見知らぬ土地
「収納袋が拾えて良かったし、換金物や必要なものは回収できたけど、もしおにーちゃんとはぐれるはめになってたらこのくらいの文句じゃ済まないんだからね!」
ちゃんと管理してよ。と無理難題をヒロインは捲し立て部屋を出ていった。
部屋の寝台は木の板を二、三枚重ねたもので上にケトムに選んでもらったマントを敷いてそれにくるまるように寝てたらしい。部屋の出入り口は扉でなくついたてで防犯は望めないつくりだ。
体を起こしても痛みはなくてホッとする。
「あら、起きたのね。この里は隠れ里だから周囲の地図は作ってもいいけどこの里の位置がわかるようなことは困るからしてくれるなって里長が言ってたから伝えておくわね」
ミルドレッド女史の言葉に俺にその判別ができるのかと悩む。あとで導石で地図をつくってそのへんの操作ができるか試してみるか。
木の焦げた匂いは古戦場での埃っぽさともよろず屋の厨房とも師匠達との生活での火の匂いとも違った。雨の匂いでもなく、それは秋の匂い。落ちた枯葉と濡れた土、パラパラと落ちる種を含んだ植物の匂い。
ふらりと出る部屋の外は天井の高い円柱の部屋。よろず屋と同じ外との隔絶を感じる暗さ。ぱちりと爆ぜる火の音は中央に存在感を放つ柱からしていた。
「靴は玄関に靴箱があるからそこだよ。おはよう」
にーちゃんが相変わらずののんびりさで声をかけてくる。
そうか、足もとの開放感はこれか。固いような柔らかいような気もする足下をじっと見ると毛皮と蔓を編んだ織物が木の板の上に敷かれているようだった。柱のそばは木の床板があるだけで敷物はなく、いくつかの板箱が置かれている。柱まわりは敷物がないだけでなく、少し深く掘られているのが不思議だ。
「おもいっきり叱られて疲れたから散歩行ってくる。玄関、どっち?」
人が通い踏みならされた道。スッと流れていく風は場所は違えど秋の匂いがする。雑木林と段差の多そうな先の見えない土地。宿泊している建物は縦に長いキノコのようだ。
「もしかして雪がふるのかな」
傾斜の強い屋根は雪を落としやすくするためとかどこかで聞いた気がする。
空を見上げる。
変わらず空に浮かぶ逆さまの山。浮遊大陸の底。
間違いなく異世界。帰れない。でも、生きてる。したいこともある。いつか帰る希望はある。古びた材料のわからない革靴の紐を縛り、マントを巻き直す。そんな慣れない作業もいつしか手が覚えた。地面に手をついて導石を織る。
いつも詰め込む情報に時間経過も付け足す。
腕のソナーを通じて周囲に沈む導石に起動を促す。
随分と長いあいだ魔力を通していなかったのか複数の導石が弱々しくリンクをはじめる。ただ、情報は読めない。
「ここまで、かな?」
「なにしてたの?」
顔をあげたら小さな子供が俺を覗き込んでいてつい仰け反って転んだ。
銀色の髪を揺らして子供が楽しそうに笑う。
「だいじょーぶ? ねぇ、里の外から来たんでしょ! おはなし聞かせて!」
こっちこっちとばかりに引かれ雑木林や段差のある道のそこかしこにある畑を眺めながら辿りついた先には寄せ合うように造られた大きめの建物。
「あれ、起きたかね。里長なら奥だよ」
果樹の取り込みをしているらしい女性が振り返って大きめの建物を指す。たぶん、挨拶に行けという意味だろうと思いありがとうございますと返す。
「ジン、あんまりお客さんにまとわりつくとおっかさんに叱られるよ」
子供が注意する女性にむかって「みちあんないなの。だからおこられないの。ね、おばぁ」と上目遣いするのはなんだかズルいと思えた。
「そうだね。道案内ありがとう。ついでに里長さんに紹介してくれる?」
「うん!」
ちょっと沈みかけた子供が笑顔になってホッとした。
「おばぁたちはあそこでみんなでくらしてるんだ。もうちょっとおおきくなったらあそこでならいごといっぱいするの!」
嬉々として教えてくれる子供にエンと呼んでほしいと伝えると嬉しそうにジンと呼んでねと返された。
やたら整った顔立ちの偉そうに見える男性が穏やかに微笑んで手を差し出してくる。里長?
「とーさま」
駆け寄ったジンを抱き上げた男性はジンに何事かを囁いて笑っている。
何事か。
そうか。
彼の言葉が理解できないのか。
「コンニチハ。ようこそ。ナーキフの里へ。私もヨソモノなのだけどね」
カタコトめいた言葉で歓迎されて俺もありがとうございますとだけ返す。
「里長はその衝立の向こうの部屋に居られるよ」
不満そうに俺を見送るジンに「またね」と手を振れば、パッと笑顔で手を振り返してくれる。
里長の部屋には、ミルドレッド女史とヒロインちゃんがすでに話し合いの最中だった。
俺、くる必要ありませんでしたか!?




