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理想

「無理?」

「うん。無理。これ以上質は下げたくない」

 もう少し薄く、指のあたりはするりと滑らかに均等に。

 最低限それが出来るようにと思うのに、品質を落とせって?

 今だって厚みムラを感じるのに?

「段階がある。エンの織りあげた図布では今のエンの魔力を展開できない」

 ケトムから困ったような諭す空気が感じられる。

 へ?

 いったいどういうこと?

「エンの現在の魔力精度では導石から情報を受けとって図布上に展開する時に外殻線すら反映させられない」

 え?

 ゆっくりとした言葉での説明をまとめれば、変に高品質の図布にはそれに見合った魔力で構築せねばならず、俺の魔力精度では主線一本引ければいい方だと突き付けられたのだ。

 俺が、織りだした図布なのに?

 手の中には小さな紙片。それは俺が理想とするより厚みがある。その品質のせいで魔力が通らない。

 ジッと紙片を見つめるうちに帰ってきた師匠の呼び声にケトムは調理補助に向かう。

 俺は食材を見ないために近寄らない。

 俺はついたてで仕切られた場所(ケトムが編んだ草座布団がしいてある)に正座して姿勢を正し、目を閉じる。

 置いた拳の熱を太腿で感じる。正直、瞑想と言われても何もわからなかった。

 目を閉じて心を無にするのかと思った。

 何にもないことにするのはとても難しい。

 目を閉じて視界が闇に包まれれば、他の感覚が鋭くなる。

 織虫の這う音。

 音ならぬ振動。

 甘い匂いに肉の焼ける匂いと捌いている血の匂い。

 ここにはないアスファルトの焼ける匂い。ゴムが熱で溶けていく臭気。

 薄暗い高架下のアンモニア臭は雨でより強まる。

 薄錆た記憶。

 転がる空き缶にかかる薄汚れたビニールゴミ。折れた傘の骨。すでに原型のわからない投棄物。

 だからってヒトの死体は転がってはいない。

 知らない場所。見えない場所はないと同じだった。

 今、俺がいるのは見えない、ないと同じ場所。

 あっさりと命は消えて、それがあたりまえでそれに追いつけないと思って、俺の思考が追い詰められてる。

 何かにのめり込みたいのは現実を、きちりと見たくないからだ。

 帰れないという現実はそれを直視できないほどに俺を追い詰めている。

 選んだ。

 確かにそうかもしれない。

 その選択に後悔は、ああ。ない。

 未練はあってもその選択をしない選択は今よりきっと後悔したんだと思う。

 食品に対する想いは現状曲げられない。会話可能な相手を笑顔でおいしくいただけるほど俺は図太くない!

 妙な圧を感じて目を開ければ、織虫が目の前にいた。

 動けなかったのは驚きで硬直していたからだ。

 虫の意思がわかるわけじゃない。

 それでもないとは言えなくて、正体を知らなければ食えるは偽善だと思う。

 言葉なんかないのになんだろう?

 問いかけられてる気分になる。『地図職人になるために修行しているんじゃないのか』と。

 たとえ、不利になると思っても、早く作りたい造れるようになりたいと思った。

 じゃあ、そこに精度は? 質は?

 作れたら質が落ちてもいいのか?

 否!

「よし! こだわる! 徹底的にこだわる! なんか、抜け道はあるはずだ!」

 魔力のムラが多いって言われた。つまり、節約できる余地がまだまだある。

 図布に魔力をのせにくいと言うならのせやすくする手段は?

 まずは、ラインをひけるようにならないと。

 よし!

 まずは瞑想瞑想!




 ところで、瞑想でどうやって魔力があがるんだ?



「エン、雑念が多い。あと飯だ」




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