街道を目指して
果物の熟れた甘い匂い。スピスピと興奮気味っぽく感じられる鼻息。それはすぐ頭上から感じられた。見下ろしてくる幅広めの嘴は思ったより大きくて恐怖感を煽る。
ソナーよりもひとまわりはデカい鳥である。
近くで見たことがあるわけじゃないが、ダチョウってこんな感じだろうか?
細いというには凶悪な蹴爪のある長い脚。もっすりとした羽毛は薄い黄色から濃茶色所々に赤がさして鮮やかだ。
「よ。コイツが今日の地図職人の足になるシャドリのパパローニだ。ちょいと頭が足りないが帰巣本能はバッチリ。落とされてはぐれなければ問題ない」
バクフェルトさんが説明してくれる横でジンの母親であるジルさんが鳥の背を撫でて座らせる。いちいち過剰に褒めながら誘導していく。
「いい子だ。パパローニ。彼は嫌いではないでしょう? 大人しく乗せるのよ? はい。お利口ね。さ、こちらにどうぞ。ゆっくり脅かさないようにお願いしますね。あと怯えると察知して警戒してしまうので穏やかに」
ジルさん、俺には結構厳しくないでしょうか?
「ほい。適当で大丈夫。パパローニは特に図太く無神経でワガママだからな。ジル、パパローニを甘やかし過ぎだろ。ジンが拗ねるぞ」
つい渋い顔をしたくなるほどの手軽さでぽいっと俺を軽々持ち上げて鳥の背に乗せたのはバクフェルトさん。ふこふこの羽毛はすべすべしていて気持ちひんやりしている。
つい手触りの良さに撫で摩ると『ッルル』と返ってきた。
「うお。かわいい!」
「そうでしょ。そうでしょ。でも驚かせるからいきなり大声はダメですよ」
「んなことで動揺するタマじゃないだろ。パパローニの図太さを知っ…いてぇ!」
バクフェルトさんの声に二人の方を見るとジルさんが頑丈そうな靴でサンダルっぽい履き物のバクフェルトさんの足を踏みつけていた。痛そうだ。
ジルさんに睨まれてバクフェルトさんはため息を吐いて黙ることに決めたらしい。
確かに背に人をのせて小さく揺れているけれど、それはジルさんに首を撫でさせるためのようで。俺をのせていることは気にしていないようだ。
「落ちないようにな。振動はさすがにあるから酔いそうなら早めに言えよ?」
手足の位置を修正され、伸ばせとばかりにポンとバクフェルトさんに背を叩かれる。
「じゃあ、行きましょうか。まずは街道まで」
にこりと笑うジルさんとバクフェルトさんは鳥に乗らない?
「おい、ジル」
「なぁに?」
「手綱は持つから、補助にまわれ」
「ん、そうね」
阿吽の呼吸で提案と承認が行われ、軽い動きでジルさんが俺の後ろに乗る。革装備の上から柔らかい生地の上着をまとっているのか感触は硬い。
「危なそうだったら支えるわね」
耳側で声が聞こえるのだけがどこか気恥ずかしい。
ガッと音が聞こえたと同時にぐらりと鳥の背が大きく揺れた。
「太ももでしっかりとパパローニの体を捕まえて」
「大丈夫かー。パパローニはまだ立ち上がっただけだぞー」
ジルさんの言葉と滑り落ちかけた俺の様子に笑いを堪えるようなバクフェルトさんの声が悔しい。俺は初心者なんだって!
太ももでしっかりとつかまえる?
鳥の体はするりと抜けていきそうなのに?
「大丈夫。私がしっかりつかまえておくわね」
後ろからぎゅっと人妻に抱きしめられた。その声は安心を促すと言うか呆れを含んでいるかのようだったけれど、俺は生き物に騎乗経験ないんだよ!
トットッと軽い速度で鳥は走りはじめその振動に意識全てが吹っ飛んだ。最初はゆっくり。徐々にあげられる速度。風が早いが振動は嘘のように消えた。森が流れていく。落ちたら死ぬヤツじゃないか?
「落ち着いた? お弁当でも食べるかしら?」
呑気なジルさんの声が聞こえる。
確かに少し、そう少しだけ余裕は出た。でも、それは喋るほどの余裕じゃなくて。
「無茶言うな。街道に出てからだ」
どこか膜越しのように聞こえてくるバクフェルトさんの制止がありがたい。
……バクフェルトさん、併走してんの!?
街道が見える川べりでひと休憩になった。
膝が震えて立てない俺をジルさんが不思議そうに眺めて「大丈夫かしら?」と手を伸ばしてくる。やめて。触らないで。動けないんだ。
バクフェルトさんが笑いながらやめてやれと止めてくれたことに感謝します。
「あら、ジンだって平気に乗るのに!」
「生まれる前から乗ってるジンと一緒にすんな」
体力や魔力は回復させる手段はあるが、肉体疲労は慣れだからと俺を鳥から下ろして草っ原に座らせ、飲み物を差し出してくれるバクフェルトさんがかなり眩しかった。
ヒロインがここに居なくて本当に良かったと思う!




