里の地図
『接続』
『構築』
『探査』
拡がっていく導石のリンク里の位置を中心に生きた導石を共鳴させていく。
ん?
あれ?
リンクの探査範囲に他の文明種族集落がない!?
街道も!?
心持ち焦りつつ図布をソナーから引きずり出す。
『展開』
やっぱり導石の反応範囲が狭い。
『定着』
図布の上に里の全体像が浮かび上がり、森と細い道筋が描かれてゆく。
魔力の届く導石はここまでしか情報を拾えない。
『複写』
不満はあるが写しをとりあえず作り上げる。
里を載せない地図どころか里全体を拾いとるのが精いっぱいだった。
「里長、一番近所の、地図にのせても構わない里を教えてください!」
他の導石のある場所まで導石を沈め地図を広げ魔力を流していくしか地図は広げられない。俺でもこの地図をこの里に残すのはいやだった。未熟以前の問題だと思うのだ。
悔しい。
それに旅の指標にもこれじゃあ使えない。
「落ち着いて。前回地図職人が訪れたのはずいぶんと前の話で、魔力を通すためのそのまじない石が劣化したのだろう」
まじない石じゃなくて導石だけど。苛立たしげな俺をなだめるように里長が幾度か肩を叩く。
「最寄りの里はシャドリで二日は掛かる。その最寄りの里も地図職人が寄った時期は我らの里と変わるまいよ。里の地図とはまぁ面白いな」
導石がそちらでも使えない可能性があると告げられて地図としてあまりに役に立たないものでもかまわないと許される。それがとても悔しくてしかたない。
「つまり、現状地形が、街道方向すらわからないのね?」
ヒロインの言葉に「範囲が狭すぎる」とだけ答える。悔しいけれど、事実だ。
「里長、よろしいかしら?」
「何かね? 神子殿」
「私が先ほど告げた期限を少し伸ばした滞在をお許しいただけませんか? 道行の不安はさすがに困りますから」
「かまわんよ。冬で道が閉ざされるまでなら。ところでこの里の地図は貰っても構わないのかね?」
あくまで里範囲と思わしき場所しか描けていない地図だ。里の場所を不明にする必要もないほどに。
「あ、はい。お役に立てるものではありませんが」
気落ちしながら答えると里長は少しだけ刺すような視線を向けてきた。
「いいかね。どんなものにも使い道はある。そしてこれは相応の技術をこめた誇るべき品のひとつ。決して自身が誰かの前で落としていいモノではない。自ら落とした評価を覆すには本来必要な努力だけでは足りなくて苦しくなる。そしてよいものを見たとうれしがった者たちに喜んではいけないのかと影を落とす。ごらん、うちの里の子らは喜んでいるだろう?」
図布のそばで「このあかいやねがジンの家だ」とか「畑の中のノグマの巣もちゃんとある!」なんてこそこそした声が聞こえる。視線を向けるとぱっと口を押さえて上目遣いぎみに見られた。
「ちゃんと、再現できてるかな?」
気を使わせたかとおずおず聞いてみれば、ちびっ子たちが顔を見合わせてから「うん! すごいね!」と笑顔をくれた。
「あのね、ゆうべの席では僕らの剣舞を見てね」「お歌うたうね」そう口々に言ってまたすぐに地図の部分を指してはあーだこーだとはしゃいでる。
これはちょっと、いや、かなりうれしい。
「おわかりになりましたか。作り出したあなたが沈んでいては見るものははしゃげなどしないのですよ。無理にはしゃげとは申しません。必要もありませんしな。ただ、不満を抱えたとしてもそこは毅然となさい。年寄りのたわごとにすぎませんが無益にはなりませんよ」
遠巻きに大人が地図を覗き見て子供たちが指示していたノグマとやらの巣を目にする。
「これは、実際にあるんですか?」
あるよーと答えようとした子供が年長者に口をふさがれた。子供たちと里長のわざとらしい口笛に聞いてきた男が里長と子供たちと地図をくるり巡回するように眺める。
「地図職人殿?」
「あ、何か小型のイキモノが数体穴にはいる様子でしたけど?」
ノグマという生き物を俺は知らない。
簡単な答えに男はただ満足そうに頷く。たぶん、俺が思う肯定、納得の行動と同じだと思う。
「冬へ向けての肉が増えましたね。里長」
「子供らがかわいがっとるんだがなぁ」
「情がつきすぎる前に狩るものですよ」
それっきり男は俺を振り返らない。用は済んだということなんだろう。ほっとしたというか、気が逸れた俺はようやく一歩下がった位置にいるミルドレッド女史が図布の方をなおしていらっしゃいと手招きするのに気がついて里の内輪騒ぎの中から抜け出す。
その足元にジンがいた。
「ノグマ、退治されちゃう」
「一匹を里の外に出してあとの幼獣を冬の食糧にするんですよ。ジン、秋の間は共存できるけど大きくなってくるこれから捜索が始まることはみんな知ってたはずよね?」
ジンのお母さんが軽くこちらに説明し、言い聞かせるようにぐずるジンを抱き上げる。
「では、ゆうべの席で」
宿舎としてあてがわれてる建物についたあたりで里長にお礼を言い忘れたことに気がついた。




