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師匠と相談

 呼吸を整える。

 師匠の眼差しは愉快そうに見える。

「喋っていたのを見聞きした生物を食べることは、俺にはキツいです。この世界では普通だとしても、今の俺には受け入れられなくて、これからだって受け入れられるとは思えないです」

 喋って意思の疎通が出来るならそれが牛や豚でもきっと、俺には食べられなくなる。食べたとして罪悪感を覚えてしまうんだろう。

「特に人型に近かったり、ほ乳類系生物はキツいです。あ、魚類ならイケるかも」

 師匠は黙って俺の頭に手を置いた。

 師匠の手は大きくてゴツい。

「おまえの世界は平和か」

「平和です」

 少なくとも、俺の周囲は。

 飢えて切羽詰まれば食人を禁忌として忌避することができるかどうかの自信はない。

 俺は帰るから、死ぬわけにはいかないんだ。

「争いはないと?」

「あるけど、俺の周囲では自分で手を汚して肉を捌くことはないんだ」

 喧嘩やイジメ、イジリイヤガラセ。人がいれば、どうしたって序列ができる。群ってそんなものだと思ってる。

「肉は食べないのか?」

「店に売ってるからさ」

 元の形状なんかわからないから気にならない。生きて動いてる姿が想像できない。

 魚は水族館で泳いでいても美味そうって思うし。

「そうか。対価を支払うことで得るんだな」

 ふむと師匠が頷く。

「貨幣制度、流通制度がきちんと機能している文化世界という事か」

 俺は素直に頷く。

 この世界は物々交換でが主流のようなのにあっさり理解してもらえるとは思っていなかった。

 師匠が鼻で笑う。

「異界の文明文化を取り入れることは多いからな。使えるモノは取り込み使い易く自分らしく使うだけだ。発展した区画で専用通貨はあるものだ」

 そうだ。

 この世界の住人は異世界からの客に慣れているんだった。

「つまり、目にしたおりに肉の状態だったら食えるわけだ」

 知らなければ、きっと、気が付けない。

 それほど、食に関して想像力の働く方ではない俺は頷く。

「魔法薬の効果で赤黒く見えるものは食えん。本当は素材の状態も知っておくべきだ」

 頷くしかない。狩りだって覚えるべきだと思ってはいる。

「ただ、現状食材を考慮はしてやれん。素材は見るな。耐性上がる食材を考慮しよう」

 え?

 考慮はあるの、ないのどっち!?

 って、素材は選ばせないけど、耐性上がる食材を選んでくれるって、素材思うとこわくねぇ!?

「魔力総量と質の向上もはかるべきだな」

 俺は弟子として素直に頷いた。

 早く地図を作りたいです!


「そう言えば師匠」

「なんだ?」

「命の価値を追求したご兄弟はどうしたんです?」

 素朴な疑問だった。

「命を生かすのには絶対に命が必要。世界には維持されるべき均衡があり、それを崩すことは良くないらしいな。暫く絶食した後に暴走した暴食を経て得た答えだとさ」

 師匠はうざったそうに答える。

 ついでにまるっとした果実をよこしてくる。

 受け取った果実は軟らかく、歯をあてた場所から果汁があふれた。

「その実も命だ」

 聞きつつもとにかく口に収めようと貪る。青臭い甘味はほんのりと渋みをおびているけど、手が止まるほどではない。

「こうして呼吸する息すら精霊や妖精の命だ。他の命を得ずに生き続けるのはこの世界では不可能だ。それを断つということは生きることを放棄することだ。俺らの種族は生きて強さを求める本能がある」

 強さ。

 師匠と俺は種族というか、属する世界すら本来は違う。

 べろりと手にまとわり零れる果汁を舐めとる。そんな行動も行儀悪いと咎めだてされることもない。

 強さってやつには俺だって憧れる。師匠でなければ、大人しく頭を撫でられてるつもりも多分ない。この世界で生きるためにはいつかそのあたりを割り切る必要があるんだと知る。

 今は知るだけ。

 そのことに割り切って理解して『わかった』とはまだ言えない。

 わかって、しまった時、俺は自分の世界に帰って『普通』の生活に戻れるんだろうか。

 俺は、そのことが酷く恐ろしく思えた。


 



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