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里長との会談

「起きなすったね」


 通された部屋で老齢に差しかかったばかりに見える男性が一番奥の席に胡坐をかいていた。その手前にその男性と対面する形でヒロインとミルドレッド女史が緩く座っている。一瞬振り返ったヒロインが何しに来たのとばかりに一瞥してきたがとりあえずご挨拶だ。


「はい。お邪魔しております」


 どんな言葉を交わすべきかわからず、妙な発言をしているのかもしれない。里長と思わしき男性は軽く笑って座るように指し示すばかりだ。


「里長様、屋根と食事を感謝いたしますわ。彼がお話いたしました地図職人見習のエンです。彼の学びのためにも導石をこの地に配すること、ご許可いただけませんでしょうか?」


 ミルドレッド女史がおそらく俺が言うべき言葉を代弁してくれた。そうか、土地の代表者に許可を得ておくことは大事なんだ。思い返せばケトムもシーファにそれを代行してもらっていた。


「かまわぬが、この地は旅をする我らが最後の地にして育みの地。他者にあまり知られたくはないのでな。配慮していただけるならば」


 つまり作ってもいいけれど、この里の存在は隠蔽する必要がある。で、いいんだよな?

 ただそういう事はやってみないとできるかどうかわからない。広域地図と詳細地図で情報の省略選択は意図せずとはいえできていたはずだから複写地図からこの里の痕跡を消す事は可能なはず。やってみないとわからないけど。


「この里に地図の複写を。そのおりに、地図に里を示さないということができるかどうか、立ち会っていただけますか?」


 未熟な俺としてはそうとしか言えないし、導石は置きたいのだ。

 里長は俺を頭のてっぺんからつま先まで見てゆっくりと立ち上がる。それはひどくぎこちなく見えて妙に緊張する。

 ゆったりとした布を巻きつけるような装いの里長はひょろと背が高く、食事が足りているのだろうかと思わせるほどに腕も細い。美しい色どりの布を撒いた手首から伸びる指先はバランスが奇妙に見える。種族だろうか? 欠損だろうか?


「久々に里の地図が更新されますな。見習いとおっしゃるならば経験は必須。我が里をもって一つ技術をお上げくださいまし!」


 ぽんぽんっと肩を叩かれた。

 からりと笑う里長に虚を突かれた感じで反応に困る。じわじわとおりた許可が頭と心に沁みこんでくる。


「っ、ありがとうございます!」


 ホッと息をついていると女性がお茶を持って入ってきた。


「こちらにどうぞ。お茶とお菓子がありますよ。里長もあまり体に負担をかけないで」


 笑顔で俺を手招きころりと表情と声を低めて里長を脅す。それでも心配だからかなと思わせる温もりがあった。


「わかっとる。が、少しくらい動かねばな」


 言い訳じみた声で反論し、やっぱりぎこちない動きで席に戻っていく。


「神子殿と神官殿には歓迎はいたしますが、ながの逗留は認められませぬのでな、冬が訪れる前には」

「ご心配なく。エンも起きましたし、荷物の整理がつきましたなら三夜と過ぎぬうちに失礼いたしますから」


 どこか申し訳なさそうな里長に気遣い無用とばかりにばっさり切り捨てるヒロイン。


「それとも、エンはここに残るの? 聞いたところこの里は働き時は旅に出て子供の養育期と引退時に過ごす場所なんですって。私達についてこなくても旅を続けていけるわよ?」

「え?」


 今のところ別コースは全然考えていなかった。


「別にいつかは別の道でしょ?」


 いくつかの町での買い物貨幣や換金所古物商、最低限の戦力、野営手段。確かになんとかならないわけじゃないだろう。


「今じゃないと思っているからまだ同行するよ?」


 出してもらったお茶の器を持ち上げる。指先にざらりとした感触の残る焼き物の器に持ち手はなく湯呑みか、お茶の席で使われてるお椀みたいな印象があって面白い。


「はっきりとなすった神子殿ですな。神官殿はそれでよろしいか?」

「換金できるものがありましたらとは思いますが、神子様のお望みを叶えることが神の意志でありますゆえ」

「ふむ。都合できます物があれば。このような山里では物資は不足気味ですからな」

「あら、若い方々が旅から持ち帰られるのでしょう?」

「限られますからね」


 里長とミルドレッド女史が軽やかに笑いあいながら言葉を交わす。収納袋があるから物流が困るのは移動だけかとどこかで思っていたけれど、それだけでもなさそうだと思う。


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