宴会
「息ぬきしたいのは地図作りだね〜」
カップに入った果汁を凍らせて砕く少年が愛想よく笑う。同時に、「なにを食べるかね!」と寄ってきたのは長身の青年。手にした取り皿には魚料理がたんまりと盛り付けられている。……刺身、だと?
「今日格闘したあの魚だよ。君のために調理したよ。……森が!」
その視線の先は師匠と戯れてる宿の人。
「氷結の割合はこのくらいまでがきっと美味しく飲めるよ。……森が言ってた!」
視線の先はやっぱり宿の人。
森って名前なのか。
「人の許容度合いって難しいよね。ほら、食べてよ。美味しくなかったら、いじめなきゃ。……森を!」
そこでいじめる対象なのか!?
「どの風呂が良かった? 今度は俺の管理している泥風呂においでよ」
「いや、今度は自分の炭酸風呂だろう。疲れも溶け消えるぞ!」
「あー、泥風呂はイケると思うけど、炭酸風呂はやめといた方がいいよ〜。ちょっと気を抜くと爪が溶け過ぎちゃうしさ!」
「ヒト相手なら濃度は切り替えるさ。それに、爪磨きに自分の炭酸風呂を使うんじゃない!」
誰が誰だかわからなくなるぐらいに騒がしい。
それぞれが飲み物や食べ物の皿を押し付けてくるし。
「チビはしっかり食えよ!」って。
視線を巡らせればケトムは女将さんと談笑していた。手にしているのは酒かな?
「飲みたい?」
「ダメだめ。今日の酒は軽く酔えるものを集めてるって言ってもチビにはキツイからさ。俺たちが女将に絞め殺される」
「なー」
誰が誰だかわからないなりに人懐っこい兄貴分たちといる気分。
「地図作りが言ってたけど、客なんだって?」
「かえりたいのに帰らない選択したんだよねっ」
「本当は、帰りたくないんじゃないの?」
な?
「か、かえりたいに決まってるだろっ!」
冷水を浴びたようにショックだった。
そんなに気軽に話題にされていたのが。帰りたい思いを否定されたことが。
彼らは「怒った。怒った」とどこまでも軽く笑う。
笑うままに目の前に料理の皿を並べていく。食べた分以上に増えていく。
「悪かったな。俺もかえりたいよ。だけど、無理だからな。希望があるチビは頑張れよ」
刺身の皿を最初に持ってきた青年が笑う。それよりその言葉の意味を拾う。帰りたくても帰れない。
「二世代目以降が多いけどさ、ぼくらも客なんだよね。元はさ。森とか、地図作りは原生種族かなぁ?」
「違ったとしても世代重ね過ぎててわかんない系!」
思考がまとまる前にぽんぽんと情報が追加されていく。
帰る手段が見つからなかったのか、帰るところがないのか。それすらわからない。
「多くの種族に『ジンガイ』って言われるけど魔物とは違って俺らは『ヒト』分類な」
笑っているけど、混同されるってどう感じるものなんだろうか?
「故郷って大事。本能的にかえりたいって思えるところだからさ」
「かえれるといーね」
「俺らの故郷はもうここだけどな!」「ちげぇねぇ!」
ドッとなにがおかしいのか笑いがおきる。
表層だけでわかった事は彼らは人里にはむかず、彼らだけで生きていけるここにいる?
その眼差しは『森』に向けられてる。
きっと、森が彼らの……。
「はんっまだ嫁もいねぇくせにっ!」
「おまえだってだろうがっ!」
唐突に荒げられた声にシンっと静まった。
視線を集めるのは小樽ジョッキで飲み合う二人組。
なぜか端っこで髪を整えている女将さん。
周囲の兄貴分たちの反応はわくわくしているのがわかる。
差し出された一口サイズの黄色い焼き菓子をひとつ食べる。
色とりどりの焼き菓子。
そう思ったものが違った。
口の中で甘くほぐれるのは炊込みごはん。ごはん。ごはん。米の飯だ!?
「いなり寿司!?」
「女将の姐さんの好物な」
「んなことより、はじまっかな?」
んなこと!?
重要だよ!
「はじまるだろう」
「賭けるか?」「おう」
兄貴分たちが異様に盛り上がってる。もちろん、通常運転は知らない。
「なにが、はじまるの?」
わからない。
俺で向けられた視線は「ノリ悪い」と思ってそうな視線だった。
くぅっ!
「勝負だよ。やっぱ飲み比べじゃ勝負つかないし、外でやりあうんだと思うな。わくわくするよね。エンも観戦するでしょー」
にこにことドリンクを差し出す少年が説明してくれる。
「多頭蛇同士のバトルってカッコよくて燃えるよね!」
「あいつら強さを求めるからなぁ。戦闘一辺倒から外れているつってもイイよなぁ」
ヒドラ?
「いつか、ぼくも対等に戦えるように強くなりたいんだ」




