはいけない。なぜならそれはエンにとって毒になる成分だからだ」
ぱちぱちと目を瞬かせるとにまりと笑われる。
「しっかりと観察記録を付けさせてもらう」
「じ、尋問じゃないのかよ?」
「今回の特製バリドルは自白剤でもある。一週間は我等に偽りを告げようとは思えぬはずだし、効果がないというならそれはソレで調査の価値ありと評価してやろう」
唖然とする。
「自白剤とか普通な世界なのかよ?」
シーファの警告を思い返す。
油断しすぎだったのか、身を任すしかないというこの判断が間違いだったのか。
「普通とは言わないが責められるものでもない。相手が危険であるか無害であるかは非常に重要な案件だ。そして貴様はわれらにとって研究価値ある異物であるというのなら手を差し出しもするが、何の価値もなく心動かされることがないというのならあえての利用価値を探すことになる。その際、貴様の意志は不要だとは告げておいてやろう」
親切だろうとばかりにクレメンテは笑う。
「心配するな。一週間はクレメンテの薬の効果の追跡がある。貴様の存在。現状有益と言えるとも」
「母上、あまり脅されるのは品が良いとは言えませんよ?」
背後の青年が苦笑しつつ告げる。
クレメンテはない胸を張る。
「愚かな! クレメンテは脅してなぞいない! ただ事実を告げているに過ぎぬ。無理解に母を罵倒するなぞ百年前に生まれなおしてくるが良い!」
「お母様、百年前でしたら私もお兄様も既に生まれております。今もって幼く未熟だというのに若返れとは酷なお言葉ですわ」
クレメンテの後ろにいた少女がそっとクレメンテに指摘する。
「うん? そうだったか?」
不思議そうに首を捻るクレメンテに「はい」と頷く二人。
外野でも数人が頷いている。頷いてる人たちはおそらく百歳を越えてるって事だよな? 少なくとも。
「まぁ、些細な問題だ! 専用の情報集積機を作成するから大人しくしているがいい!!」
ぴょこりと椅子から飛び降りるとビシッとこっちを指差してダッシュして消えていった。
緑の髪の少女がクレメンテの勢いに散った書類をまとめてその手に持ち、青髪の青年が覗き込んでくる。
「よろしければ寝室にご案内いたします。ここにいると質問攻めになりますよ」
流石に気力体力が限界だった。
「おねがいします」




