移動中・師匠の地図
そこは洞窟だった。
森のけもの道を進み、苔と蔦の張り付いた大岩の影に隠れていた狭い入り口をくぐり、蛇行する土の道を進む。土の道は俺とケトムがかろうじて横並びになれる程度。上背も横幅も俺より大きな師匠は気持ち狭そうだ。
「あともう少しだから歩け」
振り返っても何度も曲がって進んだため、外の光は見えない。土に張り付いた苔がぼわんと光っているくらいだった。
ただ、なんとなく下り坂のようで不安感が広がる。
「この道は塞ぐから」
「え!?」
いきなりの言葉に驚いてつい声が出た。師匠が眉を寄せたのを見て慌てて口を閉じる。
「ないとは思うが、追っ手がいても面倒だからな。道は続いてるし、出口もある。心配することはないな」
何気ないことのようにがりがりと指でこめかみを掻く師匠は落ち着いているけれど、やはり心配になる。
「ほれ、この梯子を登ったらとりあえずの休憩だ」
眠れるぞ。と唆されて疑問を誤魔化されておく。
眠気が強く、疲れていた。
登り終えたそのままに前進し、突き当たりの壁に体を崩れ落としていた。
「体力つけないといかんな」
もうろうとする頭に師匠のそんな声が残った。
幸いは寒くはなかったこと。
ゆるめたマント、ゆるめたワイシャツ。
起きた俺が師匠に尋ねたのはトイレ事情だった。
クレメンテの所もよろず屋の所もそれなりにあったんだ。でもここはどうなのかわからなかった。
「その辺に穴掘ってやってろ。ねぐらについたらそれはそれだな」
串肉を齧りながらそう答えて、一本串肉を差し出してくれた。
穴、掘ってかぁ。
つい遠い目をしてしまった。
串肉はしょっぱ甘くて濃いめの味。グニグニと嚙み切り難い弾力が効いていた。ようやく食べ終えた時には顎が疲れていた。
疲れた顎をさすりつつ、そのまま梯子を下りて穴を掘った。
梯子から戻り、あらためて周囲を見回す。
少し、広い場所だ。
いくつかの横穴が見える。このエリアは中継地点のように見える。
師匠があぐらで導石を弾いて遊んでいる。その横でケトムが地図を浮かびあげていた。パステルで描いた絵本の挿し絵のような地図はいいなと思う。
そんな中、師匠がポイッと竹筒のような容器を投げてよこした。
「判別剤だ。飲んでおけ。あと、魔法薬の継続時間を長める効果もある」
口をつければ、中身はどろりと粘る果汁。
覚えのある液体だった。
「バリドル?」
「ああ。食品安全性確認のためには一般的だ。少々正直になる効果もあるしな」
そんなことを言いつつ、師匠は空中に指を走らせる。
空気がキンッと張って目を瞬かせたそこには立体地図が浮かんでいた。
ケトムの立体地図はパステルの淡さ。
師匠の地図は精密な設計図のよう。描かれた色と情報は読み取れきれない。
「……っすげぇ!」
横でふっとケトムが笑った。
この師匠を師匠として良かったと思う。
そんな思いを新たにしていると、師匠が立ち上がった。
「もう少し歩くぞ」
ケトムが梯子を引きあげてバラしていた。
ここからはもう街に戻れないらしい。
普通に道をわかってないから水没都市に戻りようもないけど。
「歩けるな。エン」
ケトムに覗き込まれて俺は力いっぱい頷いた。




