師匠の修行 図布
魔力増加方法を尋ねた俺にケトムは沈黙を返す。
「種族によるぞ」
応えようとしないケトムに変わって答えたのは師匠だった。
「エンの場合は魔力の無駄と精度が悪いから、訓練して練度を上げていくしかない。ま、精神統一とか死にかけるほどの極限運動で生死の境で遊んでみるっていう修行が効果的だ!」
カラカラと笑いながらこれ以上ないダメ出しと無茶ぶりを語る師匠を見て、姉弟子ケトムを見れば、息を飲んだように硬直していた。
視線があう。
沈黙。
フッとケトムが息を吐いた。仕草の習慣が、違うということがこういう時もどかしい。
きっと、ケトムの行動もわかる者が見ればありきたりの合図なのだろうから。
「効果的だが、師の効果的修行に入るにもエンは基礎がない。まず、肉体。そして魔力練度の基礎訓練を二年は続けなければ」
「つまり、二年分の訓練を一気に受けてみるかって話だ!」
ケトムが忠告と告げる言葉を師匠は楽しそうに笑ってかぶせ語る。
負荷が高いと知れるそれに手を迷わず出すのは躊躇われた。ケトムは基本本当のことを語るから。
だというのに来い来いと師匠が手招く。
「魔力を他の方向に使うことが不向きになる可能性はある。おそらくは低くない可能性だ。地図しか創れない旅人は常に危険な旅になる。それに地図職人は生の八割を旅に身を置く。急くことは危険な賭けだ」
何度も繰り返される『旅』という言葉が地図職人にとってどれほど大事なことなのか、今の俺には何となくしかわからない。
勢いにのまれていた俺の肩に手をのせられ、師匠に視線を合わせられる。
目が、はなせない。逸らせない。
ぐにゅりと周囲の視界が歪む。絵の具が捩れるように混ざりながらどこまでも歪んでいく。
込み上げる吐き気。視界を閉ざしたいのに閉ざせない。
揺らされて視界が戻る。戻ったと言ってもマーブルに捩れた視界はキツイ。
「図布ヲ織レ」
図布を……。
遠のきかけた意識。見ろと促された先には折り紙サイズの白い厚紙。
「不満か」
とんと肩を離されてつんのめる。
耳鳴りがした。目の前で図布は消えていかず、師の手に残っていた。
「エン」
ケトムの声とともに差し出される魔力枯渇用の薬湯。
「自分で作ってみろ」
瞬間的に『薬湯を?』と返しそうになって違うと気がつく。気がついても思考が追いつかないうちにさっさと飲めと急かされる。
図布を思い浮かべる。
地図を映し浮かびあげるための下地。
滑らかに、白く、ひろく。
チリっと、頭痛が走る。
魔力が枯渇するのが早い。
目の前には千羽鶴用の折り紙サイズの白い図布が浮かんでいる。
それはかさりと、俺の手の中に落ちてきて消えない。
「あ」
「飲め」
感動に打ち震える間も考慮されず、本日三杯目の魔力補充薬湯の沼を見た。
えぐく苦く青臭い上に粘ついて喉に絡む。それでも飲めないというわけではない。というか、慣れてきた気がする。
「今のは強制的に道を繋いだ。これまでの速度を思えば省略した経過時間は十日、というところか」
十日。
本来ならこれを織るのにそれだけかかったんだ。
ぞっとする先の長さとみるか、十日あれば訓練を積めば辿りつけるとみるかが難しい。
「どうする? 俺の修行を受けてみるか?」
って、
「俺、師匠の下で修業中のはずじゃあ!?」
違ったの!?
がりっと師匠が頭を掻いた。
「そーいえば、そうだったなぁ。ちょい増えた野良猫みたいな感じでいたなぁ」
最近、平和で、とか続いているが、つまり、俺が弟子だって忘れてたんっすか!?
「俺はせっかちでなぁ。こういうやり方だと提示するだけのつもりだったんだが、他の使い道を捨ててもいいならこれ以上ない速度で地図職人への一歩。使用に耐えうる図布づくりを身につけさせてやろう」
「師匠! 俺、やります!」
「よし! よく言った!」
師匠が俺の肩をたたき頼もしい表情で頭を撫でてくる。
「導石の作り方扱い方もよくよくお願いします。御師様」
冷静なケトムの声にちょっと現実に戻る。
「お前はいいのか?」
「自ら研磨してまいりたく思います。才なき技師として」
「己が、研磨には変わらぬ。かかる圧の問題だからな」
「それでも、その飛躍をおそろしく思うのです」
ケトムと師匠の問答は満足そうに師匠が頷いて終わる。
「その生き方や、よし」
晴れ晴れとした表情でケトムを褒める師匠を見ていると俺の決断が間違っているような気がして心もとなくなった。




