地図をつくろう
「エン! 地図ってどう作るの? 見てていい?」
楽しそうに飛び込んできたジンの後ろに数人の子供達が手を伸ばしたり、踏み込むに踏み込めない表情で部屋の様子をうかがっている。
「盗み聞きはよくないの。特にバレてはいけないな」
里長の注意にジンは悪びれずお茶を出してくれた女性に抱きついた。
「かーさまがいたんだもん」
「困った子!」
そんなことを言いながらジンを撫でる女性は笑っている。
「お前たち、地図を持ってきておくれ」
部屋の入り口でたむろっている子供たちに里長が声をかければ、「はぁーい」と返事をした子供たちが駆けていく。
「地図を描かれる前に一度ご覧になってください。随分と掠れてしまっておりますがね」
かつて訪れた地図職人が残したものがあると里長は言う。そのままジンを見て「無理を言ってはいけない」と叱った。それがよくわからなくて「地図作りを見られるのはかまわない」と返せば、驚いたように「秘儀では?」と返された。ケトムも師匠も人目気にせず作っていたからそういうものだと思っていた俺の方も驚いた。秘儀だったの!?
ついでにヒロインも「隠すべき秘儀だったの?」と驚いていた。「特殊性が高いから見て分析して模倣するって無理なのに」かなり無駄を嫌うヒロインらしい理由で。
「あまりおおっぴらに人前で作成する地図職人はいないそうよ。技術を盗まれないようにというより芸術家的な繊細さじゃないかしら? 人前では集中ができないタチの人とか。過度の集中と周囲の情報を拾い集める性質上、人の好奇心が邪魔する可能性があると思うのだけど?」
あくまで職人の精神力胆力でしょうけどとミルドレッド女史がもっともらしいことを語ってくれる。
「図太いエンには無縁ってことか」
失礼だな! ヒロイン!
「おお、それでは、地図を作るところを見学させて頂いてもかまわないのですか」
妙に嬉しそうな里長に俺は軽く頷いて、あらためて「もちろん見ていただいて問題ありません」と答えた。仕草は意味が違うことがあるとケトムで学んだつもりだったけれど、同じ仕草で意味が通るヒロインとにーちゃん、その二人に合わせるミルドレッド女史に慣れすぎていた。
「感謝を。では、ゆうべには我らが芸事も披露いたしましょう。もうお一方も是非に」
この大きな建物は里長の居住というよりは集合住宅のようなものらしく、親が旅に出ている子供たちや怪我や老齢で旅を引退した者が補いあいながら暮らしていて、ジンのように両親が揃って養育しているのは珍しいらしい。だから、里長は母に甘えるジンの姿をあまり長時間他の子たちに晒さないよう配慮したのかもしれない。他の子が持たないものを持つというのは特別に映るものだから。
古い地図はおおまかな地形すらもはや薄れていて地図の役割をなしていないものだった。うっすら緑の起伏、茶色くにじんだ線は水源か、谷だろうか? 掠れた魔力が辛うじてその立体性をとどめている。触れれば織り上げた地図職人の繊細で真摯な魔力がほろりと残っていた。
複写で生成された図布がほどけるように落ちていく。なんの残骸も残さずに。
里の子供たちと里長の目の前で。
「寿命を超えよく耐えておったものですな」
消失させたと焦る俺に里長の声がかかった。それは責めるものではなく、悼む声で。もしかして、俺の地図もそんなふうに大事にされるのだろうかと思うと、心が弾むような、こわいような何とも言えない気持ちになった。
気まずい気分を切り替えて意識を地図作りに傾ける。
深呼吸を数回、腕輪状のソナーから導石を三つ。
ソナーの嵌った左手を地面に近づけ導石を大地に沈める。
魔力を静めなだらかにゆっくり広げて調査の波をひろげる。
急におこった波に反応した者たちの荒みを鎮め三つの導石同士をリンク反響させる。
ほとんど休眠状態の導石に波が接触すればじわりとまわった波が返ってくる。穏やかで繊細な、ちょっと神経質そうな反応は多分、崩れ落ちた地図をつくった職人が配置したものだろう。
手ごたえが薄い。導石の魔力が薄く、たぶん、地図と同じように砕けていく寸前なのだろうと思えた。複写地図と違い、魔力を通せば持つはず。少し、無理やりにでも多めの魔力を流し込む。
行動の一つ一つを意識しながら進めていく。
今、できる最善を尽くすために。




