ソウルフード
「騒ぐな」
ガシッと頭をわしづかみされる。
いや、落ち着けっていうのが難しい。
得体の知れないモノを飲み込んだ状態で落ち着いていろは難しい。
というか、失われたと思ったものが再生していて絶句していたから騒いでねーよ。
「織虫の核を分けてもらえたのか」
ケトムは俺の頭を抑えながら視線を壁側に這っていく虫に向けている。
……かく?
「織虫の核をその身に沈めてはじめて地図職人の庭先に近づくということだ」
地図職人に近づいた?
ギュッとまだ魔力を仕込めない導石を握りこむ。
「織虫の核が入ったなら魔力感知も上がるだろう」
まじか!
じっと俺を見てケトムは肯定する。
「師が狩ってきた肉を焼く。手伝え」
なんか、地図作りとは関係がなかった。
四角く木枠で区切った中に木や炭が燃えている。青い金属の棒が数本置かれ、その上に鍋がのせられている。茶葉を煮出しているようだった。
俺はケトムに差し出される肉を刺した串を受け取る。火の回りにある金属の棒に掛けていく。持ち手が熱くならないのは木製の熱避けがあるからだとか。時々裏返してやらないと焦げるから熱くならないのは助かる。で、その様子は屋台の焼き鳥を思い浮かべる。
見た目囲炉裏で焼く焼き鳥。(鳥とは限らない)
「また、コメをタクなら鍋を出そうか?」
茶葉を煮立てていた鍋を端に置き、かわりにぶった切った臓物の入った鍋を置きながら問いかけてくるケトムに俺は首を横に振った。
コメ。それはケトムが先日見せてくれた米粒と思わしき実(脱穀済みの白米に見えた)。現地では『ファガ』と呼ばれる実のひとつ。草の先に大量の小さな実のついた穂をつけて自生しているという野生種だとか。旅をして見つければ、それは上質な水源に近づいた印でもあるらしい。
米は水の美味しいとこのが旨いもんな。と俺は納得していた。
野生種の米で気分は非常に盛り上がった。
だって、米はやっぱり主食だと思うんだ。ジャンクフードも中華も洋食も好きだけどさ。
ソウルフードっていうの?
そんな感じ。少し、諦めてたんだと思う。日本人の作る味は結構繊細に出来てるから。それまでに食べたこの世界の味は旨いが、なにかが違う感が抜けなかった。(縁日の味はなんかが空気と共に再現されてる気はする)確かに異世界だし、受け入れられる食文化があるだけで幸運とすべきなのかもしれないけれど、どこか切なかったらしいと思える。
そんな中で白米と出会い初見の嬉しさのまま、頼み込んで分けてもらい鍋で煮るように炊いた。
少し、水分を吸い過ぎていたけど、美味しそうに炊きあがったそれを取り分け、ガリッと岩塩を削りいれた。
じっとケトムは見つめてきていた。
聞くべきだったんだろう。
こっちでの利用法を。
でも、炊きあがった飯を前にした俺にはそんな余裕がなかったんだ。
舌の上に乗る熱く炊きあがった白米。咀嚼した瞬間、ひろがる絶望的な違和感に俺は思考が停止した。
もちりとした食感。削りいれた岩塩が味を際立たせる。
噛み込む米は甘い。
塩だって甘みを感じる要素はあるし、甘みを引き立てる。
甘いイコール旨いという方程式も地域によってはあると知っている。
和菓子は好きだ。しかし、羊羹は苦手だ。
そう、真っ白になれる甘さをこの偽米は持っていた。
それは野菜の持つ甘味ではないと思えた。なんていうか、羊羹に甘い生クリームを添えてはちみつをデコレーションした歯の浮く甘さ。じゃりって砂糖のざらつきすら錯覚するかのような甘さだった。
「そうか。わかった」
ケトムはどこか残念そうだ。味見をした(残りは全部ケトムが食べていた)ケトムはその甘さの虜だから。
ケトムは隠し味的調味料としてこの偽米を持っていたのだ。砕いて対象にパラッとかけるのが本来の使用法らしい。「あんな贅沢な使い方。いつか群生地を」と言っていたくらいだけど、また炊いてほしいと望むくらいには好評なのだ。残り少ないんだろうに。
臓物鍋がこぽりこぽりと気泡をあげはじめる。ケトムは淡々と板に肉を取り出していく。具を抜き取った煮汁に浮かぶ灰汁を掬い取って白い液体を注ぐ。牛乳に近い味の液体だ。さらっとした薄不味さは昔の学校給食を思い出す。ただ単独ではなく臓物鍋に入れたりすると旨くなるから謎変化だと思う。
灰汁を取り除いたミルク汁に肉を戻し、その中に林檎に似た実や蜜柑のような実をナイフで削ぎ切りながら追加していく。
ここに来てからの食事はなんだかんだ言って肉メインの食生活になっていた。
「ケトム! エン!」
師匠の大きな声にそちらを見れば、見せびらかすように掴んだモノを振った。
「わにうさぎだ! さっぱりしててうまいぞ!」
快活な師匠の言葉。
俺の耳は、掴まれたわにうさぎの発した「死にたくない」という意味のある言葉をしっかりととらえていた。




