ゆうべにて
木の燃える臭い。青臭さと熟した甘さを感じさせる臭いが煙さを含んで流れてくる。
会場は屋外なのかかがり火が飾られ、数人ばかりの大人が手慣れた様子で席を用意していた。
昼はなかった窯のそばで下処理をされた食材を調理し円形に準備された席の前に配膳されるようだった。
「やぁ、神子様地図職人殿ご一行の特等席はこちらだよ。食べたい料理があれば言ってくれれば取るよ! おススメはノグマのくんせいスープとシャドリの蒸し肉かな」
軽やかな声かけ。どうもこの里の住人は人懐っこく親切な印象がある。
他の住人達にも果物や漬け物を勧められる。料理は不思議と統一感がない。聞けば嬉しげに元の料理を旅した先の味付けや調理法で変化をつけていると教えてくれた。子供達が旅に出る頃目新しい料理を苦手としないように。てらてらと脂が輝く料理は胸焼けを起こしそうなのにするりと胃の中に落ちていく。こいつは食え食えと勧められて危機感を覚える料理だ。また旅のどこかで出会うのだろうか?
「いつかどこかで思わぬ時に。いつかあなた方の旅の手助けになりますように」
食は思わぬ話題に繋がっていくのだと笑顔が向けられれる。知っていても知らなくても会話のタネになると。どうせなら知っておくのが良いと。
ありがたく思いつつ勧められる酒は断り、冷やした果汁入りのお茶をもらう。地域によっては断れないから気をつけるようにと助言ももらう。よっぽど困った表情をしていたのか飲んだフリして飲まない手段とか判別剤効果で体質的に飲めないとか言うといった対処法を教えてもらえた。ただ、少なくとも勧められたひとつは選んで口にするようにと含められた。
それぞれが鳴り物を操って曲を生み出し、舞い手が薄い布を翻す。武具を使った剣舞。はしゃぐ子供が疲れた頃にはじまる弾き語り。
それが彼らの言う『ゆうべ』だった。
嗅ぎ慣れたかがり火の匂い。薄い煙。まわりで酌み交わされるアルコール臭。肉の焼ける匂い。疲れているだろうにはしゃぐ子供達を寝床へと追いやる声。果実を練り込んだという焼き菓子を齧りながらそんなとりとめのない話に耳を傾ける。その話題はすべていつかのため、子供達に伝えておきたい記録なのかも知れない。
「そうかー。迷い客とは大変だなぁ。俺らも道中見かけたら互助会に紹介する事にしてるが、まぁヒトが運営維持してるからなぁ。最初に会った奴がまぁマトモだったみたいで良かったな」
彼(バクフェルトと名乗った)は仲間の護衛や魔物の狩りを生業にしていると語り、見つけ難いがその辺にいる危険なまものをいくつか教えてくれた。
「明日、周辺を回る時にはジルと一緒に同行するからよろしくな!」
ジル?
「フェルト、子供たちの寝かしつけ手伝ってちょうだい。イリスに追い払われたからって準備一切しないのは感心しないわ。あら、ごめんなさい。ちょっとこの穀潰しお借りするわね」
里長との会談の時に会ったジンの母親がにっこりと笑っていた。ああ、彼女がジルなのか。
「お、明日の挨拶していただけだって。うーし、チビども寝かしつけてみせるぜ! じゃあ明日の朝な。地図職人!」
彼らと子供達が去って酒宴の色が強くなる。
酒の飲めない俺の周りからはすぅっとひと気が引いていた。たぶん、寄っていけば歓迎されるとは思うけれど、動く気になれない。
気を張っていたのか、自分の肩が少し落ちた気がした。空を仰げば月が見えない空にはぽっかりと闇がある。
いつか、地図にあの空の大地をうつせるのだろうか?
きらびやかな星が知らない星座を描いてる。あの星のひとつが故郷だったりしないだろうか?
賑やかさが一気に引いた後はどこか寂しく、かえりたいと嘆きたくなる。母は心配していないだろうか? 伯父夫婦や爺さんは? クソ生意気なイトコ達は?
ヒロインやにーちゃんはかえりたいと思わないんだろうか?
役にもたたない疑問は不安で。かえれるまではこの世界で学ぶんだと割り切っているつもりなのに。あくまでつもりでしかない俺は割り切れていない。
見知った空を見たい。




