ごめんなさい
「ごめんなさい」
彼女はただただ謝罪する。
「帰りたいなんて、思うつもりはなかったの……。この世界で、わたしで終わらせるつもりだったの。ごめんなさい」
泣くのを堪えて必死に謝罪する少女。彼女の名前は、……『霧桐円』
俺が生まれるずっと昔に『神隠し』で消えた少女。
遠縁のじいちゃんの妹。
帰ってこなかった妹に心乱した彼の結婚は遅くなり、子供に恵まれなかった。少し頑固で、(でも年寄りってそんなもんだと思う)気難しいが納得できる説明ができれば手を貸してくれた。
色あせたセピアの写真の彼女は和服でこわばった笑顔をカメラに向けていた。俺が見たのはそんな写真。
まっすぐに下りた黒髪に和服。
今の彼女もまっすぐに下りた黒髪。浴衣のような薄水色の衣装に朱色の帯を締めている。
そして写真より若く見えるのだ。
そんな彼女は泣いて謝る。
「この世界に引き込んでしまってごめんなさい」と。
「帰るコトを諦めたコトなどないくせになぁ」
ククッと嘲るような笑いが聞こえる。
そこにいるのは一人の男。水色がかった白い髪を流した男。透き通った青緑の瞳がキラキラと輝いている。
「ちゃんと説明すべきだろう? マドカが兄の元に還るためにカワリの存在が必要で、それがエンなのだと。還る気などないと言いつつ、この世界に馴染むコトなく未練を、希望を抱き生きて、エンを待っていたとちゃんと教えてやるべきだろう? 裏切り者が」
男の言葉に少女は物悲しげに視線を落とす。
「ちゃんと、ちゃんとこの世界に私は身を沈めるつもりだったわ……」
そう言い放つ口調は力がない。
「答えはひとつだ。円環は閉じぬ」
男は楽しそうに嗤う。
まどかさんはそれを悲しげに見上げ、男に手を伸ばす。
「ごめんなさい。本当にあなたのそばで終わるつもりだったの。嘘じゃないの」
男は舌打ちしてまどかさんの手を振り払う。
「本心は常に故郷にあったコトぐらいは知っている」
突き放す言葉に動揺するまどかさん。
繰り広げられるシュラバ。出て行くと告げる女に引き止めたいが堪えて送り出そうとする男。そんな構図にも見える。
気がつくと、シラケる。ただの茶番。本人たちはシリアスかもしれないが、第三者にはツマラナイ。
冷静になってしまった心は燃えず、ただ状況を整理しようと情報のかけらを組み立てる。答え。……できるかっ!!
そう。むりだ。情報は伏せられすぎている。俺はこの世界に来て情報に溺れてこなれる前に魔法地図にハマり、他の情報は二の次三の次に回していた。
物事に夢中になるってそう言うコトだと思う。
俺がわかること。導き出せること。
「まどかさんが帰りたいなら、帰ればいい。俺はもっと魔法地図を覚えたいから、まだ帰れなくてもいい。意図せず、代わりがくることも、まどかさんが戻ってくることもあり得るんだから、今は気にしなくていーし」
二人の会話に無神経に割り込む。
男がぎろりと睨みつけてくる。
男の知り合いが地図職人の師匠になってもいいと言ってくれた。帰れる道(この状況)も示してくれた。
でも、「帰りたい」と瞳を潤ませて言えずにいる女性を押しのけて「帰る」とは言えない。
彼女は正しい位置には帰れないかも知れない。俺が知る限り行方不明のままだから。
でも、過去が変わることだってあるかも知れない。
少なくとも女性を泣かせば、家族にボコられる。
それに、帰る手段があることが分かったから。
「帰れぬかも知れないぞ」
男が低く言う。
「かまわねーよ」
まどかさんをそばに置きたいと言い切れない男は「やれやれ」とばかりに息を吐く。
だから。
俺は期待しない。
帰りたい思いは確かに持ち続ける。
知りたい熱は確かに見つけたんだ。
帰れないんじゃなくて帰らないと言おう。
いつか、帰り道を探す。
地図を完成させてから。




